「今日の風は、少しだけ泣いていますね」と詩的な事を言ってくる後輩に、冗談半分で「そうだな。まるで片想いの人と離れ離れになったかのような、そんな少し切ない風だな」と返したらめちゃ喜ばれた

戯 一樹

第1話



 俺が所属する文芸部には少し変わった──いや、だいぶ変わった後輩がいる。

 名前は文乃ふみの詩織しおり。今年の四月に入学してきたピカピカの新入部員で、見た目に関してはけっこう可愛い方だ。貧乳だけどな。

 動物に喩えるなら猫って感じで、いわゆるサイドテールって言われる黒髪がさながら猫の尻尾みたいに曲線を描いているのもあって、うちの部長なんかは「ふみにゃん」と呼んでいたりする。

 で、その文乃詩織のどこが変なのかというと──



「今日の風は、少しだけ泣いていますね」



 ご覧の通りである。

 というより、ご覧の有り様である。

 ちなみに今日は快晴で、五月の中旬というのもあって気温も暑くもなく寒くもない。しかも我が文芸部の部室は日当たりも風通しの良い所にあるので、およそ配置に関してはなんら文句の付けようがない。

 そんな好条件の窓辺で、何やら突然詩的な事を口にしてきた文乃。

 しかもよりにもよって読書中──どころか、ちょうど部員が俺しかいない時に限って。

 いや、そもそも部員が俺とこいつと部長──それから幽霊部員の先輩を入れたら四人しかいなかったりすりが。

 それはともかく、だ。

 夕暮れ時の窓辺に寄り添いながら、黄昏れるようにわけのわからない独り言を漏らしてきた後輩に対し、俺はというと。

「…………………………」

 ノーリアクション。

 いや、だってさあ。

 なんか怖いじゃん? 脈絡なく「風が泣いていますね」とか言われても「は?」って感じじゃん? いっそ知らんがなって言いたいくらいだわ。

 まあ俺に言ったわけじゃなく、本当にただの独り言かもしれないというのあって、あえてスルーしたっていうのもあるが。いっそここからワープしたい。

 それにしても、ちょうど部長が私用で職員室に行っているタイミングで不思議ちゃんを発動してくるとは。いつもは部長の前でしかそういう意味不明な事を言わないはずなのに。なんでまた俺と二人きりの時に不思議発言をしやがるんだ。

 まあいいか。こいつとはそこまで親しいわけじゃないし。普段は挨拶程度しかいないし。ていうか部長以外とは目を合わせようとすらしないし。よくわからわんが、たぶん人見知りかなんかなのだろう。

 翻って俺の方もそこまでコミュ力が高いというわけでもなければ、お喋り大好きな陽キャというわけでもない。

 ぶっちゃけてしまうと後輩の女子と何を話せばいいのかも見当が付かないので、このまま聞こえなかった事にしておきたいところなのだが……よし、やっぱりここは聞こえなかった振りをしておくとしよう。それが一番平和的な対処法と見た。

 そう思い、つい途中のページで止めていた小説(ラブコメ)を再度読もうと、椅子に座りながら足を組み直したところで──



「今日の風は、少しだけ泣いていますね」



 こいつ、リテイクしおった!

 しかも、いかにも構ってほしいと言わんばかりにこっちをチラチラ見ながら!

 え、なに。こいつ、構ってほしいの? さんざん俺から距離を取るような真似をしておいて?

 いやまあ、嫌われてないとわかれば悪い気はしないし、見てくれだけは可愛いから構ってやるのもやぶさかではないが、だがしかし、なるべくなら好きな女性以外とはあまり関わらないようにしようと心に決めているのだ。



 その相手というが部長──もとい俺より一学年上の先輩である三野みの恋葉こいはさん。



 今どき三つ編み眼鏡の古風な人なれど、顔は無駄なく整っていて、まさに大和撫子という言葉がよく似合う美少女。

 けどその胸はアメリカンにダイナマイトで、おっぱいソムリエである俺の推測ではGはあると見ている。グレートのGだ。俺の予想ではいずれHまでいくのは間違いない。夢が広がりんぐ!



 そんな恋葉さんの事が、俺は大大大好きなのだ。



 もっとも、まだ告白はしていないけどな。俺が文芸部に入部してから一年以上経つが、まああれだ。色々タイミングを計っているのだ。シチュエーションとか大事だし。超大事だし。

 ともあれ、そういう事情もあって、たとえ後輩と言えど女子に馴れ馴れしく接するのは気が進まないのである。いや別に女子と話し慣れていないからそういう情けない理由とかではなくて。ええ断じて!

