第4話 初恋がかたちを変えるなら
できる限りの、でも頑張りすぎてない感じのおしゃれをして、待ち合わせ場所に立っている。この前受けた模試のときよりも、俺は緊張していた。もしかしたら人生で一番緊張しているかもしれない。
待ち合わせ時間よりもずっと早く着いてしまって、他のことをして時間をつぶす余裕すらもなくて、ただその場所でスマホの時間を一分ごとに確認してソワソワしているだけだった。
そんな俺の前に、千蔭さんが来てくれた。
「おはよう、夕陽くん。はやいね」
「千蔭さん! おはようございます。なんか、すごいはやく着いちゃって」
「あはは、まだ二十分も前だよ。まあ僕もはやく来ちゃったのはそうなんだけど、どっかで時間つぶそうかなって思ってたらもう居たから、びっくりしちゃった」
千蔭さんは時間をつぶそうとしていたのにただ立ち尽くしていた俺という余裕のなさを自覚させられて、すごく恥ずかしくなった。けれど、そう言って笑う千蔭さんは今日もすごくきれいだ。それだけでもうなんだもいいやと思えた。
「じゃあちょっとぶらぶらしてから行こうか?」
「はい。千蔭さんはどこか見たいところとかありますか?」
「あ、じゃあちょっと本屋さん行きたい」
「いいですね、行きましょう」
初めて店の外で、偶然ではなく約束をして会った千蔭さんは、なんだかいつもよりもさらに甘やかだった。人前に立つ仕事場から離れているからだろうか、店に居るときよりも立ち振る舞いや喋り方がふわふわしていて、そんな姿も素敵だった。
ニコニコと笑っているのは、少しくらいは千蔭さんも俺に会えて嬉しいと思ってくれているのだろうか。ついそんな風に、期待してしまうのをやめられない。
それからは千蔭さんの欲しかった本を買って、古びた映画館でふたり並んで映画を見た。その後、二人で気になると話していた海外のカフェが期間限定で日本に出店している店舗へ行ってコーヒーを飲みながらゆっくりしている。
「僕もスクリーンで見たのは初めてだったから、感動しちゃった。教えてくれてありがとうね」
「大画面で見るとやっぱり印象変わったりもしますよね。俺もクラスの詳しい奴にたまたま教えてもらったんです。いいこと知れてよかった」
これはもう、正真正銘の立派なデートではなかろうかと思う。
テーブルの向かいに座って楽しそうに話す千蔭さんが今日も最高にきれいでかわいくて大好きだ。こんなにも大好きな人が恋人になってくれたらどんなに幸せだろうと考えてしまう。
「ここのコーヒーも飲んでみたかったんだ。淹れてくれてるところもまじまじ見ちゃった」
「あはは、すっごい見てましたね」
「やりにくかっただろうなあ」
「そうかもしれませんね。あ、でも俺もいつも千蔭さんのこと見ちゃってるけど……」
「それはもう、慣れちゃったよ」
千蔭さんは、やっぱり俺の視線には気づいている。きっと、それにどんな気持ちが込められているのかも。
「……もう慣れちゃうくらい、僕の中で夕陽くんがいることは日常になっちゃってたからさ。この前までしばらく来なかったの、ちょっと寂しかったんだよね。だから今日誘ってくれて、嬉しかったの」
「ええ、そうだったんですか。すみません」
「ふふ、謝ることじゃないけどさ。勉強頑張ってたんだよね。別にうちの店でやっててもいいのに」
「あ、いや……多分俺、千蔭さんがいたら勉強なんて手につかないと思うから……」
「あはは、僕がいたらなの?」
そのうえでこんな風に笑っていてくれるのだから、やっぱり少しくらいは期待してしまうのだ。
もう、言ってしまいたい。うまくいったらそりゃ幸せだし、ダメならダメで、はやくこの淡い期待を捨てさせてほしい。捨てられるかどうかはわからないけれど。
だってこれが、ずっと抱え続けてきてしまった初恋なんだ。
その初恋の息を止めるのも叶えるのも、千蔭さんの言葉で。そうでなければこの想いは報われない。
「あ、そういえばね」
もう言ってしまおうかと心臓をばくばくと高鳴らせていると、千蔭さんがふいに鞄の中からひとつの小さな紙袋を取り出した。
「はい、これ。誕生日プレゼント」
「……たっ、え!? 覚えててくれたんですか」
「当然でしょ。ちょっとだけ遅くなっちゃったけど」
綺麗な包みに入れられたそれをちょっと照れくさそうに渡してくれる。まさか誕生日を覚えていてくれてるなんて思っていなくて、間の抜けた声をあげてしまった。
「十八歳、もう大人だね。おめでとう」
プレゼントまでくれて、そんな風にやさしく微笑みながら祝ってもらえるなんて夢にも思っていなかったから、嬉しすぎて思わず泣いてしまいそうだった。
今までは、いくつになったとしてもまだまだ子どもで、千蔭さんにそう思われるのが嫌で自分の誕生日や年齢の話はあまりしてこなかった。
歳を重ねるたびに千蔭さんとの差を思い知らされてもどかしくて、はやく大人になりたかった。
だから、その「もう大人」という言葉が何より嬉しかったのだ。
「ありがとうございます。俺、今までで一番幸せです」
「大げさだなあ」
大げさなんかじゃないんだけれど、そこで否定するのは少し重い気がして、笑って流した。
「これ、開けてもいいですか?」
「うん、もちろん」
小さな紙袋の中身はこれまた小さな、でも綺麗でちょっと高そうな白い箱。
「……あの、何あげたらいいかなーって悩んで…。その、ちょっと重い? とか思ったんだけど」
そう話す千蔭さんはほんのり頬を染めていて、恥ずかしそうにしている。
「……アクセサリーですか?」
ぱこ、と気持ちのいい音を立てて開いたその箱の中には、小ぶりでシンプルな、品のあるデザインのネックレスが入っていた。
「……きれい」
「最近夕陽くん、大人っぽくなってきたし。それ、たまたま見かけて……その、似合うだろうなーって思ったら、もうプレゼントそれしか考えられなくなっちゃって」
珍しく千蔭さんが言葉を探しながら話しているのが、本当にすごく恥ずかしいのに一生懸命話してくれているんだなとわかって、そのことも嬉しい。
「めちゃめちゃ嬉しいです……泣きそう……」
「そ、そんなに!? でも喜んでくれたならよかった」
安心したように笑う千蔭さんを見ていると、本当に目が熱くなってきて、泣いてしまいそうだった。
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