第5話 3月13日 犯人の話
休暇中の若杉支店長から俺に電話があったのは昨日の夜だ。
若杉支店長は「宍戸が芝浦興産の決算書の改竄の証拠を持っている」と言っていた。宍戸は決算書に違和感を持っていたようだが、証拠まで確保しているとは思っていなかった。宍戸の証拠が何なのかは分からないが、公表される前に握りつぶさないといけない。
芝浦興産の不正が公になったら、俺たちの他の不正も明るみに出てしまう。
若杉支店長が休暇から戻るまでの間、宍戸には「不正の証拠を公表しないように」と言ってあるようだ。と言うことは、俺は今日一日で宍戸が握っている不正の証拠を隠滅しなければならない。
そもそも、俺が不正に手を染めたのはバカラ賭博の借金が原因だ。違法な賭場で負け続けてしまい、借金が膨らんでいった。返済が難しいことが分かった賭場の責任者が、俺に不正融資の取引を持ち掛けてきた。元々、俺の職業は調べていたのだろうし、奴らからすればバカラ賭博で負けた金は不正融資で回収すればいいと睨んでいたのだろう。
不正融資を繰り返していた俺は、発覚するリスクを下げるために若杉支店長を抱き込んだ。若杉支店長は金と女が大好きだ。だから、俺が話を持ち掛けたら若杉支店長は喜んで協力してくれた。
そして、芝浦興産の継続稟議も若杉支店長の決裁で実行するはずだったのだが、若杉支店長のB連休(3日間)の日数が足りなかったことが直前になって発覚した。銀行では不正防止のために長期休暇を取ることを強制されていて、丸の内銀行ではA連休とB連休という2種類の休暇システムを採用している。若杉支店長は1月にとったB連休中に忘れ物を取りに本店に行ったらしく、その際に入館履歴が残ってしまったようだ。だから、若杉支店長は2回目のB連休を取得している。
若林支店長が休暇を取ることになったから、急遽、支店長権限を委譲された宍戸に稟議を依頼することになった。本当に付いてなかった。
俺は誰もいない早朝の支店に入ると宍戸の机を調べた。だが、机には何も入っていなかった。最近は情報管理がうるさい。だから、机の中に何も入れていないのだ。
宍戸は不正の証拠をまだ自分で持っているかもしれない。それに、保管庫に隠しているかもしれないし、パソコンにデータとして隠しているのかもしれない。俺は不正の証拠を自力で探すのを諦め、宍戸の行動を見張ることにした。
宍戸を観察していれば証拠に辿り着くはずだ。
俺は宍戸が出勤してきてから行動を観察し続けた。すると、宍戸は行内便(銀行の本支店間で書類をやり取りしている配送便)で本部に封筒を出した。副支店長が自分で行内便を出すのは珍しいから、俺は総務部に行ってその封筒を回収した。封筒を確認すると、宛先は審査部の望月、中にはUSBメモリが入っていた。
USBメモリの中には音声データファイルが入っており、俺と芝浦興産の村木社長の会話が記録されていた。これは俺の不正を示す決定的な証拠だ。
この音声データが若杉支店長の言っていた証拠なのは間違いない。
だたし、宍戸が音声データをコピーしていないとも限らない。音声データが他にも存在する可能性があるから、俺は賭場の責任者に連絡をとって宍戸の尾行を依頼した。
これで不正の件は明るみに出ずに終わるだろう。一件落着だ。
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