 しかし、向こうも案外勇気を持って話しかけてくれたかもしれんしなあ。内容はともかくとしても、せっかくこっちとコミュニケーションを取ろうとしている気持ちを無碍にするのも如何かものか。

 待てよ? ここで文乃と親しくなっておけば、常日頃みんな仲良しと謳っている恋葉さんの好感度アップに繋がるのではなかろうか。

 最近は新入部員である文乃が我が部に入ってからというもの、恋葉さんもあいつにかかりっきり(俺以外の後輩部員ができて、嬉しくてたまらないらしい)で俺と接する時間が減ってきているように思えるし、これを機に後輩と親睦を深めるのも悪くないやもしれん。

 とはいえ、あの詩的というか文学的というか電波ゆんゆんな言葉にどう返したものだろうか。

 正直「え? 風が泣くってなに?」と訊き返したいところではあるが──というかほとんどの奴が同じリアクションを取るところだろうが、たぶんそれじゃあダメなんだろうな。言ったら普通にガッカリされそうだ。

 かと言ってただ単に同意するだけなのもなあ。面白味に欠けるというか、会話が広がる気がしない。

 そういえば、恋葉さんはいつもどう対応していたっけ? なんか同意しつつもコミカルかつウィットに富んだ返事をしていたような……。

 まあ、あれだな。変に真面目過ぎる返しはやめておいたよさそうだな。

 となると、ここで返すべきなのは冗談混じりながらも文学的要素を含んだ言葉と見た!

「そうだな。まるで片想いの人と離れ離れになったかのような、そんな少し切ない風だな」

 いったん読んでいた本を閉じて、心持ち憂いを帯びた微笑みを浮かべながら先のセリフを吐く俺。

 正直自分でもなに言ってんだって感じだし、なんなら背中に汗を掻くほど恥ずかしいまであるが、これで間違いはないはず。たぶん。きっと。

 と、我ながら乏しい語彙力(ふだんはマンガか、ラブコメ系のラノベしか読まないので)を引っ張り出して、腐っても文芸部員たる力を示した俺に対し、文乃の反応はというと──



 超絶嬉しそうに破顔していた。

 ていうか、見るからに瞳をキラキラ輝かせてめっちゃ喜んでいた。



 えー……。

 いや、自分で言っておいてなんだけどさぁ……お前、こんなんでほんとにいいの?

 別に俺、そこまで深い事は言ってねぇよ?

 まあしかし、喜んでもらえたのなら別にそれでもいっか。これで会話の糸口を掴めたようなもんだし。

 さて、次はここからどう話を広げていけばいいのかを考えなきゃならんわけだが、どんな話題がいいのかね?

 文乃はだいぶ変わった奴だから、普通の女子が好むような話はあまり興味を示さないしれない──



「でもこの風、涙以外にも愛しさのようなものを感じられます」



 こいつ、続けおった!!!!!!

 こっちはもうすっかり電波なノリは終わったとばかりに一安心していたところだったっつーのに!!

 うそぉ。マジでぇ? まだお前の電波なノリに合わせなきゃいけねーの?

 正直もういいだろっていうか、そこまで付き合う義理はないって感じではあるのだが。

 でもなあ。

 初めて会話らしい会話──と言えるかどうかは微妙なところだが、なんにせよ文乃と二人きりの状態で話せた事は紛れもない事実だ。

 ここで諦めたら、またこれまで通りの挨拶くらいしかやり取りのない関係に戻ってしまう。俺個人としてはそれでも構わないというか、別段支障はないが、恋葉さんの心境を考慮すれば、やはり多少なりとも距離を縮めておきたくはある。

 俺と恋葉さんの明るい家族計画のためにもね! 家族どころかまだ恋人ですらないけれど!

 となれば、ここからさらに小粋な返事をしなければならないわけなのだが……うーむ。なんて返したらいいものやら。

 だいたい、風に愛しさを感じるって一体全体どういうこっちゃやねん。お前は自然現象から感情を読み取る事ができんの? 一種のニュータイプなの? 時が見えちゃうの?

