第28話 お薬の時間です

「だからー、そうじゃなくてこうだって。わかんねぇやつめ」

「難しいんだってば!!」


 ミルドレットとグォドレイは今日も朝から魔法薬制作に追われている。それというのも、もうすぐヒュリムトン王の誕生日を祝う生誕祭が催され、毎年その時期には王都中がお祝い一色でお祭りムードになるのだとか。

 城下には他国の商人達も集まり、数多くの出店が立ち並び賑わうのだそうだ。

 それを機にミルドレットの票を集めようと、グォドレイは魔法薬を王都で売りさばく為、こうして準備を進めているというわけだ。恐らく他の候補者達も生誕祭に向けて何かしら準備をしていることだろう。


 扉がノックされ、ニールが顔を出した。

 ミルドレットは少し俯いて、いつもの様に元気いっぱいに迎え入れる事はせず、魔法薬作りの手を休めなかった。

 その様子にグォドレイは妙に思って、眉を片方ツンと吊り上げた。ニールを振り返って見ると、いつも通りニコニコと笑みを浮かべた顔だったので、『ポーカーフェイスもここまでくりゃあ勲章ものだ』と心の中で毒づいた。

 手を休めようとしないミルドレットに、コホンと咳払いをついて自分の存在をアピールすると、ニールは言葉を発した。


「ミルドレット様。生誕祭では王城でダンスパーティーも開かれますので、ダンスの練習も怠る事無き様、お願いします」


 ニールの言葉にミルドレットは小さく頷いた後、「お師匠様に教えて貰うから大丈夫」と答えた。

 自分が教える気であったニールは少し驚いて、それならばここに自分が居る意味が無いと戸惑った。


——おや? ひょっとして、嫌われた……!? え?

 何故!? ヴィンセントを諦めろと言ったからか!? いやしかし! あれはどうしようも……


「ニールにお願いがあるんだ」


 ニールの方を見ようともせずにぽつりと言い放ったミルドレットに、だらだらと背に汗を垂らしながら、ニールは平常心を装って「何です?」と、問いかけた。


「ルルネイアを助けて欲しいんだ。あたしにはお師匠様が居るし、ルルネイアはシャペロンの叔母さんが行方不明になっちゃったから、不便なんだって。ニールはヒュリムトンの事にも詳しいし、手伝ってあげて欲しいんだ」

「私にルルネイア様の供につけと仰るのですか?」

「あ、無理強いはしないけど。そうしてくれたら嬉しいかな」


——距離を置かれた!?

 慌ててグォドレイへと視線を向けると、彼は眉を寄せ、まるで馬鹿でも見るかの様に冷たい瞳をニールへと向けていた。


「なんつーか……哀れだな」


 へっ! と嘲笑した後、グォドレイは煙管をぷかぷかとふかした。


「まあ、ミリーの事は俺様に任せて、安心して奉公に勤しんで来いよ」

「グォドレイ殿はダンスの指導ができるのですか?」

「いいや? 人間共のその堅苦しいヤツが俺様は昔から大嫌いだからな」

「ではどうやって教える気です?」

「ほら、昨日のあの……ユジェイの王子。あいつを使えばいいじゃねぇか。お前と違って人の良さそうなお坊ちゃんだから、喜んで引き受けてくれるだろ」


——ヴィンセントとミルドレットが二人で和気藹々楽しくダンスの練習だと……?


