レイニークリスマス

九JACK

第1話 いざ、縁野へ

 私は昔から、普通の人の目には見えないものが見えるという体質を持っている。所謂、幽霊やら妖怪やらと呼ばれる類のものだ。家では古くからそういったものを「奇化あやかしもの」と呼んでいるから、もしかしたらご先祖さまには私のように見える人がいるのかもしれない。

 奇化しものが見えて困ることは神出鬼没で出てきたときにびっくりしてしまうことだ。タイミングが悪いと声を上げてしまう。おかげで私は周囲から「突然奇声を発する女」とか思われているかもしれない。

 まあ、いいか。私は交遊関係広い方じゃないし、広くなくてもいい。一応、花の高校生だから、惚れた腫れたのすったもんだくらいは経験しておきたいところだが、経験しなくても後の人生にさして大きな影響はあるまい。恋愛なんて、漫画のように美しいものでもないんだから、過剰な期待は心を殺すというものだ。実際、家はそのせいで母がそれはまあ色々と苦労したのだ。

 家の両親は所謂「出来ちゃった結婚」というやつである。つまり、私が出来ちゃったので、責任取って父が母を娶ったと。そんななあなあな結婚に親族は怒り心頭で、恋愛結婚を言い張っていた母は家出か勘当かわからない具合で家を出た。一生あなたについていくわモードの母の執着度合いにドン引きした父は五年と耐えられなかった模様。一方的に離婚を宣言して夜逃げした、とか。うむ、語れば語るほど情けない話である。まあ、母は恋は盲目みたいなところがあるのは娘の私でもわかるので、父のそれは英断だったんじゃなかろうか。知らんけど。

 父がいなくなると、母は女手一つで私を育てなければならず、それで悲鳴を上げていた母を横目に見ながら、私は覚えたての電話を使ってかけたのが母の妹、つまり私の叔母にあたる人だった。

 叔母はいい人で、不思議な魅力のある人だった。所作の一つ一つが洗練されていて、落ち着きがあり、お淑やか。どっかの旦那に逃げられた母親に見習ってほしいくらいの大和撫子ぶりであった。私が今でも憧れている女性である。

 何故、こんな話をするかというと。

愛美めぐみ、もうすぐ着くわよ」

「はいはい」

「返事は一回」

「二つ返事だよ」

「明らかに二度返事のイントネーションだったでしょうが」

「バレたか」

 十二月某日。私は母と荷物を抱え、新幹線に揺られていた。何度聞いても間抜けに聞こえるアナウンスが、私たちの行き先を唱える。

「次はー、縁野ゆかりのー、縁野でございまーす」

 縁野──母の実家がある僻地。

 何が悲しくてクリスマスも近づく冬休みののっけからこんな名もないような土地に来なければならないのか。

 叔母の十三回忌だからである。


「んー、着いたー」

 座席と密室からの解放に体を伸ばして解す私。そんなとても健康的な私に対し、母は半笑いで言う。

「私よりおばさんみたいよ?」

「五月蝿いな、現役おばさん」

 軽口を叩き合いながら、駅を出る私と母。離婚騒動で色々私も振り回されたが、私ももう高校生だ。そこそこにいい関係を築いている。ただ、私が恋愛絡みでどんなに無茶苦茶やっても母は私に何も言えないだろう。向こう見ずだった自分の行動を認め、反省しているらしい。

 まあ、己を省みることができるからこそ、母の実家も、子育てに苦しんだ母に手を差し伸べてくれたのだろう。

「縁野、久しぶりねー」

「今年は正月も盆も来なかったからね」

「仕方ないじゃない。お母さん仕事入ってたんだから」

「むしろ、ショッピングモールの店員が盆と正月休んだらいつ稼ぐんだって思う」

「クリスマスまで休暇が取れたのは奇跡よー」

 間延びした声で呑気に宣っている母だが、本当に大丈夫だろうか。毎年正月の三ヶ日は死んだ目をしているが。

「お母さんからすれば久々のバカンスよー。ああ、お母さんのお雑煮食べたーい」

「いや、それ正月だから」

 と言ったが、母の母、つまり私の祖母は優しい人で「お雑煮が食べたい」程度の我が儘なら聞いてくれる。ちなみにあんもちがうまい。

「あ、お母さん、私貯金でケーキ買う」

「えー、とっておけばいいのにー」

「たまにしか来ないのにいつも手ぶらだと悪いよ。……本当は叔母ちゃんみたいに焼けたらよかったんだけど」

 叔母の名前を出すと、母の恵比寿顔が一瞬引き締まる。が、それは本当に一瞬で、それが幻であったと錯覚するくらい間延びした声で言った。

「やだー、愛美まであの子みたいな拘り派になっちゃったら、お母さん劣等感に苛まれて死んじゃうー」

「その程度で死ぬな」

「あてっ」

 母を軽く巻いたチラシの束で叩く。言うほど痛くはないはずだ。

 母の言う通り、叔母は拘り派の人間だった。私の記憶にも微かに残る、手作りケーキの芳ばしい香り。ふわりと広がるホイップクリームの甘さ。ぼんやりとだが、それは確かに思い出の一つとして胸の中に刻まれている。

