第11話

 リサとの食事が終わると、一仕事終えたかのような脱力感だった。本当はランチ後、デートをしようと思っていたのだが、予想以上にリサといる空間は居心地が悪かった。リサも帰りたいだろうと思い、ランチのみで初めてのパパ活は終了した。

リサが視界から消え去ると無性に美沙に会いたくなった。今からは無理かもしれないが、僅かな希望を持って電話をかける。


「あ、美沙か?今何してる?」

『今?家でごろごろしてるよー』

「そうか…今から出てくることは、できるのか?」

『えー、今から?どこ?』

「S市の駅まで。やっぱりすぐは難しいか?」


 家にいるということは智之に会うために服を着替え、化粧をし、髪を整えなければならない。琴音程ではないが、美沙もそういったことには煩い。


『うーん、そんなに会いたいの?』

「あぁ、そうだ」

『仕方ないなぁ、じゃあ待ってて』

「どのくらいかかりそうだ?」

『着替えたら行くよー』

「分かった」


 美沙に会える。

 駅でずっと待っていると目立つので、近くにあるコンビニに入ったり、意味もなく歩いたりして時間を潰した。

 どうして会いたかったのだと聞かれたら、なんて答えよう。正直にパパ活をしていたと白状しようか。いや、それは怒られる。喧嘩になりそうだ。

 どう言い訳しようかと悩んでいると、着いたとの連絡があったので急いで駅まで迎えに行く。

 普段とは違い、ラフな装いで眼鏡をかけている美沙はとても新鮮だった。薄化粧だろうか、いつもより透明感と幼さが際立つ。


「もう、急に呼び出してどうしたの?」

「会いたくなった」

「どうして?」


 なんて言おう。

 手を繋いで歩きながら、智之の返事を待つ美沙。


「その、いや、会いたくて」

「本当のことを言ってみなさい」


 子どもを叱る母親のようだ。

 琴音には絶対に言えないが、美沙は浮気相手である。パパ活のことを言ったところで怒らないかもしれない。けれど、他の女に少しでも愛を向けるのは嫌だろう。


「やましいことでもあるの?別に怒らないから」

「いや、別に」

「奥さん関係のこと?浮気がバレた?」

「違う」

「じゃあ何?」


 智之が吐くまで問い詰める勢いの美沙に負け、渋々パパ活のことを話した。

 流行っているみたいだから気になっただけ、と付け足すが美沙は大笑いした。

 怒っていない様子に安心したが、笑われたのがなんだか恥ずかしく、俯く。

 未だ笑いがおさまらない美沙に「もういいだろ」と不貞腐れてしまう。


「はー、笑った。五千円だとそんなもんでしょ」

「やっぱりそうか」

「ハイスペックな女が安いわけないじゃん。智くんはパパ活に向かないよ。そんな女に使うお金があるならあたしに何か買ってよぅ」


 腕にしがみついて甘える美沙は、リサよりも年上だが可愛い。

 高鳴る胸は正直だ。


「そ、それよりも、今日は薄化粧だな。俺が急かしたからか、ごめん」

「あっはは、薄いっていうかすっぴんなんだけどね」

「す、すっぴん?」


 そう言われて、まじまじと美沙を見つめる。

 確かに粉は乗っていないように見えるが、肌は綺麗で透明感がある。眉毛も綺麗な形をしていて、唇も薄い桜色だ。

 二人での泊まり経験は少ないが、久しくすっぴんを見ていないせいか、すっぴんだとは思わなかった。


「リサより綺麗だ」

「ふふ、年下にも負けないよ」


 琴音とは全然違う。

 やはり若い子はいいな。

 人差し指で頬をつついてみるが、ぴんと弾力があり、跳ね返るようだ。


「す、すごい」

「今更?」

「すっぴんなんて暫く見てなかったからな。いつも粉がついてたし」

「粉って、パウダーだよ。パウダー」

「粉だろ?」

「違う、パウダー。パウダー嫌い?ファンデだけがいい?」

「よく分からないが…美沙はいつでも綺麗だ」

「じゃあパウダーもつけよう」


 じゃあ、の意味が分からないが、美沙はいつでも綺麗だというのは本心だった。

 琴音のように、しわに化粧が溜まって汚く見えることはないし、若さ故の重力に負けない艶々な丸みを帯びた顔は瑞々しい。

 若くて美人な美沙を、やはり手放したくない。


「それで、どこに行くの?」

「どこに行きたい?」

「カフェに入ろうー」

「本当に甘い物が好きだな」

「毎日は食べないよ、太っちゃうから。適度に食べるの」

「美沙はもう少し太った方がいいんじゃないか?」

「そんなこと言って、デブになったらどうするの?」

「デブでも好きだよ」

「本当に?」


 これは社交辞令だ。

 デブでも好きだと本気で思っているわけではない。智之はデブ専ではない。細身の方が好きだ。自分の好感度のために、そう言ったに過ぎない。

 琴音は服を着ていれば細見であるが、腹には脂肪が垂れ下がっている。昔の母がこんな感じだったな、と智之はその脂肪を見る度に母を思い出す。見ようと思って見たわけではない。琴音が着替えている最中、たまたま見かけてしまっただけだ。


「どこのカフェがいいかなー」

「あ、ここがいいんじゃないか?」


 通りがかった洒落た看板を出しているカフェを指すと、美沙も「いいね」と頷いた。


「もちろん智くんの奢りだよね?」

「呼び出したのは俺だしね。カフェを割り勘しようなんて思ってないよ」

「だよねー」


 リサに使った金だが、美沙に使えばよかったと後悔した。リサがもう少し美人であれば思うこともなかったのに。

 うきうきしながら入店する美沙の後ろ姿を見て、智之は笑みを浮かべた。

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