第4話、食べ残したメインディッシュ。インゲン豆のベシャメルソース添え

「ありがとうございます」


綺麗なカウンターから半分ぐらいにして貰ったポップコーンと温かいカフェラテを一杯貰って、別のシアター番号に入る。


かなりふわふわした思考力になっている。お酒って危ない。改めて感じる。


今度はA席1番前、真ん中。

なるほど。ここだと視線を上げないといけないから、映画館は真ん中、真っ正面が1番人気なんだな。


S席は相変わらず満席。

A席はパラパラ。こちらは隣の席との仕切りがないので集中はしにくい。今回はこの列には俺以外誰もいなかったから、気にならなかった。


画面が非常に近い。

目に入る光量が根本的に増えるからか、痛い。


映し出される異国の風景。都市にある建物の中で様々な「道具」に囲まれた彼と、彼を見つめている観客が映し出されている。


映像の彼はシニアパートナーの定年退職ぐらいの年齢。この映像時点から6年後にいなくなるとは思えないぐらいに、緊張感はあるが楽しそうに音で遊んでいる。


映像内の観客は様々な顔。綺麗な服を着た酷く退屈そうな女性に、興味津々といった女性、メモを取る男性などが映し出される。


映像外の我々も興味深そうに見ている人から、付いてきただけと言わんばかりの人までばらばらな顔をして彼を見ている。


彼はピアノの前に座っているが、殆どピアノは弾いていない。天井に映し出される映像に合わせて様々な「道具」から音を出して遊んでいる。


この映像から5年も経たないうちにあの映像になるのか。想像がつかない。


リクライニングするとはいえ、視線を上げ続けるのも疲れて目を閉じて音に集中してしまう。


記録された音は「非同期」という題名の割に「調和」しており、違和感があるはずなのにない。構築するつもりで作らなければ不可能な「不定期」を操り「予定された非同期」を作り上げている。


この映像の彼は非常に力強く見える。

「万雷の拍手」というか「万感な拍手」に包まれて扉を出ていく背中は大きい。


明かりが戻ってくる。数名は泣いているが、それほど気にならなかった。アルコールのせいか、かなり映像に没入していたようだ。


全てのピースは揃った。最期の一話を作るのに足る情報量。物語のコンセプトから、見た順番の入れ替えと削りが・・・そんなことをつらつらと考えながら映画館を出る。


陽が落ちる時間のエスカレーターを降りて下界に向かう。半端なく夢見心地。帰れるかな、無事に。


建築物から外に出ると視界が拓ける。空間は涼やかな空気で満たされ、夕陽とコンクリートが織りなすハイコントラストな影で構築されている。


その上に載る、人の「欲望」。湧き上がる「エネルギー」。路上ライブから酒盛り。スーツ姿の通行人にイベント待ち行列。


様々なノイズが載った「画面」が目の前に広がっている。なんというか、この光景を彼が見れなかったのは残念だな。


この景色こそ、彼の音の原点に近い気がするのに。


まあ、終わった出来事。好奇心は満たされた。


なら、どうでもいいか。

ゆっくり、立ち去った。

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