 いや、真面目に考えるのはよそう。どういった意図で文乃がああ言ったかは皆目見当も付かんが、きっと真剣に考えるだけ無駄なだけだ。俺とこいつとでは、思考回路が全然異なるのだから。

 なんにせよ、依然として俺とコミュニケーションを取りたがっているのは確かなわけだし、とにかく文乃にウケそうな事を適当に言っておけばいいはずだ。

 ダメだったらダメだったらで、その時にまた考えりゃいい。

 よし、決めた。文乃への返答が。

 そんなわけで、ロダンの考える像よろしく太ももの上で頬杖を突きながら、俺は声を発した。

「ああ。片想いの人と離れ離れになってしまったが、これまでの愛しい日々を無かった事にせず、涙と共に大切な思い出として胸に仕舞うような、そんな感情を揺さぶられるような風だな」

 相変わらず自分でも全然ワケがわからない事をさも文学的に言いつつ、これでどうだとばかりに文乃の方を見てみると──



 文乃が、ピョンピョン嬉しそうに跳ねながら俺の方を見つめていた。



 ふ、文乃さん?

 あなた、そんな感情表現豊かな奴でしたっけ?

 いやまあ、それはともかく。

 とまれかくまれ、なんとか文乃の琴線に触れる言葉を口にできたようだ。

 正直、今の言葉のなにがそんなに良かったのかはさっぱりわからんが、とりあえずヒットしたのならそれでいっか。

 さて、文乃の機嫌も取れたところで、今度こそ、ここからどう話を広げたらいいかを考えて──



「わかります。言葉もなくただ静かに横を通り過ぎるだけなのに、まるで風が私たちに語りかけているみたいです。一瞬で吹き抜けていく僅かの間、幾千の言葉を乗せて私たちにその想いを届けてくれているかのよう──」



 もうおやめになって!

 俺の精神ライフはとっくにゼロなのよ!?

 つーか、まだ続けるのかよぉぉぉぉぉ! もうええって! ほんとにもういいから! マジで勘弁しやがれください!!

 あーもう、色々と面倒くさくなってきた。いい加減語彙を捻り出すのも辛くなったきたし、そろそろ素で応えてもいいよね? 本来の俺に戻っちゃってもいいよね?

 と、ついさっきまでそんな事を考えていた俺ではあるが、いかにもリアクションをくれくれとばかりに横目で視線を寄越してくる文乃を見ていたら、ちょっと冷静になってしまった。

 まあ、あれだ。ここでやめるのも中途半端というか据わりも悪いしな。

 しゃあない。最後まで付き合ってやるとするか。

 となると、三度目の返事を考えなきゃならんわけだが、はてさてどうしたものやら。

 ちゅーか、風が語りかけるってなによ?

 風が吹くたびに耳元でボソボソ囁かれてんの? なにそれこわぁ〜。

 俺にしてみればホラーでしかないが、あれか、文乃にはそれがロマンチックに感じるのか。風に感じちゃうのかあ〜。なんか意味深ね!

 ともあれ、感じちゃうのなら仕方がない。仕方ないが、そうなるとこっちもローマンティック(ネイティブっぽく言ってみた。特に意味はない!)に応えないといけないわけで、そのハードルの高さに眩暈がしそうだ。

 いっそこの眩暈を言いわけにして保健室に逃げてしまおうかという選択肢が一瞬頭を過ぎったが、大魔王から逃げられないとばかりにカーソルが自動的に「たたかう」を選んでしまったので、ガンガンいこうぜと無理やり自分を鼓舞するしかなかった。いのちをだいじに!

 あ、今のでちょうどいいフレーズを思い付いた。よし、これでいってみよう!

「風が語りかける、か。確かに命の息吹のようなものを感じられるな。さながら草花が種子を大空に飛ばして、新たな出会いを求めるかのように……」

 恥ずっ!

 自分で言っていてなんだが、恥ずっ!!!

 なんかもう、のたうち回りたくなるくらいの羞恥が俺を襲うよぉぉぉ!

 いや、耐えろ俺。

 ここは耐え忍ぶんだ。

 ここさえ耐えきれば、この羞恥プレイも今度こそ終わるはず。たぶん、きっと!

 そんな切なる願いと共に、文乃をチラッと見遣る。

 それとほぼ同じタイミングだった。



 文乃がアヘ顔になりながら、ガクッと膝から崩れ落ちたのは。



 ふみにゃん!?

 その表情は一体何事ぞ!?

「だ、大丈夫か文乃?」

 戸惑いつつ、おそるおそる文乃に歩み寄る。

 すると文乃は、依然としてヤバい薬でもキメているかのような焦点の合ってない目で俺を見て、

「完璧です、先輩……」

 と、おもむろに口を開いた。

「見事な返しでした。部長からそれとなく先輩の話を伺っていましたが、予想を超えた反応でした……」

「え、恋葉さんから? 俺の話ってどんな?」

「先輩は聞き上手で、返事やツッコミが秀逸だと」

「マジでじま!?」

 そんな風に陰で俺を褒めてくれてたん!? ちょー嬉しいんですけどー。もう恋葉さんしか勝たんのですけど〜。

 って、恋葉さんに惚れ直している場合じゃなかった。

 えーっと……もしやこれって、フラグが立っちゃった?