「嫌です」

「……お前、あいつの事となるとやたら顔色変えるな」


 部屋の扉がノックされ、ミルドレットが返事をするとはちみつの様な艶やかな金髪を後ろで結び、ワインレッドのコートを羽織った、まるで剣士のような出で立ちをしたルルネイアが顔を出した。腰には勿論長剣を吊っている。


「わぁ! ルルネイア、かっこいい!!」

「マクレイ卿をお借りしに来ました」

「私を借りて何をしに行くつもりです?」


 ニールの質問にルルネイアが待ってましたと言わんばかりにニコリと微笑んだ。


「ヒュリムトン国王陛下の生誕祭が近づいて参りましたから、剣の国と名高いリッケンハイアンドの王女として、周辺警護に当たり、魔物を討伐して来ようと思いまして」


——やられた……。

 と、ニールは笑みを浮かべたまま思った。ルルネイアはそうやってわざと自分の手の内を明かす事で、ニールが手伝いを断れない状況へと持ち込んだのだ。

 既にミルドレットからの許可を得ている状態で、断るならば、魔物討伐をするという目的を耳にする前のタイミングしか無かったというわけだ。

 ルルネイアの賢しさにはなかなかに感服する。彼女ならば王太子妃としての任も立派にやり遂げられる事だろう。


「強いてはミルドレット姫の安全にも繋がりましょう。引き受けてくださいますわよね?」

「いいでしょう。存分に私をお使いください」


——こうなったら、周辺の魔物を一匹残らず討伐してやる。

 そしてそれをルルネイアではなくミルドレットの手柄にすればよいのだ。自分はミルドレットの護衛なのだから、上手くやればどうにでも……。


「感謝いたします。流石はマクレイ卿ですわ。では暫し私の剣としてその身をお借り致します」


——手柄は自分の物だと釘を刺された!?


 ブハッ! と、グォドレイが噴き出して、大笑いを始めた。ニールは苛立ってグォドレイを睨みつけた後、ミルドレットを見つめた。

 ミルドレットは我関せずといった具合で、魔法薬の調合をする手を止めることなく、黙々と作業を続けている。ニールはミルドレットが自分とは話をしたくもない様だと考えて、観念したようにルルネイアを見つめた。


「準備もございましょう。作戦をお聞かせ願えますか? 出発の日程なども調整したく存じます」

「では私の部屋にいらしてくださいな。ミルドレット姫の邪魔をしてはいけませんから」


 ルルネイアはニールと共にミルドレットの部屋から出て行き、去り際にミルドレットに深々と頭を下げた。

 ルルネイアが一人魔物討伐をすると聞いて、ニールをルルネイアの供とつけることを提案したのはミルドレットだったのだ。


 パタリと閉じられた扉の音を聞いて、ミルドレットの手が止まった。


 暫くそのまま俯いて動こうとしない彼女に、グォドレイはため息を吐きながら頭を掻いた。


「……いいのかよ、あれ」

「ニールはあたしなんかと一緒に居ない方がいいんだ」


 ミルドレットはもやもやとする気持ちを押さえつけようと唇を噛みしめた。彼女自身、そんな気持ちを味わうのは初めてだったので、良かったのか悪かったのかは分からなかったが、今はニールと過ごす時間が辛くて仕方が無かったのだ。


「俺様が仕事に行った後、何かあったのか?」

「別に何にも無いよ。ただ、あたしは王太子妃になる為に頑張らなきゃいけないってだけ。何も変わってない」


 やれやれとグォドレイは肩を竦めると、どっかりと床に座り込んで、スパスパと煙管をふかした。


「お前さ、あの男に心底惚れ込んでるんだなぁ。どこがいいんだ? ニコニコ笑ってるだけの変人じゃねぇか」

「ニールは、いつだってあたしを助けてくれるヒーローだもん」


——あ、伝わってねぇな。

 グォドレイはそう思って、ガシガシと頭を掻いた。


「そういう能力的な惚れこむじゃねぇよ。お前はあいつの伴侶になりてぇってこった」


 ミルドレットはグォドレイの言葉をきょとんとして聴いた後、顔を真っ赤にした。


「え!? 伴侶って、奥さんってこと!?」

「ああ、そういうこった。キスでもなんでもしてやりゃあいいじゃねぇか。喜ぶぜ?」

「喜ぶはずないじゃないかっ! あたし、ニールに嫌われてるのにっ!」

「嫌うわけねーだろ……。お前、寝ぼけてんのか? 避けてんのはミリーの方じゃねぇか」


 うっ……と、ミルドレットはサファイアのような瞳を潤ませると、ぐすぐすと泣き始めた。


「だって。ニールには婚約者候補が居るって……!」


——そりゃお前だ。


「あたしには、本当に愛しい人がいるならその人の為にも諦めろって言ったもん!」


——それは……たぶんなんか勘違いしてやがるな?


