秘密の恋 

鴨居 伸

第1話 シンの耳

シンの左耳が聞こえなくなってもう三年近くになる。


真珠種性中耳炎という。


耳の周辺にそれが出来ると周りの組織や骨を溶かしつつ大きくなっていくようだ。


放っておくと髄膜炎などの病気が併発することもあると聞いた。


 手術をしたことで鼓膜と耳骨の一部を真珠腫ごと取り去られたことで聞こえなくなってしまった。


今のところ真珠種性中耳炎は収まっているが聞こえていなかった。


シンが病院に行くのをやめたのはその時の担当医のせいでもある。


 シンの担当の先生は近くの市民病院に転勤となってシンにもその病院に来るように言ってきたらしい。


シンは一度だけ行った。


しかし。


やはり耳の処置の時「痛い痛い」と言っているにもかかわらずお構いなしに処置をした。


シンはどつくのをぎりぎりまで耐えたと言っていた。


次の予約を入れられていついつと言われたときに、


「先生。俺が痛い痛い言ってもやめへんのはなんでや。入院してた時も今もなんぼどついたろかと思ってたけどそこまで我慢せなあかんのか。へたくそやから痛いのと違うのか」 と聞いたらうまいヘタは関係ないと言われたらしい。


「あえて言うけど処置の痛い医者に行く奇特な患者は居らんわ。

将来開業するんかどうか知らんけどあそこのお医者さん痛いねんていう噂が立った時点でもう終わりやろ。

患者に痛みをこらえさせてせなあかん治療もあるやろ。

たかがかさぶたごときでこんだけ痛み堪えてまで取らんとあかん理由はなんや?

別にほっといてもええやろ。その内とれるんやから。しかも聞こえへん耳や。

そこまですることないと思うけどな」


「先生黙ってたわ」


「今後証明することが出来たらええな」と言い帰ってきた。


お金は払ってきたと言っていた。それから診てもらっていなかった。


でもいつまでも聞こえないのは不自由だということでまた近所の耳鼻咽喉科に行った。


たまたま帝大病院から派遣されてきた先生がいて、その先生曰く私が後を引き受けましょうと言ってくれたとの事。


とんとん拍子に話が進み、また帝大病院で再建手術をしてもらえることになった。


三年ぶりの手術になるが間に扁桃腺切除手術をしましたと言う話をしたら問題ないとの事だった。


あとは比べて申し訳ないけれど帝大病院の尿道カテーテルは麻酔から覚めるとすんごく痛いけど高槻の日茶病院はちんちんが痛くないと話をしたら先生もなんでかなというだけだったらしい。


