第40話 【貴人の愉しみ】
ホテル最上階のレストランである。
ホールから移動した平次は愉快そうに酒を嗜む。
ツマミは、波瑠止の奮闘の生配信である。
ドローンからの中継映像は、遅延なく再生されていた。
わざわざ後から設置した、大型パネル。
そこに出力された波瑠止の奮闘を、平次は心底楽しそうに見ていた。
時に無人兵器からの映像を挟むソレを見て彼は笑う。
………なお、この場に林は居なかった。
彼は平次から与えられた兵器のオペレーションで手を外せなかった為だ。
今もホールで四苦八苦してると思われる。
平次は、今度は小役人の姿でも見るか、とカメラを切り替えた。
人質である茅も、半ば強制される形で映像を見させられていた。
「殿……」
茅にとって、この悪趣味な生配信は苦痛でしかなかった。
主が血を流し、吠え、そして傷つきながら戦う。
その姿が、彼女を責めた。
主に不利益を与える我が身が、嘆かわしい。
何より彼女は波瑠止の死が恐ろしかったのである。
茅からすれば、波瑠止は無謀な戦いに身を投じているのだ。
ギリギリどころか何時、命を落としても可笑しくない。
「期待以上、予想以上の健闘だな」
そんな茅を見て、愉快そうに平次は話しかける。
「……嬲っているの間違いでは?」
茅も我慢の限界に来ていた。
敵愾心を隠すことなく平次に告げる。
しかし平次は気にも留めず、再び映像に視線を戻しながら言った。
「嬲る? 軽装備で無人兵器を打破するアレがそんなタマか」
茅は黙った。
武器を失い、残弾も乏しい主であるが……あがき続けていた。
映像を見れば、ちょっと信じられない光景が映っていた。
どうやら部屋の調度品だったと思しき消防斧を拝借したらしい。
それを、ぶん回して抵抗している波瑠止の姿である。
酷い光景に茅は目を背けた。
「愚かな男だ」
そう平次は目を細め言った。
「我ら上杉は天下ノ客位」
彼らの自称を口にしてから平次は続けた。
「旗本として我らに頭を下げぬことは良い。詫びをすれば許したのに、な」
茅は思わず口を挟んだ。
「私も、そう思います」
平次は茅の方を向いた。意外であったからだ。茅は言う。
「ですが、家臣を売る主君に人が付いてきましょうか?」
「なるほど、確かにな」
平次はそれだけ言うと、視線を戻した。
「武士は犬ともいえ、畜生ともいえ、勝つことが本にて候」
「……随分と古い言葉を引用されますね」
茅が言うと、彼は顔を正面に向けたまま言った。
「事実だからだ。負けても良い。生きて勝つのが肝要なのだ」
彼は酒を呷った。
「女の為、理屈の為、なんでもいい」
馬鹿は諦めない。そして、しつこい。
平次は自論を口にはせずに、女に分かるように伝えた。
「無謀をやる者と言うのはな、傍から見るのが滑稽で面白いのよ」
茅は絶句する。
申し訳なさがありつつも、自分の為に立ち上がった波瑠止。
そんな主を、侮辱され馬鹿にされたからだった。
「それは――あまりに」
そこまで言って茅は言葉に詰まった。
平次はグラスを卓に戻すと、言い切った。
「中身がないから、こうして見て楽しむしかなかろう。違うか?」
茅は黙った。
「その分、小役人はな、その身を超える野心の火が良い。アレも愚かだ」
手酌で酒を酌んだ平次は言った。
「武勇だけの男と、野望ある男、これ以上の取組はあるまい」
映像の中では、波瑠止が消防斧で無人兵器の頭を叩き潰していた。
見事、そう思わず笑って口にした平次。
彼は小物に渡した骨董品の出番があるだろうな、と思った。
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