第002話 導かれる者
悪夢だと思いたいが、気持ち悪いくらいに俺は夢の全貌を覚えている。
ゲームをプレイしていたわけでもないというのに、俺はあの世界の情報を隅々まで理解していたんだ。
「俺はあと二年で死ぬ運命なのか?」
今し方の夢が未来を示しているのなら、あと二年で俺は死ぬ。会ったこともないリィナという女性の運命を背負ったがゆえに。
「本編もそうだけど、やはり気になるのはオマケシナリオだな……」
父上が再び怒鳴りつけて来るような気もするが、俺は先ほどの悪夢を思い出してみた。
明け方に見た夢の最後にあったそのシーンを。
『ルカ、好きよ……』
リィナは確かに言った。虚ろな目をしていたけれど、俺を真っ直ぐに見つめながら彼女はそう告げたんだ。
『最後に私の気持ちを伝えられて良かった……』
『リィナ、まだ死ぬと決まったわけじゃない』
長い夢の中で俺はアルクとリィナのカップリングを気に入っていた。だからこそ、リィナがルカを好きだと言ったとき、俺は混乱したんだ。
リィナの告白まで、俺は現実と夢とのリンクに気付かなかった。だが、リィナの一言によって俺は自身がルカなのだと思い出し、ただの夢は悪夢へと転換されていく。
『言ったはずよ? 私の病気は治らない。騎士学校への推薦状を書いたわ。推薦は会ってからにしようと考えていたけれど、もう駄目みたい。既に大好きな貴方の顔もよく見えないのよ……』
本編の舞台である双国立騎士学校。そこは魔国との戦いにおいて指揮官を養成する場所であり、魔族との戦い方を学ぶ場所だ。
しかし、指揮官という立場から、上位貴族にしか入学資格がない。つまり子爵家の生まれであるアルクが入学するためには上位貴族の推薦状が必要だったんだ。
だからこそ、俺はアルクとリィナを引き合わせようと動いていた。本編の主人公であるアルクが騎士学校へと入学できるように。
『いや、リィナは死なないよ……』
リィナが患う魔力循環不全は不治の病だ。先天的疾患であり、生命維持に必要な魔力を臓器などに上手く循環させられない。やがて臓器は疲弊し、全ての機能を失う。魔力循環不全と診断された子供は長く生きられない運命にあった。
『もう一歩ですら進めないのよ……』
聖女でありながら元気一杯に細剣を振り回すリィナだが、序章ではこんなにも弱っていた。魔力循環不全はオマケシナリオにおいて、彼女の身体を蝕んでいる。
実をいうと本編にはヒロインが二人いた。リィナの立ち位置はサブヒロイン。しかし、好感度を上げていけば、メインヒロインを差し置いて付き合うことができたんだ。
しかし、今やリィナは風前の灯火。トレードマークである金色に輝くツインテールも、心なし霞んで見えている。
本編にあった屈託のない笑顔に魅了され、俺は彼女に一目惚れをした。もちろん、それは悪夢に気付く前であり、アルクとリィナが織りなすラブストーリーにのめり込んでいったのだ。
『どうやら、ここまでが俺の運命みたいだ。リィナ、約束して欲しい。君はこのあとグリンウィードへと向かい、アルクに推薦状を渡してくれ。アルクは必ず世界を救う。絶対に損はさせないから。俺の願いはそれだけだ……』
子爵領グリンウィードを目前にして力尽きようとしているリィナ。だが、彼女は本編のオープニングにおいて華々しく登場し、アルクの眼前で魔物を一刀両断にした。
そこへと繋がるプロローグ。この先に俺が取る行動は限定的であるようだ。
何しろ俺は本編に登場しない。それはつまり、俺がここで力尽きることを意味していた。
確かゲーム画面には選択肢が表示されていたはず。ところが、それは一つしかなかったと記憶している。
【呪文を選択してください】
→・ディヴィニタス・アルマ
その呪文こそが、祝福の儀で授かったルカの固有スキル。
悲運の女神シエラが、使徒であるルカに与えた罪深き魔法だ。他者の運命を奪い、自身の運命として背負うというものであった。
「使うしかなかったんだよな……」
他に選択肢はない。つまりルカはリィナの運命を引き受けるしかなかった。
結局、ルカはディヴィニタス・アルマを実行する。他に選択肢が用意されていないのだから。
俺の記憶はここまでだ。
このあと俺は胸に激しい痛みを覚えて、気付けばベッドの上にいた。
汗だくで目覚めたあと、どうしてか胸の痛みは消えている。激しい頭痛を代償として。
悪夢なのだと思いたいけれど、どうしても俺は今の夢が未来を指し示しているとしか考えられない。
「俺は悲運の女神シエラに魅入られている……」
五歳の洗礼時、俺には悲運の女神シエラの加護があると判明している。
ゲームと同じであれば、成人した儀式である祝福の儀によって俺はジョブ【代行者】と固有スキル【ディヴィニタス・アルマ】を授かることになるのだろう。
悪夢は肯定されていくだけ。運命は終焉に向かって俺を導いていく。
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