「先生そこすごく大事ですよ。

前回は耳の痛みよりもそこの痛みでもがき苦しみましたから」


まあ一応申し送りはしますとのことだった。多分また痛いんやろな。


手術の日程も決まり術前検査も済ませた。そして同意書にもサインした。


前回もそうだったが博覧会公園で散歩した。今度は詩も歩けるようになっている。


シンと私と詩はゆっくりと芝生の上を歩いた。


シンが芝生の上に寝転がると詩も真似をして寝転がった。


「詩。お空を白い雲が流れていくなぁ」「うん」


「どこまで行くんやろうなぁ」「ちらん」


「そうか知らんか。お父さんも小さい頃は遠くへ行きたいと思ってたけど

今は行きたくないな。飛行機の乗り方がわからへんから」


「ええっ。シン。飛行機乗ったことないの?」


「 ないねん。どんなんやろな。コハル今度一緒に乗ってくれや」


「うん。シン。新婚旅行へ行かなあかんで。行ってないから」


「そうやな。詩も連れて行こう」「うん」


「詩。お空を見上げてるとお父さんは気持ちがお空に吸い込まれていく気持ちになるんや。詩にわかるかな?」 「わからん」 


「そうやろな。笑 まあお空をたくさん眺めたらわかるようになるかもな。

コハル。そろそろ帰ろうか」


「うん。シン。そうや。太陽神の塔を見に行こうや」


「そうか。詩は見たことなかったっけ」「ないと思うねんな」


「じゃあ行こう」「うん」


「太陽神の塔はここで博覧会が行われたときに建てられたんやて。

俺らがまだ詩くらいの時やな。お父さんとお母さんは来たんやろか」


「うん。来たって言ってた。すんごい人で大変やったって言ってたな」


「そうか。ときどきニュースとかで見るけどあの混み具合の中に行こうとは思わんなぁ」


「そうやな。でも私は行くと思うわ」「なんやて。コハルが行くんやったら俺も行くわ」


「そうなん」


「じゃあもしなんかあったら行こう」「うん」


「コハルと一緒におりたいねん」「シン。私もやで」


「うん。さあぼちぼち帰ろうか」「うん」


帰りにスーパーに寄ってお昼のお弁当と夕ご飯のおかずとシンの好きなポテチとプッチンプリンを買った。


「詩も食べるかな?」「うん」「買ってあげる」「コハルも食べたらええやん」


「そうやな」


「たまにはええな」「うん」


家に帰るとお弁当をチンして親子三人で食べた。


「おいしいな」「うん」


ニュースを見ていると百貨店のそごうが倒産した話が流れていた。


「へぇー、百貨店もつぶれるねんなぁ」


「そうやな。俺には全く縁がないから別に無くなったってどってことないけどな。

せやけどそこで働いている人は大変やな」


「なんで?」


「コハル。今までずっとそこで働いて生活のお金を稼いできた人もたくさんいてるやろ」


「うん」


「ある程度歳いってたら、そう簡単に再就職なんか出来へんし、同じ給料を稼ぐ事がすごく難しくなるんや」


「そうなんや」


「うん」


「子供が高校や大学に行ってたら学費が払えんようになって、もしかしたら辞めてもらわんとあかんかもしれへんし」


「色々と影響があるんやな」


「そうやで。ええ所に勤めてるから結婚したのに会社潰れて離婚とかも結構あるみたいやからな」


「ふーん」


「コハルは俺の勤めてる会社がつぶれたらどうするよ?」


「どうするって?」


「俺は捨てられるのかな? 大した会社でもないし、稼ぎもいいわけではないけれど」


「シン、その言い方はちょっと自虐的すぎるな。

シン、はっきり言っておくけどね。私は出会ったときからシンが好きになったの。

だから職業がどうのこうの、収入がどうのこうの言ったことは無いと思うけどね」


「そうやな」


「シンという男に私は惚れて一緒に居るんやから、仮に貧乏になってもシンが病気になっても私はずっとシンのそばにいるよ。あっ。シン、涙ぐんでる」


「コハルありがとう。 すごくうれしい」


「シン、泣いたらあかんよ。私も泣けてくるやんか」


「ごめん。でもほんまにうれしいねん。こんなに思ってくれてるやなんてありがとうコハル。愛してるよ」


「私もやでシン」


チュッ。


「詩も!詩もチュー」


「そうか。詩もチュー」「キャハァ」


「さあ詩、ご飯食べ終わったらお昼寝やで」


「うん」


詩が寝た後、コハルと愛し合った。


「コハル。時々不安になることがあるねん。もう気持ちの谷間みたいな感じかな」


「そうなんや。でもシン。不安になったら私が抱っこしてあげるから」


「うん。コハルの胸に顔をうずめて安心させてな」


「うん。かわいいかわいいシン」「うん。コハル。ありがとう」


「ハムっ」「アン。 シン、また感じちゃうやん」


「うん」「アン。シンが入ってきたよ」「うん。これが一番安心するわ」


「私も。シン、動きが小さいしスローやな」


「うん。これくらいが今はええねん」「そうなんや」「うん」


チュッ。チュッ。「コハル。大好きやで」


「シン私もや」チュッ。


しばらくそのゆっくりとした気持ちよさに身を任せていた。


シンの動きが止まり二人で寝てしまった。


「シン、シン」 「うーん」


「さあぼちぼち起きよう。詩が目覚めたらギターでも練習しよう」「うん」

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