世界は悪役王子を中心にしてまわりだす
――終わった。
ザレックスもなかなかに手強い相手だったが、まあ、さすがに負ける気はしなかった。
エスメラルダというチートキャラに転生したうえ、さらに魔剣レヴァンデストもあるわけだからな。
そこそこのプレイヤースキルさえあれば、この場を乗り切ることは容易だろう。
本来のシナリオだと、主人公はここでザレックスに敗北する。
ルーシアス第一王子もコーネリアス大統領も殺害され、世界は一気に混沌へと陥っていく。
そんなことになったら俺の王国なんぞ作っている余裕はないので、無事に勝てて本当によかった。
「みんな、無事か?」
一応の確認を込めて、冒険者やミューラに問いかけるが――。
「はい、傷一つありません!」
「エスメラルダ王子殿下、僕はあなたを勘違いしていました……!」
「私のおっぱいが好きだって言ってましたよね⁉ いつでも触っていいですからね!」
と、一部変な声もあるが、みんな無事なようだ。
……というかミューラ、そこで胸をアピールするのはやめろ。そういうのはなんか違うんだよ。めっちゃ触りたいけど。
その後クローフェ女王がこの場に駆けつけてきたが、会談の参加者は誰一人死んでいないようだ。
(ちなみにミューラを開放したのは軽率だったということで謝罪もあったが、これは許している。理由はもちろん、大事なおっぱい要員が増えたので、なんの問題がないためだ)
とりあえず、こっちの
残る問題は――。
「エスメラルダ王子よ。自身のことよりも民の安全確認を優先するとは……あんたの悪評はまるで違っていた。本物の男だよ、あんたは」
ふいに、ザレックスが大剣を地面に突き立てながら笑った。
「っ…………!」
「おのれ、まだ意識があったか……!」
冒険者たちが一斉に警戒しだすが、特に問題はない。
万一がないように足へ大きなダメージを与えておいたし、現に今、ザレックスは両足を震わせているからな。
まかり間違っても立ち上がることはできないだろう。
「完敗だ。剣の腕も信念も、俺の完全なる敗北だった。あんたのような統治者がいたら、バージニア帝国はまた違った道へ歩めたかもしれん」
「…………」
その言葉に、ミューラがやや複雑そうな表情を浮かべる。
……ヴェフェルド王国でも醜い王権争いが繰り広げられているが、バージニア帝国だって色々あるんだもんな。
そのあたりの事情を知っているだけに、俺もなんとも言えない気持ちになる。
「はっ、まあそんな暗い気持ちになんなよ」
俺はそう言って、ザレックスの肩をバンバン叩く。怪我人が相手だが、まあそんなことを気にする義理もないだろう。
「とりあえず、おっぱいは正義、だろ?」
「ククク……違いない」
そう言ってふっと笑うザレックス。
こいつも巨乳派だったか。たしかに良い酒が飲めそうだ。
「王子よ。その様子だと、おまえはエルフ王国と仲が良いようだな」
「ああ、そうだな」
「――あんたを男と認めたからこそ言う。俺たちの仲間はエルフ王国にも襲撃を仕掛けている。依頼者の悲願を達成させるためにな」
えっ、とクローフェ女王が高い声をあげた。
その表情がみるみるうちに真っ青になっていく。
「フフ、気にすることはないクローフェよ。このことも事前に織り込み済さ」
そんな女王へ向けて、俺は不敵に笑いながら言う。
「お、織り込み済み……ですか?」
「ああ。なぜ今回の同行者を、剣帝ミルアではなくおまえにしたのだと思う」
「あっ…………!」
そこでクローフェが大きく目を見開いた。
「エルフたちのレベルはもう、テロリストたちと対抗するに充分な領域にまで達している。心配するな」
★ ★ ★
「遅いッ!」
「ぐはぁっ…………‼」
私こと剣帝ミルア・レーニスは、エルフ王国に突如襲いかかってきたテロリストを次から次へと蹴散らしていた。
それも少人数ではない。
他にも数え尽くせないほどのテロリストがここに押し寄せ、エルフたちに片っ端から攻撃を仕掛けている。
――おそらくは現在、三大国代表会議で何か重大な事件が起こっているのだろう。
そしてそのトラブルに乗じて、ユリシアがエルフの大量誘拐に乗り出したのだろう。
当たっているかどうかはわからないが、これがだいたいの経緯だろうとミルアは考えていた。
――本当にユリシアは卑劣だ。
あいつの顔を想像しただけで反吐が出る。
けれど、それさえ先読みしていたのがエスメラルダ王子殿下だった。
三大国代表会議の同行者として選ばれなかった時は本当に悲しかったが、おそらく王子殿下は、これさえも読んでいたのだと思う。
この場にクローフェ女王がいたら、まず間違いなく真っ先に狙われていた。
だからある意味では一番
しかも。
「く、くはっ……! 馬鹿な!」
「なぜエルフどもが、我らを凌ぐのだ……!」
襲撃してきたテロリストもかなり戦場慣れしているようだったが、エルフたちのレベルはもはやそれさえ上回っていた。
最初は驚いていたエルフたちも、今ではさもしっかりと反撃に転じることができている。
……しかも、こちら側はラストエリクサーを大量生産している状態。
もはや負ける理由など思いつかないほどに、こちらが圧倒的に優勢だった。
「さあ行くぞ! エスメラルダ様に鍛えてもらった恩義を返すのだ‼」
「エスメラルダ様のためにッ‼」
こうして皆がエスメラルダ王子殿下のためを思って奮起している様を見て、ミルアも思わず泣きそうになってしまった。
最初はあんなに無能扱いされていたのに。
最初はあんなにエルフたちに怖がられていたのに。
今ではみんな、エスメラルダ王子殿下のために命をかけている。
みんなエスメラルダ王子殿下を尊敬している。
ならばこそ、私も覚悟を決めねばならない。
誰ひとりとも死なせることなく、この正念場を切り抜けるのだと……‼
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