 俺自身、信じ難い話ではあるが、文乃に惚れられちゃった感じか?

「あー。じゃあその話を恋葉さんから聞いて、それで俺に話しかけてみようと思ったのか?」

「はい。部長から先輩の話を聞いた時は半信半疑と言いますか、いつも部長の胸ばかり見つめているスケベな人……いえ、脳内生殖器男だと思っていましたが」

「そんな風に思われていたのか……」

 どうりで、これまで全然話しかけてこなかったわけだ。

 脳内生殖器男だと思われていたんじゃあなあ。……脳内生殖器男? え、頭の中に生殖器を生やしてるってどういう状態? 常にアレが脳内でブラブラしてるって事? 新しい痴漢行為かな?

「けど、その認識も今日で変わりました。先輩って実は感受性豊かだったんですね」

「いや、それは俺のセリフでもあるんだが……」

 まさかこんなにベラベラ喋る上、表情がコロコロと変わる奴とは思いもしなかったし。



「私はずっと待ち望んでいました。先輩のような文学的センスのある方を。

 そう、いわばこれは奇跡……いえ、運命と言っても過言ではありません。そう、私と先輩との出会いは神が与えた祝福ギフト──これから始まる愛と青春に溢れた群像劇の一ページを飾る演出なのだと……」



 え? なにその今からドラマでも始まるかのような語り口調。

 しかも群像劇って、俺ら以外にも配役が決まっている奴がいんの? お前の頭の中では一体なにが始まってるん?

 とまれかくまれ、どうやら恋愛フラグが立ったわけではなかったらしい。

「ったく、ビックリさせやがって。思わせぶりな事を言い出すもんだから、てっきり俺に惚れたのかと焦っちまったじゃねぇか」

「? 私、先輩の事好きですよ? というか、そのつもりでこうして思いの丈を打ち明けているのですが」

「わかりづらっ!!!」

 暗号文で話しているのとなんら変わらないレベルの難解さだわ!

「つーか、好きって言ってもどうせライク的な意味の方だろ? まあ慕われる分には悪い気はしねぇけど」



「いえ、しっかりラブの方です。つい今しがた芽生えた感情ではありますが」



「…………マジ?」

「真剣と書いてマジです」

「……『ボディーがガラ空きだぜ?』の方の隙じゃなくて?」

「『月が綺麗ですね』の方の好きです」

「OH……」

 アイラブユーの方でございましたか……。

「え、ちょっと急過ぎない? いくらなんでもラブがジェットコースター並みに乱高下しすぎじゃね? 俺ってそんな好かれる要素あった?」

「理由は先ほど語った通りです。先輩は私にとってのベストパートナー……いわば比翼の鳥なんです。先輩以外の伴侶なんて考えられません」

 決意、頑なじゃね?

「いやいや、ちょっと落ち着け。お前、ちょっとテンションが上がるあまり判断力が落ちてんだよ。だから冷静になれ、な?」

「私は至って冷静ですハァハァそれこそ明鏡止水のごとくハァハァ……!」

「その割に息遣い荒くね!? ていうかなんで俺に抱き着こうとする!?」

「空気を読みました。文学少女なだけに」

「思いっきり読み飛ばしてんじゃねぇか! もはやタイトルすら読んでないまであるわ!」

「さすが先輩、やはり返しがキレキレですね! 文学的に百点満点です!」

「この状況だとむしろ欠点にしかならんわ! いっそオウンゴールだわ! 自分でも言っていて『やっちまったぁ〜』って気分だわ!」

 つーか現状問題にすべきなのはそこじゃなくて!

 もしもこんな現場を恋葉さんにでも見られでもしたら、大変な事に──



「ごめんなさ〜い。先生との話が長引いちゃって、ちょっと遅い時間になっちゃった〜」



 と。

 そんないつもと変わらない癒されボイスと共に、当の恋葉さんが職員室から戻ってきた。戻ってきてしまった。

 うわーお、タイミング最☆悪☆

「本当はもうちょっと早く戻るつもりだったのに、先生の話がどんどん横道に逸れちゃって〜。話を戻すのが大変……で……?」

 恋葉さんの言葉尻がどんどん小さくなっていく。それとは反比例するように、文乃に抱き付かれている俺を見た恋葉のクリッとした可愛らしい両の眼が、さらに大きく見開いていた。

「えっ。ふみにゃんに抱き付かれ……? あれ? 君たちっていつからそういう……?」

「ち、違います違います! 恋葉さんが今考えている事は完全に誤解です! 俺とこいつはそういう関係じゃありません!」

「……じゃあ、どういう関係なの?」

「そりゃもちろん、ただ」「ならぬ関係ですよね、先輩♪」「の同じ部員……ってちゃうわ! 途中で事実を捻じ曲げんな!」

「やっぱり! 二人ってそういう関係だったのね!」

「違いますって! ほんと、こいつの言っている事はフィクションですから!」

 ぐわあああ! 危惧していた事が現実になってしまったあああああ!!

