貧乏子爵令嬢と地下帝国

あいおいあおい

第1話 プロローグ

 子爵家令嬢である私、チカ・アンダーグラウンドには、前世の記憶がある。

 とはいえ、その記憶はそれほどはっきりとしたものではない。

 ある蒸し暑い夏の日、隣の金持ち伯爵家の晩餐にお呼ばれした際、目の前に並ぶ妙にコッテリとした料理を見て、ふと思ったのだ。


『ああ〜なんか、お豆腐食べたいな~』


 ――――あれ?

 豆腐って何だっけ……と考え出すと、芋づる式に前世の記憶が次々と溢れてきたのだ。

 とはいえ、ぼんやりとした記憶だ。

 あんなに腰が痛かったのに楽だわぁ、とか。

 昔は近くのものが見えにくかったのによく見えるわぁ、とか。

 シミひとつ無い肌とか最高だわぁ、とか……。

 要するに私は日本に住んでいた、いい歳のお姉さん…………いや、おばさんだったのだろう。

 それが今や子爵令嬢よ。

 オホホホホホホホって、いやこの家くっそ貧乏だわ。

 朝は水っぽい麦粥だし、昼と夜はパンとクズ肉のスープだけ。

 着るものも、どこかに招かれでもしない限りそのへんの農夫の妻と大して変わらない。

 今までそれが普通だと思っていたけど……、流石にそんなわけないわ。

 我らがアンダーグラウンド家はほぼ没落が完了しつつあるのではないだろうか。

 そして恐ろしいことに私は一人娘…………どうすんねんこれ。

 

 幸いなことに私は両親には愛されている。

 ただし方向性が全く違う。

 お父様はただただ娘が可愛くて仕方がないようだ。

 中身ばばあでごめんねお父様。

 お母様ももちろん私の幸せを願っている。

 ただお母様にとっては私の幸福とは幸せな結婚のことなのだ。

 まあこの世界の社会的状況を鑑みるにあながち間違っちゃいないんだけどね。

 けれど正直今のままじゃ難しいと思う。

 まずうちの領地は田舎でかつ貧乏だ。

 正直なところ、何か特別な事情が無い限り、養子に来るような魅力はない。

 

 

 さらに、私のスペックも残念だ。

 いや、決して悪くないと思う。

 やや背は低いが、年相応に体の凹凸もありつつも、引き締まった体だと思う。

 かつては残念なたれ尻だった私としては、ほれぼれするような良いお尻だ。

 だけど顔が地味だ。

 お父様は、チカは世界一可愛いよと言ってくれる。

 お母様は何かを諦めたようにため息をつく。


「私は、嫌いじゃないのよ………………」


 酷い。

 私も嫌いじゃない、嫌いじゃないんだけどこの世界では地味すぎるんだ。

 この世界の人たち、目鼻顔立ちがはっきりしており、なんだかキラッキラした美形がやたら多い。

 両親でさえキラキラしてる。

 お母様はかつてターレス王国の社交界でも美人で有名だったらしい。

 遺伝子はもっとちゃんと仕事した方が良いと思う。

 なんで私だけこんなぼんやりとした薄味な顔なのよ。

 正直この地味な顔じゃこのキラキラした世界で戦っていける気がしない。

 

 

 そして見た目以上にやばいことがある。

 この体、なんだか上手くしゃべれないのだ。

 頭の中で思っていることを発音しようとすると、うまくいかない。


 『お父様おはようございます。今日もいい朝ですね。ところで最近おひげをたくわえられているようですが、正直汚らしいですよ。どんなに元の顔が良くても、服装の品疎さと相まって、まるで落ちぶれた山賊のようです。ですので、出来れば剃られた方が良いですよ、可能な限り早く』


 と言おうとするとこうなる。


「ぉは……………………ぃぃ……………………ひげ……………………」

「おはよう! チカはおひげが好きなんだな~今日も朝から可愛いぞ~!」


 みたいな感じになる。

 どういうこっちゃ。

 これでも少しは改善した方だし、頑張ればもう少しはましになりそうだけど、流暢に喋ることは一生できないんじゃないかなぁ。

 まぁ一事が万事こんな感じなので、正直結婚どころか、社交に参加できるのかすら危うい。

 お母様ごめんよ、私にはまともな結婚は無理そうだよ。

 


 

 そんなパッとしないどころか、このままだと未来が暗そうな私ではあるが、今最後の賭けをしに教会へ来ている。

 魔法だ。

 そう、この世界には魔法がある。

 14歳になるとみんな教会へ行き、適性がある場合、魔法を授かることができる。

 そして魔法を駆使して敵から国を守るのが貴族と言うことらしい。

 つまり、貴族であるためには基本的に魔法を使えることが必須らしい。

 とはいえ両親が使える場合は、その子供は大体が魔法を授かることができるようだ。

 ここで炎や氷の上級魔法など、良い魔法を得ることが出来れば、それだけで結婚の条件は良くなる。

 逆に、いまいちな魔法を授かると、残念な貴族扱いされる。

 私の場合両親とも魔法を使えるので、何かの才能はあると思うんだけど……。

 もし私に何の魔法の才能もない場合は、誰か養子を入れなければならない。

 そうなると、私はほぼ平民な準貴族扱いで、肩身はもっと狭くなる。

 

 ここは何としても魔法をお授けください神様!

 別に貴族であることには執着心は無いけれど、肩身が狭いのは嫌だし、白い目で見られるのも嫌なんです。

 それに、魔法とか面白そうだし……。


「それでは、これから鑑定の儀に入ります」

 

 王都から来た偉いっぽい神官のおじいさんが、天秤のようなものを私の前に持ってきてかざす。

 難しい顔をして何かぶつぶつ言いだした。

 

「んにゃむ…………ん~う~んにゃむ…………」


 下を向き、全力で笑いをこらえつつ祈る。

 神様お願いします! 私を魔法少女にしてください!




「――――あなたは土魔法下級の穴掘り魔法に適性があります。今後もターレス王国にため、研鑽に励むように」

「…………ぁぃ」


 

 あ、穴掘りかぁ…………。

 魔法少女チカは穴掘りが得意!

 

 ……なんか思ってたのと違うな~。

 まぁ才能なしより遥かに良かったよね。

 うん、人生こんなもんだよ。

 

「チ、チカよかったね!魔法貰えてよかったね!」


 お父様が何かをごまかすように私を抱きしめる。


「穴掘り…………穴掘りなぁ…………」


 お母様が遠くを見てぶつぶつ言っている。

 これは、思った以上にしょぼい魔法なのかもしれない。

 もう私はだめかもしれない。

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