先日助けていただいたスズメです!
竹間単
第1話 【起】
春と呼ぶにはまだ寒い休日のとある日。
玄関のチャイムが軽快な音を鳴らした。
昨年から一人暮らしを始めた俺の家に、誰かが訪ねてくることは珍しい。
家賃の安さ重視で入居賃貸を決めたため、俺の住んでいる家は大学から少し離れているからだ。
自転車で三十分も走れば到着するのだが、わざわざ遊びに来るには遠い。
「どちらさまですか?」
ドアを開けると、茶色と白で構成された服を着た、可愛らしい少女が立っていた。
パッと見た感じ、高校生くらいだろうか。
……いや、化粧をしていないから幼く見えるだけで、大学生かもしれない。
どちらにしても、俺よりは年下に見える。
「こんにちは。先日助けて頂いたスズメです!」
「……えっと、どちらさまですか?」
「スズメです! 恩返しに来ました!」
少女は元気よくそう言った。
* * *
一週間前。
アルバイトまで時間があるからと布団でゴロゴロしながらスマートフォンをいじっていると、ベランダから物音が聞こえてきた。
風で洗濯物が落ちたのかと窓の外を見ると、ベランダではカラスが暴れていた。
「こんな所で何してるんだ!?」
洗濯物を汚されると困るため、カラスを追い払おうと窓を開けると、カラスは小さなスズメをいじめているようだった。
「おい、やめろって!」
急いでベランダに出ると、俺の姿を見たカラスは逃げるように飛び去っていった。
残されたのは、弱ったスズメと困惑する俺。
「え、どうしよう。ケガはしてないみたいだけど……」
これまでの人生でスズメを拾ったことなんてない。
だからこういう場合のノウハウはまるで分からない。
しかし弱ったまま寒い外に放置していると死んでしまいそうなため、スズメを部屋に入れることにした。
実家から送られてきたダンボールの中から食料を取り出すと、空になったダンボールにスズメを入れる。
スマートフォンで鳥を保護した動画を検索し、動画の真似をしてダンボールの中に洋服やティッシュも入れた。
そして部屋に暖房を付けたまま、アルバイトに出掛けた。
夜遅くにアルバイトから帰ってくると、スズメはティッシュの上で丸まっていた。
俺はスズメを驚かさないようにそーっと寝る支度をすると、スズメと一緒に暖かい部屋で就寝した。
翌日、すっかり回復したスズメを自然にかえした。
* * *
「あのときはお世話になりました。すっかり元気になりましたよ。ほらっ」
少女が茶色のスカートを風に舞わせながら、くるりと回った。
スカートに付いたフリルが、ふわふわと揺れる。
「それは良かった……です」
確かに一週間前、俺はスズメを助けた。
しかし、だからといって、少女の荒唐無稽な話を信じるわけがない。
「あれ!? もしかして嘘だと思ってます!?」
「それはまあ……」
俺の反応を見て、自分の発言を信じてもらえていないと気付いた少女は、それでも諦める様子は無かった。
「ですよねー。信じられませんよねー。でも本当のことなんです」
「…………はあ」
どうしよう。
この少女は思い込みの激しいタイプの人間なのかもしれない。
自分をスズメだと思い込む症状は、聞いたことがないけれど。
「まあ簡単には入れてもらえないだろうと思ってました。鶴の恩返しの鶴も、ダメ元で訪ねたらしいですから」
「あれ、ダメ元だったんだ」
「ダメ元ですよ。いきなりやって来て泊めてほしいなんて、ダメ元に決まってるじゃないですか」
女の子は楽しそうにケラケラと笑った。
しかし鶴の恩返しと比較するなら、まずこの状況がおかしい。
「鶴の恩返しの話って、鶴は最後まで鶴だとバレないようにしてたと思うけど……」
俺が指摘すると、少女はあちゃーと自身の額を叩いた。
「やっちゃいました。じゃあ私の名乗りは聞かなかったことにしてください」
「えー……」
一度聞いたものを聞かなかったことにしろと言われても困る。
しかも「先日助けてもらったスズメです」なんて良くも悪くも印象的な発言を、忘れられるはずがない。
俺が困惑していると、少女はさらに言葉を続けた。
「あらためまして。私の名前は、鈴目雛子です。よろしくお願いします!」
「隠す気ないでしょ!?」
――――――――――――――――――――
ここまでお読みいただきありがとうございます。
竹間単と申します。
『先日助けていただいたスズメです!』は、全4話の短編小説です。
短いお話ですが、楽しんでいただけると幸いです。
小説は今日から四日間、毎日19:30に一話ずつ更新していきます。
そしてこちらの作品はカクヨムコンに参加中ですので、応援してやってもいいよと思ってくださったら、☆評価を頂けると、とても嬉しいです。
長編『勇者パーティーを追放されたけど、ラッキーメイカーの俺がいなくて本当に大丈夫?』もカクヨムコンに参加していますので、お暇でしたらぜひそちらもご覧ください^^
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