呪いのテープは倍速で

あめはしつつじ

A面

「こんなことしなきゃ、あと三十分は寝れるのになー」

 ついたため息は、白く冬に霧散していく。

 朝八時前に登校した私は、視聴覚準備室に向かう。冷たい鍵で、冷たい扉を開ける。

「なんで、この寒い中、機械の世話をしなくちゃいけないんだか」

 視聴覚準備室は、普通の教室の半分程の大きさしかない。右左、両方の壁には倉庫用のスチールラック。段ボール箱が詰めこまれていて、かなり圧迫感を感じる。

 段ボールの道を抜け、窓際の壁には、組み上げられたメタルラック。そこに、二十六台のビデオデッキとダビング用のHDDが二つ置かれている。メタルラックの横にある、机の上のノートパソコンのスリープを解除する。

 『新校舎完成』

 『◯年度運動会』

 『甲子園への道47』

 などのファイルが並んでいる。確認した後、二十六台のビデオデッキから、ビデオテープを取り出して、コピー完了と書かれた段ボールに入れていく。そして、また、まだダビングのすんでいない、資料テープをデッキにセットしていく。デッキ1に 『甲子園への道48』と背ラベルにあるテープを入れて、パソコンのデッキ1のダビング先のフォルダ名を『新しいフォルダー』から『甲子園への道48』に変更する。こんな操作を二十六回。全部終えたら、今度は動画のチェック、古いデッキの故障でダビングが失敗していることがあるから、念のために。すでに、四台のビデオデッキがお亡くなりになっている。ノートパソコンの小さな画面を、さらに四分割して、動画ファイルを開いていく。二倍速、三倍速、五倍速、十倍速、三十倍速、百倍速。寝不足の目には、ちょっときつい。うん、大丈夫そう。

 超高速で動く高校球児を見て、私の高校生活って、こんなのでいいのかな、と少し考える。

映画を撮るために、この部活に入ったのに、なんで私、こんなことやっているんだろ。窓の向こう側から、登校をしてくる生徒達の声が、徐々に大きくなってきた。


 二時間目の授業終わりの休み時間に、テープを入れ替えて、昼休みに、動画のチェックと、また、テープの入れ替え。そして、放課後。また、視聴覚準備室に行って、テープの入れ替え、あれ、残りは三本。視聴覚資料室から、新しい箱取ってきてもらわないと。私は部室に部長を呼びにいった。

 視聴覚研究部。部室の扉を私は引く。

「あっ、部長、今ある学校資料のダビング終わったんで、新しいやつ運んでくださいよ」

「そうか、終わったか、ついに、ふふふふふ、ふははははははは」

 芝居がかった口調で、部長は椅子から立ち上がった。

「夢ちゃん、ほんと? 本当に終わった?」

「いや、本当は後、三本ありますけど」

「長かったー、やっと、これで、手に入る」

「手に入るって、なんのことです」

「あれ、夢ちゃん、言ってなかったけ?」

「聞いてないですけど」

「えっ、聞いてない、ほんとに? えっ、じゃ、何も知らないのに、入部して一年近く、ずっとダビングしてたの?」

「はい」

「大丈夫? 疑問に思ったことは、聞かないと駄目だよ。将来が不安だよ。おじさん」

 説教おじさんモードの面倒くさい部長に、私は聞いた。

「なんで、私は、この高校の、資料テープを、何千本も、コピーしてたんですか」

「それは、見てからのお楽しみってことで。僕は校長に報告してくるよ、夢ちゃんは、その三本ダビングしたら、今日はもう帰っていいよ。明日、放課後、視聴覚室に集合ね」


 翌日、放課後、視聴覚室。

 ホワイトボードの前に天井から、スクリーンが降りていた。プロジェクターとビデオデッキがセットされている。

「夢ちゃん、君の夢は、何だい?」

「映画監督です」

「その望み、叶うよ」

 部長はそう言うと、一本のビデオテープを私に見せた。タイトルは『希望』。デッキにテープが、飲み込まれていく。

「ほら、座った座った」

 テープが再生された。

 ブランコに乗った子供、公園で駆け回る子供。五重塔、お寺、京都? 暗闇の中、揺れる、バースデーケーキの蝋燭。それを吹き消す子供。暗転。拍手。明転。子供の笑顔。運動会、ビニールのポンポンを持って踊る子供。徒競走で転ける子供。絆創膏をした足で、おにぎりと唐揚げを頬ぼる子供。

「あの部長。これ、ホームビデオですよね」

「違う、ホープビデオさ。いいから、黙って見てな」

 全く知らない、他人のホームビデオを見るほど、苦痛なことはない。眠い。ビデオは、知らない子供の卒業式を映していた。知らない校長先生?が、希望の満ちた大空に君達は飛び出していくんだ。なんて、眠たいことを言っている。120分、私は耐えた。スクリーンには、青い画面。左下の方に映像信号が入力されていません、の白い文字。

「なんなんですか、これ」

 疑問に思ったことを、私は聞いた。

「いや、夢ちゃん、流石の忍耐力だね。理由も分からずに、二時間もこんな、つまらないもの見るなんて」

「あっ、面白くないのは合ってるんですね」

「これはね、祝いのビデオなんだ」

「祝い?」

「そう、祝福、ハレの日、謹賀新年。拍手喝采、ファンファーレ。おめでとう、おめでとう」

 部長は、スタンディングオベーションで拍手をした。

「うちの高校に代々伝わる、願いが叶うビデオなんだ。ほら、この前、最年少市長になった、うちのOBいたでしょ、あの人も、このビデオを見たんだよ。あ、校長いるじゃん、あの人も、このビデオ見て、長い長い、教頭生活から、校長になったらしい。他にも、」

 私は頭の中で、この一年のダビング生活を振り返った。来る日も来る日も、狭く暗い部屋で、ビデオとパソコンの前で。それが、ホープビデオ? そんなもののために? 馬鹿にしてる。自分の馬鹿さ加減に絶望する。私の一年間は一体なんだったんだ。

「死ね」

 それだけ、部長に言って。私は帰った。


 翌日。

 部長は学校の屋上で、ロープで首を吊って、死んだ。

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