亡眼の黒騎士~出来損ないと言われた少年の成り上がり~

arupe

プロローグ

第1話

 上重かみしげワタルは常日頃から感じていた。、と。そして今まさに、それをより強く実感していた。


 不真面目に過ごしてきたつもりはない。どちらかと言うと生真面目に、愚直と言って良い程に馬鹿正直に過ごしてきたつもりだった。犯罪歴も無ければ、後ろめたい事をして来たつもりもない。真面目に親の言う事を聞いて、敷いたレールに沿って、そして真っ当に生きてきたつもりだった。


 少なくとも、恥の多い人生ではなかったはずだ。


 そんな自分が今、。どこぞの馬の骨からもたらされた、ちまたで流行りの死のウイルスによって。急性呼吸器症候群を引き起こすそれは、社会問題になる程の深刻な感染爆発を引き起こし、目に見えぬ死神として世界中に跋扈ばっこしていた。


 感染予防は万全。不要不急の外出も避け、人との接触を最低限に抑えた。しかしそれでも、死神はワタルの元へとやってきた。不真面目に出歩いている有象無象を差し置いて、生真面目に生きている彼の元へ。


―――不平等だ。


 ワタルは己の不運をのろった。そして、貧乏くじを引いた彼を差し置いて、のうのうと生き続けている有象無象をねたんでいた。


―——むなしい。


 今わの際に流れゆく走馬灯を眺めながら、ワタルはそう嘆いた。そこには、これといって素敵な思い出など何も無く、ただただ得体の知れない焦燥感に駆られて仕方なく生き続ける自分の姿だけがあった。嗚呼ああ、なんと無駄な人生だったのだろうか。そう嘆かずにはいられない虚無がそこにはあった。 


―――寂しい。  


 妬み、憤り、怒り、恐怖。様々な感情が浮かんでは消える。そして最後に訪れたのは、静寂とたまらない程の孤独だった。確かにワタルは今、一人きりである。一人暮らしがゆえに。しかしこの孤独は、それに起因するものではない。


―――嗚呼、願わくば……。 


 静寂の中、最後にワタルは祈る。ただ祈る。無神論者でありながらも厚かましく、愚直に、神にすがる。きっと、救いを求めて祈るのは人間の根本的な性質サガなのだろう。無駄と分かっていながらも、そうせざるを得ないのだ。


―――願わくば、平等な世界で生まれ変われますように。


 実に身勝手で、空虚な願い。。もし仮にあったとしても、


……しかし、そんなワタルの身勝手な願いは、によって成就される事となる。


 それは、次元を超えた魂の転写てんしゃ。人類の科学技術では未だ観測する事が出来ない奇跡きせき。記憶を司る魂の波形パルスと呼ぶべき物質が、多次元構造を超越して無垢むくなる生命体の脳神経に合流する現象。……簡単な話、まさに神のなせる業とでも言うべき現象——が起きたのである。


 だが、得てして神とは偏屈な存在でもある。素直に事象を成就させる気など微塵みじんもない。


……もし神に感情があるとするならば、それはたった一つのものであろう。


 それは弱き者をで、慈しみ、そしてもがき苦しむ様をたのしむ感情。




―――人はそれを、愉悦ゆえつと呼ぶ。

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