 いや、まだだ! まだ終わらせはせんよ!

 好きな人にとんでもない誤解──それもあろう事か部室で後輩とイチャコラしていたなんて思われたままにするわけにはいかない! 俺の明るい家族計画がご破算にさせてなるものかっ!

「恋葉さん、俺を信じてください! 誓ってやましい事はなにもしていません!」

「……わかったわ。わたし、君の事を信じるわ」

「こ、恋葉さん……!」

 やった! 信じてくれた!

 好きな人に信じてもらえる……これ以上に嬉しい事は他にあるだろうかいやない!

 なんて句読点すらいらない反語法を心の内で用いた所で、恋葉さんは自分を納得させるかのように何度もうんうん頷いて、

「そうよね。君はそういう子じゃないわよね。男の子だから少しくらいはエッチな気分になっちゃう時はあるかもしれないけど、好きな子に……まして後輩に手荒い真似をしたりはしないわよね」

「………………、んん?」

 あれれ〜?

 なんか雲行きが怪しくなってきたぞ〜?

「君は優しい人だもの。ちょっと場所には問題はあるけれど、わたしは信じる。いくら付き合っている女の子でも、相手が嫌がるような事はなにもしないはずだって……!」

「あのう……恋葉さん? ちょっと行き違いがあるといいますか、少し事実確認をさせてもらいたいのですが……」

「いいのいいの。全部わかっているから。なにも言わなくても大丈夫よ」

「それ、本当にわかってます?」

 どちらかというと、なにもわかっていないような気がしてならないのだが。

「でもね、これだけは言わせてほしいの」

 言いながら、恋葉さんは後ろ手でそっと戸を開けつつ、踵を返しながらこう告げた。



「合意の上でも、避妊だけはちゃんとしておいた方がいいと思うわぁ〜!」

「恋葉さあああああん!? とんでもない誤解をしたまま出て行かないでえええええ!!」



 ていうか、止めようよ!

 そこは部長として! 毅然と!

 などと、そこまで言おうとした時には、恋葉さんは逃げるように部室から去ってしまったあとだった。

 そうして、二人きりにされる俺と文乃。

 依然として、文乃に抱き付かれた状態のままで。

「また二人きりになれましたね、先輩」

「そ、そーね。俺的には恋葉さんにいてもらえた方がよかったけどね」

「先輩って、いかにも恋葉さんの事が好きそうな感じですもんね。主に大きい胸が」

「ひ、否定はできん! 特に胸の部分……!」

「そういう素直なところも好きですよ、先輩」

「いやほら、お前の気持ちは嬉しいんだけどさ、やっぱり俺、恋葉さん一筋と言いますか、今は恋葉さんしか見えないと言いますか……」

「でも運命の赤い糸で結ばれているのは私の方だと思うんです。かます結びで」

「新聞紙をまとめる時の結び方! け、けどさ、赤い糸が一本だけとは限らないし……」

「安心してください。他の方の赤い糸は私が切断しておくので。赤を切るか青を切るかと問われたら、真っ先に赤を切るタイプの私です。手放しで喜べる他人事のみの場合だけですが」

「やっべ! こいつ絶対爆弾系を触らせちゃいけないタイプの奴だ……!」

「そんなわけで、すべてを私に委ねてください。大丈夫ですよ、天井のシミを数えている内に何もかも終わっていますから」

「それ、どちらかというとこっちのセリフじゃね!? いや言わんけど! ていうかほんと待ってマジで待って、あ、あ、ああああああああァァァァ〜!」



 で、結局その後どうなったかって?

 まあなんだ、とりあえず一言で表すなら──



 今日の風は、少しだけ泣いていますね……。


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「今日の風は、少しだけ泣いていますね」と詩的な事を言ってくる後輩に、冗談半分で「そうだな。まるで片想いの人と離れ離れになったかのような、そんな少し切ない風だな」と返したらめちゃ喜ばれた 戯 一樹 @1603

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