第2話、先に出された青いケーキ
扉が輝き、音がなり、ゆっくりと開いた。
しっかり確認してから、扉をくぐる。
暗い通路を曲がると拓けた不思議な空間。
音が響かない。耳への圧力というか、気圧が違う。
まだ誰もいないのをいいことに、荷物を席に置いて、新車みたいな匂いのする、音が響かないこの不思議な空間をこっそり見て回った。
場所そのものはそこまで広くはない。学校の講堂よりは狭い。壁は柔らかな材質で包まれており、触るとウレタンの感触がした。
しばらく面白くて確認していた。どの位置だとどのようにスクリーンが見えるのかなど、うろうろ。どれくらい時間が経ったのか、ようやく人が入ってきた。
平日昼間なのに、1番値段が高い席は満席。
あとは、ぱらぱらと。
結局、どうすればいいかよくわからないまま、とりあえず席に座る。画面が暗闇に浮かび上がる。酷い没入感。チリチリというのかよくわからない不可思議な音が後ろから聞こえてくる。
だけど、ポップコーンを食べる音すら憚られるぐらいに静かになった空間に浮かぶ画面は、おそらく表化される「最期の肉声」映像を映し出した。
テキストデータではなく「話す」彼。
こんな人だったのか。歌う訳でもない。明確に「作曲家」。
音楽家としてはクラシカルなタイプ。
映像は普通に「人」に見えて驚いた。テキストデータだけ見ればだいぶ言葉がキツいのに、映像の彼はあまりにも穏やかに見えた。
そのまま、演奏が始まる。
観客席は頭を左右に振って髪が合皮に当たる音すら、許されないような緊張感が漂っている。
この大量のポップコーン、食べる余裕、どこにあるのだろうか?終わったら食べればいいのか?そんなことを考えながら映画を観ていた。
だけど、途中から、チリチリした音とは違うノイズのような音が重なってくる。S席だからなのか隣の席は見えないが、後ろを振り返ってみれば男性が泣いていた。
彼は旅立ちの約一年前に、これを記録している。モノクロームで映し出された「退廃的な世界」
やはり「死」を見つめていたことは間違いないだろう。恐ろしく自然に「終活」された様子が写されていた。今までの「アジテーション」な文章よりよほど、恐ろしかった。
本当にベスト盤な選曲。だけど「最も売れた曲」が入っていない。初めてのピアノソロなどを含めてか彼自身は「新たな境地」と言葉を贈っている演奏。
凄まじい緊張感で満たされた映像が伝播して、緊張してしまう。本当にそばで聞いているかのように引き込まれていく。美しい音から
だけど、現実に引き戻す「嗚咽」
長期休暇直前の平日昼間から聞きにくる方々。
映画代としては他の映画館に対して約3倍の価格を払っても観に来るのだ。完全に彼のファンだろう。失われた彼を悼んでいる。
周りの空気が俺にまで「感染した」。
映像は最後からふたつ目の曲で最高潮を迎えている。
俺もなぜか泣いてしまった。場内は完全に「葬式会場」。俺は映画を観に来たはずなんだが。
最後の場面。
彼がごく自然に立ち上がって、ピアノから離れた。
靴音がやけに響いていたのが、印象的だった。
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