「でもまあ、無理なんじゃないかなぁ」

 思い出に浸りかけていたところを、母ののんびりした声が遮る。私の行動を否定する言葉に、私はむ、と眉根を寄せた。

 よく考えてもみなさいな、と母は私の肩にぽん、と手を置く。

「もうすぐクリスマスなのよー? も・う・す・ぐ。よく考えてごらんなさい。クリスマス商戦なんてクリスマス来る前に終わってるわよー」

 なるほど、それもそうだ。最近はケーキも予約しないと取れない。十月のうちに。クリスマス当日に買おうとするやつは馬鹿を見るのだ。おせちの予約ですら十一月に始まるこの時代。先見の明がなければ、クリスマスケーキなど手に入ろうものか。

 縁野は田舎とはいえ、栄えている。お洒落なショッピングモールがもう完全にクリスマスムードの巨大ツリーをメインストリートに飾っているし、っていうか前よりショッピングモールのお洒落度が増しているような気がするのは気のせいか。華やかなアクセサリーショップがある。スノードームとか見ると無意味に欲しくなる。それにサンタコスをした売り子がちらほら。と思えば、既に正月飾りを売り出している店もある。

「兄さんは上手くやってるみたいね」

「どこから目線だよ」

 ショッピングモールのみならず、街そのものが盛り上がっていることに満足げな母の一言にツッコミを入れておく。が、母が言っていることはわかる。

 縁野家。それが母の実家にして、この縁野の地主の家の名である。

 それを考えると、母はよくデキ婚なんてしたなぁ、と自然と遠い目になる。母は二~三人兄はいるが、一応長女であるのだから、今時珍しいお見合いとかで結婚相手を決めそうなお家柄だが……今時珍しいから見合いなんてしないのか。

 とりあえず、母の実家はとにかくでかい。でかいの一言に尽きる。もうお屋敷。和風建築の極みである。

 縁野は地名になるだけあってかなりの名家らしく、地元ならよほどのことがなければ知らない人はいないというレベル。

 家は大きくて、蔵とか普通にある。なんだかよくわからない巻物とか高価そうな掛軸とかが仕舞われている。

 ただ、地主にしては外れに居を構えている、という印象がある。駅を出てからはしばらくはバスに揺られないといけない。

「母さん、ちゃんと車酔いの薬飲んだ?」

「飲んだわよー。もう、愛美ったら心配性ね」

「心配性なんじゃなくて、母さんがおっちょこちょいでそれの尻拭いするのが私だからだよ」

「ぐぬぬ、可愛くない娘……」

「結構結構」

 私は母を置いてバス停に向かう。次のバスまでは……

「はぁぁぁぁぁっ!? かなり時間があるんですけど!? 二時間近いじゃん!?」

「一時間半よ」

「そう変わらんわ!!」

 そうだった。賑わっているから忘れていたけれど、ここ田舎なんだった……十八になったら免許取らないとな、と毎回来るたびに思っていたのをすっかり忘れていた私だった。やはり定期的に来ないと。

 さて、となると空き時間はどうするか……

「バスを待つなんて受け身な姿勢は縁野家らしくないぞよ!」

 ……馬鹿が何か言い始めた。

「ちょっと愛美、今失礼なこと考えなかった?」

「全然」

 ではどうするつもりなのか聞いてみよう。

「次のバス停まで歩くわよ!!」

 ……やっぱり馬鹿だった。

「ここ田舎なんだから、バス停同士が遠いんでしょうに」

「ウォーキングみたいなものよ。健康的でいいじゃなーい」

 その超前向き思考分けてほしい。

 確か、次のバス停は、川池せんちだったか。

 私が見える人だということは母にも言っていない。だから仕方がないのかもしれないけれど、川池は「出る」と言われる場所だ。「せんち」という読みから察してほしい。今でこそ穏やかな畔のある池だが、かつては「戦地」だったのだ。名前はその暗喩と戒めが込められている。

 一説によれば、川池は戦場で命を落とした者の供養に使った場所だとか。そういった関係もあって、縁野家もその土地は保護している。

 死屍累々だったであろうその場所に何もいない方がおかしい。まあ、あんまり何かを見かけることはないが、私個人的には変な空気を感じるから進んで近づこうとは思わない。

「とにかく行きましょ。今からならいくら遠くたって一時間半以内には着けるでしょう」

「まあ、そうだけど」

「決定ー」

 私に拒否権はないらしい。

 まあ、今まで私はあそこで何か見たわけではないから、よしとするか。

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