第44話 答え合わせ

 波瑠止の実家、分家柳井。

 その家祖は本家の従兄弟とは言え、鉄砲鍛冶であった。

 正真正銘、本家初代の血縁ではある。

 先祖代々続く罰ゲームに巻き込むため旗本になったかと言えば、違う。

 

……いくら縁故があろうが、ただの鉄砲工を直参にするだろうか?


 否、否である。

 本家初代は、どうしても従兄弟を旗本にさせねばならなかった。

 彼は従兄弟の技術を高く買っていた。

 だが、同時に心底恐ろしかったのである。


 御大将軍が幕府を立ち上げた混乱期、その最中。

 無法者と敵対者を屠り続けた従兄弟と、その技術に本家初代は恐怖した。

 本業鉄砲工、副業は暗殺と自嘲した従兄弟。

 彼は怖くないが、彼のVNMは恐ろしい。


……在野に潜られ、暗殺者として活動させてはたまらない。


 よって本家初代は、従兄弟を厚遇した。

 御家人より位が上、そして生活が困らぬようにと旗本にさせた。

 また領地も一番いいのを与えた。枯れる鉱山がない地区を、わざわざ選んで。

 これにより従兄弟は本家や幕府に逆らうことは無くなった。


 だがしかし、本家初代が恐れた技術が絶えたかといえば―――、違った。


 快楽兵器、つまり即効性の麻薬相当を打ち込まれた波瑠止は、昏倒した。

 けれども――悪党狩りで名を馳せた血を引く彼は、死ななかった。


 これは彼がVNM上限値まで投与してなかったこと、

 そもそも初代から通じる征紋が対VNM攻撃に耐性を持っていたこと、

 そして分家のVNMが一種の毒として機能するようデザインされていたこと、

 これらの幸運があってのことである。


 ヒューズが飛ぶことで回路を保護するように、波瑠止は助かった。

 祖先から継いだ征紋の御蔭で、ぎりぎりで彼は致命傷を避けたのであった。


 実は彼の意識そのものは林と茅の問答の時には回復していた。

 だが、彼は耐えた。

 林と平次が致命的な隙を晒すのを信じ、ただ愚直に待ったのである。

 平次の退場と、林の行動は彼にとって好機だった。


「上杉様、映画はエンドロールで帰宅派ですか?」


 身を起こした波瑠止は、アサルトライフルを捨てる。

 弾切れか? マガジンをむしり取った彼は、そのまま立ち上がった。

 その奥では、脚を撃ち抜かれた林が苦しんでいた。


「違うな。居城の映画室でも最後まで座っているぞ」


 平次は波瑠止を見て、そう返した。


「波瑠止…ッ!」


 茅は、立ち上がった幼馴染を見る。

 波瑠止はぎこちなく笑うと言った。


「迷惑かけて、ゴメン」


 そう言って、波瑠止は茅から何かを受け取った。

 波瑠止は呻く林へと近づく。


「……勝ったと思うなよ、私も征紋持ちだ。お前は知らないだろうが、幕府官僚として、私の殺害は幕府の知るところになるぞ!!」


 波瑠止は、林を蹴り仰向けにさせると、その胸を右足で踏みつける。


「最後で地金が出たな」


 林は波瑠止を見上げた。 

 波瑠止は、左手を噛み、それから小さな拳銃を構えた。

 見れば、ソレは細工の細かいデリンジャーであった。

 彼は茅から託されたソレに、マガジンから抜いた薬きょうを詰め込む。


……護身用には過剰な口径であったのが幸いした。


 単純な作りもあり、長さは違えど銃弾が装填された。


「分かっているのか! 私を殺せ――」

「黙れよ。命乞いを恐喝で解決出来ると思っているなら、お前はそこまでだ」


 ガチリと音が鳴った。

 林は叫ぶ。


「こけおどしだ! そんなもので私が」


 言い終わるより早く、銃声が鳴った。


「誰に喧嘩を売ったか、忘れてんのかタコ」


 やああって、平次が興味深そうに波瑠止へ質問する。


「良かったのか? 殺して?」

「殺すつもりでしたからね」


 平次は、そこで波瑠止の左手に気付き、硬直した。


「柳井、お前、その左手……何をした?」


 波瑠止は、ああと、こと投げに言った。


「VNM破壊の為、小指の先をぶち込んだんですよ。再生医療で直るし、別に」


 平次は、ぞくぞくした。

 

―――ああコレは愚かだ。バカだ。


 だが、突き抜けている。手の内を私に開示し、そも損傷を恐れない。


「何故、小指だ?」


 不自然な部位であろう。


「ウチの秘伝でして、遺伝情報と異なるVNMのパターンで確実って話です」


 そして平次の中で疑問が氷解した。

 その答えに、平次は心からの称賛を口にする。


「……見事」

「照れますね。で、上杉様、余興は終わりでいいですか?」

「ああ、もちろん。幕引きはこの上杉が引き受けよう」


 平次から波瑠止を侮る気は失せていた。

 筋書きは変わったが、それを覆すほど彼は野暮ではない。

 父には説教を食らうだろうが、まあ良い。

 そうして彼は今回は満足した。


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