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 僕は、まだ食せてない料理がありながらこの世を去ってしまった。

 真っ暗な意識の中、微かに遠くの方で何かが聞こえる。


 ピチョン――ピチョン――


 どこかで水道の水でも漏れているんじゃないかという水の音。水滴がなにかに当たり弾けている音だ。

 ん?いや、待て待て。

 確かに僕はトラックにはねられ頭を強くうち死んでしまったはずなのに、遠くの方で水滴の音が聞こえるというのはおかしな事なんじゃないのか?


 僕は目をそっと開けてみた。

 ぼやけた視界の中、穴の空いた天井から光がもれてきている。

 光――?ここは、病院か何かなのか?

 次第に視界が元に戻ってきた。


 夢――では無さそうだ。自分のほっぺたをかなり強めに捻ってみると、激痛が走る。

 それにここは、どこなんだろう。

 僕は上半身だけを起き上がらせてみた。軽く目を擦り周りを見渡した。


 ゴツゴツとした岩に囲まれた大空洞みたいな場所。その壁の所々に小さな明かりが漏れていた。

 その小さな明かりと、空からの光で洞窟の中だと言うのがハッキリと分かったのだったのだが……、そこから先に道があるのだが、光が届いてないのか真っ暗な世界が広がっていた。

 そして、ここがどこなのかという疑問がまだ解決していない。


 とりあえず僕は何か分かりそうな物が無いか、光が届く範囲で歩き回って探してみようと決意して立ち上がった。

 不思議な事なのだが、あの時トラックにはねられた形跡など無いくらいに身体は傷ひとつ無かった。

 両手を振り回し歩いてみるが、どこも問題は無い。

 先程から水滴が垂れている音が聞こえていた場所まで歩いてみた。


 上から一定の間隔で水が落ちてきては、岩に跳ね返り弾けている音だった。

 僕は落ちてきた水を手で受け止めて安全かどうか舐めてみる。


 うげぇ~……しょっぱい!

 どうやら、上から落ちてきているのは海水の様だった。――という事は、この大空洞の上は海なのかな?

 しかし、1部だけ穴が空いてそこからは光がもれてきている。何にせよ、あの穴からの脱出は出来そうに無い。苦労して登って海に囲まれていたらそれこそ骨折り損だ。

 僕はまた歩き始めた。すると、また自分が倒れていた場所に戻ってきたようだ。

 地面がちょっとへこんでいるので自分が倒れていた場所だということが分かったからだ。

 この光が届く範囲にしか動いてないが、いくら大空洞と言えど、歩き回ってみたら狭い範囲しか光が届いてない様だ。

 兎にも角にも、これから一体どうしたらいいのかも全く検討もつかない。

 僕は倒れていた場所に腰かけた。足を伸ばし途方に暮れると、足元でパチャッと何かが当たった。

 僕は体勢を立て直し、膝を付いて足元を覗き込むと、無色透明な綺麗な水溜まりがあった。

 この水溜まりはかなり広がっている。水溜まりの半分以上が闇に隠れてしまっているが、微かに見える部分はとても綺麗な水に見えた。


 しかし、綺麗だからと言うだけでそれを飲んでしまう事は大変危険な行為になってしまう。

 こういった野生の水には、目に見えない雑菌や虫などが大量に入っており、濾過ろかしたり煮沸しゃふつをしてからでないと飲めたものでは無い。

 だが、今この現状で水を濾過する道具も無ければ、火を起こすような道具も入れ物すらない。


 元々、死んだ様な存在だ。僕は、勇気を振り絞り水を手ですくうとゴクリと1口飲んでみた。

 冷えて無い生ぬるい水。塩も何も入っていないただの水だ。

 すると、また足元の方で小さな光がポッと付いた。

 僕は驚き水溜まりに落ちそうになるがなんとか踏ん張り光が付いたほうを見てみると、1冊の本が落ちていた。

 恐る恐る手を伸ばしその本を拾い上げてみた。分厚い本だ。

 僕は真ん中辺りからペラペラとページをめくってみたが、何も書かれていない真っさらなページしかない。

 なんでこんな本がこんな所に落ちているのだろう……僕は何度かページを行ったり来たりと捲っていくと、1番最初のページに何か書かれているのを発見した。


海塩水かいえんすい

 ものすごく塩辛い水。主に、洞窟の中に生成される海塩岩かいえんがんから抽出される水である。

 熱を加えると塩になる。


 説明文の上には、あの海水が垂れている場所と岩の写真が掲載されている。


 次のページを捲るとまた同じように写真が掲載されており、下に説明文が書かれている。


『ラーマイオンの聖水』

 ラーマイオンから排出される聖なる水。この聖水の中では、どんな場所にあろうが、いかなる病原菌や雑菌は生息できない。正真正銘の純度100%の綺麗で清潔な水。


 ラーマイオン……?聞いた事のない生き物の名前だった。聖水とはどういう事なのか。

 さらに不思議な事に、掲載されている写真はたった今、自分が見ていたあの水溜まりの写真であった。

 摩訶まか不思議ふしぎなこの分厚い本をさらに捲るが、もう他に情報が載ってはいなかった。


 不思議な本に聞いた事のない生物の名前、見た事も行ったことも無い洞窟。

 頭を強く打って錯乱しているのか、もしくは異世界に転生してしまったのか。

 異世界に来たとしたら、こういうのは最初、神様やら女神様があらわれて、チート的な能力を授かったりするはずだと思うのだが、そう言った事は一切無い。目的すらも分からない状態だ。

 ただ、手元にあるのはこの不思議な本と小さなシャベルだけ……ん?シャベル?

 僕は、いつの間にか腰にベルトがされており、その中に小さなシャベルが1本差さっていた事に気がついた。

 あーはいはい。なるほどね。コレが、異世界転生のチートアイテムってやつだろう。このシャベルがまさか穴を掘るだけの能力な訳が無いはずだ。


 僕はサッとシャベルを腰から外し、とりあえず地面を掘ってみることにした。


サクッ―――


サクッ―――――


 地面は、そのシャベルで穴を掘った面積分だけ穴があく。ただそれだけ。

 僕の体全体から一気に力が抜けた。

 ほんの少しだけだが、何かしら凄い力があるシャベルなのかと思っていたのだが、本当にただ変哲もないただのシャベルだったのだ。

 僕は大きくため息をつきその場に座り込んだ。

 何をしたらいいのか分からないこの世界で、ここでどうにかして生きていかなくてはいけないようだ。

 幸いにも、水と塩がある。その2つさえあれば人間は生きていけると聞いた事がある。

 だが、それも限界はあるだろう。


 僕は、天を仰ぐ様に天井から空いた穴を見上げた。





 

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