第弐拾伍話:ナターシャの裏切り

「ナターシャ、一体どうしたんだよ?!」


父さんはなにも言わずにナターシャに拳銃を構えて、おれに神秘薬を取りに行くよう目で合図した。


「たった一人で見知らぬ国の迷宮に入る。治安の良い日本だからとはいえおかしいと思ったんだ。貴様何が目的だ!」


「うるさい!私にはどうしてもそれが必要なのよ!」


ナターシャが俺に銃を向ける。


「俺の息子の幼馴染が不治の病に侵されそれを直す。それ以上の理由がお前にあるのか?」


父さんのドスの効いた声に何も言い返せずナターシャは後ずさりした。


「ひぅ!」


ところが突然小さく叫んで立ち止まり、ゆっくり後ろの方を向こうとした。


「振り向かずに銃を捨てろ!手を上げな。」


よく見ると短小銃をナターシャさんの後頭部に突き付ける人が後ろに立っていた。


それは、さっき並んでいた時に後ろにいた軍人さんたちの集団の先頭にいた人だった。


「あ、怖い顔のおじさん。」


俺がそうつぶやくと、後ろでくすくすと笑い声が聞こえたが、彼が振り向くと笑いは止まった。


この迷宮の性質上、おそらく俺たちが出会った以上の強さの魑魅魍魎に接敵したと思うが・・・ぬらりひょんに案外苦戦していたとはいえ倒してからものの数分で追いつくとかやばすぎる。


たぶん一生ないと思うけど、軍人さんたちだけは絶対敵に回したくはないな。


「・・・まあ、いいや。ともかくエルフのお嬢さん、今の状況でお前に勝機はない。仮にここで時間稼ぎをしても次の化け物がここに出現するだけでお前の目標は達成できんぞ?」


そう言って彼は手で合図をするとナターシャさんを扇状に取り囲み一斉に短小銃を突き付けた。俺たちは慌てて射程圏外へ逃れた。


「くっ・・・。」


「それに、ナターシャ・リェース。あなたのことは大体調べがついています。」


今度は軍人さんたちの後ろから制服姿の女の子が日本刀を携えて現れた。


「み・・・御剣 椿 様!」


「敬礼は不要です。森少佐殿、あなたたちは彼女を釘付けにすることに集中しなさい。」


「は、はい!」


「誰?」


「坊主が知らんのも無理ない。彼女は内務大臣の麻生さんの右腕として活躍している警察局の局員だが、仕事柄めったに放送局の連中の前に姿を見せないからな。」


彼女はつやのある黒の長髪でそれをポニーテルにしており、燃えるような赤い瞳は整った顔立ちも相まって吸い込まれるほど美しかった。


制服からでも見えるふくよかな二つの山もうつくs・・・。


「・・・何見てるの?君。」


「あ、いえ!決して何も見ておりません!!」


彼女は少し微笑むと再びキリっとした凛々しい表情でナターシャさんに向き直り少し歩み寄った。


静寂の中、彼女が履いている茶色のロングブーツの音がコツコツと響き渡った。


「ナターシャ・リェース、ロシア連邦共和国ユダヤ州ピロピジャン市出身。家族は病床の母エミリアと二人暮らし、恐らくはどこかでどんな病気も直す神秘薬の事を聞きつけてここまで来たのでしょう。」


「病気がちの母がいたのか。」


彼女は銃をおろして力なくうなずいた。軍人さんたちや父さんは警戒の意味も含めてまだ銃は降ろさなかった。


「そうよ。神秘薬は一本だけでも貴重なマジックアイテム、瓶の中にある赤い液体すべて飲ませないと母さんは・・・母さんは・・・ううっ。」


「ん?ちょっとまて。神秘薬はほんの一滴でも瀕死の小動物を全回復させる上に、寿命を本来の2倍も先延ばしにできると聞いたぞ。」


「さすが古明地元伍長、勉強だけはできるな。」


父さんは森少佐の言葉やそれに続く笑い声に少しムッとしたが再び話した。


「からかわないで下さい。森元中尉殿。・・・ナターシャ、瓶すべての薬液を投与してしまったら、細胞分裂を永遠に繰り返す凶悪な化け物になり果てるんだぞ?」


オーバードーズのやばい版みたいな感じかな。いずれにしても副作用が恐ろしすぎる。


森少佐はナターシャさんに詰め寄った。


「ナターシャ・リェース、正直に話せ。いったい誰からそんなデマを教わった?」


「そ、それは・・・。」


ナターシャが何かを言いかけたその時、急に全員の周囲から虹色の魔法陣が現れた。

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