第10話

 美沙にも当然琴音にも言わず、秘密にしたままパパ活を始めた。

 始めたといっても、今のところはサイトに登録し、女とメッセージを送り合うだけだ。

 連絡先を交換し、やり取りを続けてみるが意外に疲れる。

 何の知識もないため、会話の中身がない女。あれが欲しいここに行きたいと欲望を隠さない女。絵文字が多い女は読むのに疲れるのですぐにやり取りをやめた。

 たまに会話のテンポがいい女もいるが、写真を見てタイプじゃないと蹴る。

 そうすると、会いたいと思える女がいなかった。

 高望みなのだろうか。しかし金を払うのであればいい女と出会いたいと思うのは至極普通の考えだろう。

 容姿がよく、会話のテンポも合う楽しい女がいない。

 そういうものなのかとネットで検索してみるが、いい女も確かにいるようだ。しかし、そういういい女は金額が高いらしい。

 とある男の投稿では、完璧な女に出会えたが十万円を支払ったという。しかも交通費は別。十万円も支払って女と会うのであれば、タダで美沙を抱く。

 自分に経済力がないとは思っていないが、女と食事をするだけなのに高い金を払いたくない。

 美沙にブランド物の鞄を渡したり、高級レストランに連れて行ったことはある。けれどそれは金で成り立っている関係ではなく、互いに好意がある関係だ。

 やはりパパ活は向いていないのかもしれない。

 やめようかな、と思ったが、とあるネットの掲示板を見て手が止まった。


「一回くらい行ってみるのもいいですよ、いい経験になります。見る目が養われるし、回数を重ねると自分の好みが分かります」


 確かに、一回くらい経験するのもありだ。

 どうせいい女は価格設定が高い。ならば五千円くらいで悪くはない女と食事に行ってみよう。

 五千円を提示している女を絞り込み、その中から悪くない女にいいねを押していく。

 そこから会話をしていき、ほんの少しでも知的な女、面白い女、波長が合う女を残していく。

 智之はそれほどマメな男ではなかったが、一か月やり取りを続けることができた女が一人いた。

 一か月続いたのでその女と会おうと思い、美沙の誘いを断って休日に初対面することとなった。

 久しぶりの、美沙以外の若い女とデート。舞い上がってしまうが、琴音にバレないよう注意しながら不自然ではない服装を選んだ。

 琴音には会社の人と出かけると嘘を吐いた。普段から会社の人とゴルフやバーベキューをすることがあるので、琴音は「早く帰ってよね」と言うだけだった。

 電車で四十分揺られ、下車する。

 若すぎず、渋すぎない恰好にした。以前、美沙に似合うと言われた服だ。

 それを着て待ち合わせ場所で待ちながら携帯を触っていると、目の前に誰か来たので顔を上げる。


「こんにちは」

「あ、こんにちは」


 写真とは少し違うが、面影がある。待ち合わせしていたリサだった。

 二十二歳らしいが、十八歳にも見える。

 美沙とも琴音とも似ていない服装は、高校生か大学生を連想させる。

 可愛い、と即答できない容姿だが五千円なのでこんなものだろう。


「どこ行きます?」

「近くのレストランでランチしよう」

「はーい」


 ファミレスだとあからさますぎると思い、一食二千円くらいのランチにした。

 行き交う人にパパ活だと思われていないだろうかとネガティブなことを思う。

 美沙と歩く時は、浮気がバレないだろうかと不安を抱えながら歩くが、それよりも美沙の可愛さを見せびらかして得る優越感の方が勝る。

 それに比べてリサはそこまで可愛いと言えない容姿であり、優越感が込み上げることもない。

 写真詐欺とはこういうことだな、と一つ勉強になった。

 レストランに到着し、案内された席に座る。

 メニュー表を開いた後のリサの表情で悟った。あぁ、ここは気に入らなかったのか。

 イタリアンだが、もしかしたら金額が気に入らなかったのだろうか。二千円だと低かったのかもしれない。けれど、この金額が妥当だと智之は思っている。ファミレスにしなかったのがせめてもの優しさだ。

 二人ともパスタを注文し、メニュー表を置いて改めて向き合う。

 一か月も連絡を取り合ったが、メールの時と雰囲気が随分違うように思う。

 適度に付けられた顔文字と、「楽しみ」「嬉しい」「やったー」などの可愛い発言が、リサと対面してからはまったくない。

 楽しくなさそう、という程ではないがメールとのギャップを感じてしまう。


「今日は来てくれてありがとう」

「こちらこそ、こんな素敵なところに連れてきてくれてありがとう」


 にこりと笑っているが、気に入らないことはなんとなく分かる。美沙と浮気をするようになってからか、それまでの自分よりも鋭さが増したと思う。


「じゃあ、これ」


 パパ活は初めてなので、金を渡すタイミングが分からなかった。ネットでは先に金を出すのが良いと掲示板のアドバイスに書いてあった。女からしてみれば、本当に金をくれるのか不安なのだと。五千円が入った封筒を出すと眉をひそめながら受取り、中を確認した。

 人目があるので、ここで渡すべきではなかったのかもしれない。と後悔したが、どこで渡そうと人目がある。ホテルに行くわけでもないのだから、いつ渡そうが同じだ。

 一度くらい経験しておこうと今回やってきたわけだが、時間の無駄になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る