第4話 3月15日 娘の話
私は父の葬式に参列している。
父の崇が死んだのが2日前、明日が中学の卒業式だ。受験勉強の甲斐もあり、第一志望の高校に進学できることになった。それは良かったが、まさかその前に父が死ぬとは思わなかった。
高校進学がポジティブなニュース、父の死亡がネガティブなニュースが私に同時にやってきた。
母の話によれば貯金もそれなりにあるし、死亡保険金が入ってくるから、学費や生活などは何も心配しなくてもいいらしい。父とはあまり関係性は良くなかったが、お金の心配をかけずに死んでくれたことには感謝している。
葬儀会場を見渡すと父の職場の同僚、取引先や友人が大勢参加していた。家での冴えない父からは想像できないくらい交友関係は広かったようだ。死人に悪口を言う人間は少ないのだろうが、参加者は口を揃えて「宍戸さんはいい人だった」と母に言うのが私に聞こえてきた。
私が父とほとんど口を聞かなくなってから1年以上経つ。思春期にはどの家庭にもある現象だろう。
父が死ぬ1週間前に喧嘩して、それ以来一言も会話をしていなかった。喧嘩の理由は些細なことだ。第一志望の高校に合格したから友達とコンサートに行こうとしたら、コンサートが終わって帰宅すると門限を過ぎるから口論になった。私が父に最後に言った言葉は「お前なんか死んでしまえ!」だった。
まさか本当に死んでしまうとは……
私はこのことについて、かなり悩んでいる。
父が死んだのは私が「お前なんか死んでしまえ!」と言ったこととは関係ないはずだ。
そんなことは分かっている。分かっているのだが、私の言った言葉のせいで父が死んでしまったのではないかと考えてしまう。
まるで言霊のように。
私は葬儀に参列している中、小さくこう呟いた。
“父に謝りたい!”
最後に言った言葉への後悔、後味が悪い。
私がそんなことを考えながら葬儀の参加者を見送っていると、見覚えのある中年男性が前に立った。たしか……父の同期の望月だ。何度か家に来たことがあるから知っている。
望月は母と私の前に立つと「宍戸から頼まれたことは私が責任をもってやり遂げます」と言った。父が何かを望月に依頼したようだが、意味深な言い方をするものだ。
わざわざ私たちに伝える必要があることなのだろうか? 私は望月が言った意味を考えてみる。
――『俺が死んだら、俺の家族を頼む!』か?
戦時中ならともかく、令和の日本でこの手の会話はしないな。
それに望月はその辺にいる中年男性だ。ハンサムでもないし、むしろ太っている。
これなら父の方がマシだ。望月に父親代わりになられてもちょっとな……
――父のプロジェクトを引き継ぐ?
望月は父の支店にいないから、この可能性は低い。業務の引継ぎなんて会社で日常茶飯事だ。それに、妻と娘にわざわざ言う必要もない。
考えても望月の意味深な発言の真意は分からない。だから、私は望月が葬儀会場を出て行くのを引き留めた。私が「父から頼まれたことって何?」と聞くと、「仕事のことだよ」と望月は簡潔に答えた。
「仕事のどんなこと? 重要なこと?」と私は食い下がる。
何度も私がしつこく聞いたら、望月は黙ったまま少し離れた場所を指した。ここだと人に聞かれるから、人のいない場所に移動したいようだ。
私が望月とその場所まで移動すると、望月は私の耳元で小さく言った。
「詳細は話せないけど、宍戸はある事件の調査を僕に頼んだ。宍戸はその事件に巻き込まれて死んだのかもしれない。だから、僕は宍戸のために真実を明らかにしようと思ってる」
私は父が事故で死んだと思っていた。が、望月は『事件に巻き込まれた』と言った。
しつこく望月に聞いた私にも責任はあるが、危険な情報を気安く女子中学生に教える望月もどうかと思う。
それにしても……父は事件に巻き込まれて死んだのだろうか?
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