「おい、ミリー。お前な……」

「これ見たって素知らぬ顔した!!」


 ミルドレットは自らの首筋についた赤い痕をグォドレイに見せつけて、瞳からボロボロと涙を零した。


「……なんだそりゃ? 虫さされか? 痒そうだな」

「そんなわけないじゃないか!! シハイル王太子殿下にキスされたんだっ!」

「ん? あー……良かったじゃねぇか」

「良いわけないじゃないか!」

「なんでだ? ミリーは王太子妃候補だろうが」

「そ……そうだけどっ!! そうなんだけどっ!!」


 ミルドレットは「でもなんか、すっごく悲しいのは何で!?」と言いながら鼻水を垂らして子供の様に泣き出した。


「ニールにこれを見られたら嫌だって思ったのに、それなのに、見られても何の反応も無いどころか目を逸らされたのがなんだかすっごく傷ついたんだっ!! ニールはお父様と同じ、あたしを道具としか思っていないんじゃないかって」


 グォドレイは呆れかえって泣き喚く愛弟子を見つめた。


「そんなに不安なら惚れ薬でも飲ませたらいいじゃねぇか」


 グォドレイの言葉にミルドレットはハタと涙を止めて「それだ!」と、頷いた。


「ヒュリムトンは爵位持ちなら一夫多妻制だし、あたしをめかけくらいにはしてくれるよね!?」


——こころざし低っ!!


「お前、王太子妃になるために頑張るんじゃねぇのかよ」

「努力はするよ。でもあたしがなれる訳ないもん」

「王子はお前を気に入ってるんだろ? その証拠にほら……」

「王太子殿下の気持ちはあんまり意味がないんだって、本人が言ってたし」


——あーもー、めんどくせぇなこいつら。


「……でも、あたしが王太子妃になれなかったら、どっちにしろお父様に殺されちゃうんだから、無理かぁ」


 寂しそうにミルドレットは笑うと、瞳を擦り、魔法薬作りを再開した。

 クスンクスンと泣きながら魔法薬を作るミルドレットの姿に、グォドレイは煙管をプカプカとふかした後、小さく舌打ちをした。


「お前、掘っ立て小屋に居た時は、楽しそうに魔法薬作ってたのになぁ」

「そうだね、でも、今はなんだか辛い気持ちでいっぱいなんだ」

「そんな気持ちで調合したっていいモンは作れねぇぜ?」


グォドレイは広い袖口から小さな瓶を取り出すと、ミルドレットへと声をかけポンと放った。


「何?」

「惚れ薬」

「わ! お師匠様印の!?」


 サファイアの様な瞳をキラキラと輝かせて小瓶を見つめるミルドレットに、グォドレイはやれやれと肩を竦めてみせた。


「それな、言っておくがめちゃんこ強力だから、使い方には気を付……」


「ニールに一杯盛ってくる! 本気で駆け堕ちしたら、お父様からも逃げられるかもだし!!」


バン!! と扉を開け放ち、ミルドレットは一目散にニールを追った。唖然として取り残されたグォドレイの耳に、ニールの怒鳴り声が聞こえる。


「薬を盛って人の心を変えようなどと、卑怯者のすることですよ!!」


——そりゃそうだ。だから普通分かんねぇ様にこっそり盛るんじゃねぇか……。


「試しに飲んでくれたっていいじゃないか!!」

「何故私で試そうとするのです!?」

「え!? えーと、それはその……」

「こちらは没収いたします!」

「そんなぁー!!」

「黙りなさい!!」


——あーあ、何やってやがんだか。

 と、グォドレイは煙管をふかしながら苦笑いを浮かべた。

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