第39話 思わぬ苦慮
逃げ惑うホテル宿泊客。
彼らの逃避が、低層階で地獄の渋滞を引き起こしていた。
誰もが逃げるために通路に殺到した。
その結果、どこの通路も非常階段も詰まってしまったのだ。
その流れを無視して進まざる得ない波瑠止。
彼は、当初一階上がるのさえ苦労した。
非常階段もエレベーターも物理的に行けないのである。
残る手段は窓から出てのクライミングしかない。
何をしているんだと、彼は思う。
波瑠止もエレベーターのハッキングを試みなかった訳ではない。
しかし案の定と言うか、予想通りと言うか。
当然、エレベーターはハッキング対策済みであった。
どうやらハッキングを試みることを見越して上杉が仕掛けたようである。
更に上杉は一枚上手であった。
ホテル中に映像ドローン等の散布を済ませていたのだ。
彼らの手でホテルの設備は完全に掌握されており、波瑠止は後手に回った。
最上階への直通エレベーターは物理的にロックされたらしく反応すらない。
更にホテルの至る所の防火扉やシャッターが閉鎖され、進路を狭める。
地味だが的確な嫌がらせであろう。
これらの仕込みにより、巨大なホテルそのものが一種の迷路と化していた。
単に、これだけなら時間を取られるだけで済んだのだが……
……階を上がる度、波瑠止は【してやられた】ことに気づいた。
障害は、進路と人の流れだけではなかったのだ。
ゲームと平次が言った通り、上杉の悪意が彼に牙を向いた。
ソレはホテルの至る所に仕掛けられていた。
波瑠止は、進んでいた廊下の奥にソレを目視し叫ぶ。
「糞! 何台、AI兵器を投入してんだよ!」
彼が毒づいたように、上杉によるAI兵器群が彼を待ち構えていた。
時に倒し、時に回避し、時間がかかって仕方がない。
結果、波瑠止はちまちまと進む羽目となった。
残弾厳しいアサルトライフルから熱線銃へと切り替えた波瑠止。
悪態と罵倒を吐き続けながらも、彼は上杉の言う余興に付き合うしかない。
「くっそ!」
いつの間にか現れたブンブン飛ぶ映像記録ドローン。
それとは遥かに容量が違う物体が無限軌道で距離を詰めてきた。
見た目は巡回型の掃除ロボットだ。
それソックリに偽装された用人護衛兵器が、波瑠止を迎え撃つ。
何度か破壊した敵だが、今回は少し違ったようである。
「ウッソだろ?」
熱線を直撃させるが、弾かれ他のだ。
何と、あんな見た目にも関わらず、無駄に軽装甲が施されているらしい。
火力不足の今の波瑠止では容易に撃破できる相手ではなかった。
プログラミング通り、敵は波瑠止へと発砲する。
可視外の熱線から逃げるため、彼は身を翻した。
「不味い……不味い」
廊下の角で身を屈めつつ波瑠止は計算する。
波瑠止は廊下の角やら部屋のドアを利用して、なんとか戦い続けていた。
が、こと今回はジリ貧である。
「弾切れで死ぬ……か?」
エネルギーパックを交換し終え、再び波瑠止は身を乗り出す。
敵の光学器やら設計上の弱点を狙って熱戦をぶち当てたものの、芳しくない。
その効果は微々たるもので、一瞬の足止めにしかならなかったからだ。
12mmか榴弾、いや手榴弾くらい持ち込むべきだったか。
彼は後悔しつつも、射線から体を戻す。
「ハッキングで、止める」
よって彼は、古典的な白兵戦を挑まざるを得なくなった。
足止めして、征紋によるハッキングでシステムを焼く。
本当に汗臭い戦い方だろう。
最新鋭の無人兵器相手にやることではなかった。
「………やるっきゃねえ」
息を止め、波瑠止は無人兵器を撃った。
足止めの為には、進路上の無人兵器を熱線で狙い撃つしかないからだ。
何度も当てたかいがあってだろう。
ついにメインレンズを撃ち抜かれ、基盤を焼かれた無人兵器。
サブカメラへの切り替えだろう、何時もより長く足を止めた。
その瞬間、この好機に、波瑠止は飛び出した。
距離を詰めると、彼は無人兵器に組み付く。
そのまま征紋で逆ハック。
「ッ!」
ずきりと、鼻の奥が傷んだ。
征紋の過剰使用で神経が圧迫されつづけた結果だった。
戦闘、移動と酷使してきたツケが回った。
ついに血圧が無視できないほど上がっていたのだろう。
パッと鼻血が流れ出した。
流れる血を無視して、波瑠止は漸く敵機を沈黙させた。
「後、何体だ?」
激しい頭痛を我慢しながらも、彼は最寄りの非常階段へと向かった。
シャッターで封鎖された非常階段を見て、波瑠止は顔を顰める。
「ダメか……ハッキングしてたら……時間がない」
そうして熱線銃片手に、波瑠止は次の階段を目指す。
……彼が事件を起してしばらく経っていた。
ホテルの宿泊客の大半が逃げ出したと思われた。
最も、今なお部屋に籠城している可能性も無きにしも非ずだが。
「何?……!?」
違和感を覚えて足を止めた波瑠止。
彼が、その意識外の一撃を受けたのは偶然であった。
対熱線戦闘服が燃え、編み込まれた回路を通して被弾のアラートを鳴らす。
……それなりに強力な熱線銃で撃たれた!
征紋を通じてフィードバックがあり、瞬時に彼は意識を切り替える。
「テロリストが! 死ね!」
義侠心、いや士分の自負からかもしれない。
身なりのいい男が、波瑠止の不意を突いて攻撃してきたようだ。
宿泊客からの逆襲の可能性を予見せず、想定していなかった彼の落ち度である。
「くっそ!」
疲労が注意散漫にさせていた。
己の行動を悔いつつも、今は応戦するしかない。
そうして銃口を転じたに関わらず波瑠止は撃ち返すのを躊躇った。
―――無関係な殺人だと、そう意識してしまったからだ。
民間人に、最大出力の熱線銃を当てるわけにもいかない。
さりとて麻痺銃なんて持ち込んでいない。
迷いと、出力ダイヤルに触れた波瑠止の失敗であった。
「……?!」
更に失敗は続いた。
運悪く、波瑠止の銃身に敵の熱線が潜り込んだのだ。
滅多にない不幸。しかし、熱戦銃はガラクタになり下がった。
征紋で時間を引き延ばしながら、この大失態である。
「許してくれ!」
波瑠止は敵の無傷での無力化を諦めた。
躊躇なく左手で、上着に仕込んでいた匕首を投擲する。
薄口のソレは回転しながら宿泊客へと飛んだ。
「うぉ!? おお!」
匕首は強かに敵のブラスターに当たった。
波瑠止は、手に刺さらなかったことに顔を歪めつつも一気に加速する。
「突っ込んで来やが……がぁ!」
敵の銃口が上がり切る前に、波瑠止は頭突きを決める。
見当違いの方向へと熱線が飛ぶ中、波瑠止は敵の袖を掴んだ。
そのまま、投げ技をかける。
敵を投げ飛ばし、なんとか気絶させると波瑠止は足を止めた。
鹵獲する為、敵のブラスターを拾い上げるが……彼は舌打ちをした。
「安物を使いやがって……」
どうやら衝撃で発振子がブレたようだ。
それで発砲したものだから回路が焼けたと思われる。
焦げ臭いソレからパックだけ抜き取って捨てた波瑠止は、悩んだ。
「残弾厳しい実弾銃、残る手持ちは匕首と偏向刀……か」
詰みが近づいた気がした。
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