第12話 あたしのセンスは独創的

「ねぇ、ヴィンス。このハンカチはどうかな?」

「ミリーが選んでくれるのならばなんでも構わぬ」


 まるで初々しいカップルの様な会話を繰り広げるミルドレットとヴィンセントは、城下町の高級ブティック内でさきほどから同じ会話を繰り返している。


 ニールはいい加減うんざりとしてため息をついた。

 シハイルのマントとヴィンセントのハンカチを物色しに、ミルドレットとニールは城下町のブティックを訪れたわけだが、まさかそこでヴィンセントとかち合う事になるとは思いもよらなかった。


 ヴィンセントはにこやかに微笑んで煌めく白い歯を見せ、浅黒い肌にすっと通った鼻筋のイケメンっぷりを引き立てながら、ミルドレットに偶然会えた事をさも嬉しそうにしたので、ニールはバツが悪い思いをした。

 シハイルへの借りをつくろうと、わざとアレッサとのダンス中にミルドレットのドレスにワインをかけさせたくせに。と、苦々し気に思ったニールの気持ちを察してかどうか、ヴィンセントから先手を打たれる形で「ミリーに謝罪しなければならないことが……」と告白されたので、ミルドレットもあっさりと「全然気にしてない」と赦してしまった。


 店内のソファに腰かけてニコニコ仮面を貼り付けているニールの目の前で、二人は長いこと親しそうにいちゃついている。いや、実際はいちゃついているわけではないが、ニールの目にはどうにもいちゃついて見えるのだから気にいらない。


——ふざけているのかあの野郎。ミルドレットはヒュリムトンの王子シハイルの妻になるべき方だぞ。


「うぉっほん!」


 ニールがわざとらしく大きく咳払いをしたが、二人はまるで気づいていないようでハンカチ選びを続けている。

 ソファから立ち上がり、ニールは二人の背後へと近づいて再び今度は先ほどよりも更に大きく咳払いをした。


「うひょっ!!」


 ミルドレットが驚いて情けない声を発し、ヴィンセントはあからさまに嫌そうに眉を顰めた。


「従者のくせに、貴様、その態度は何だ!」

「なんと、ご自覚が無いと仰るおつもりですか?」


 ニコニコ仮面をヴィンセントにつきつけて、ニールは極めて穏やかに、しかし早口に言葉をつらつらと並びたてた。


「ヴィンセント様こそ、お立場を弁えて頂きたいですね。ミルドレット様は大国ヒュリムトンの王太子妃候補です。そして貴殿のご令妹アレッサ様もまた王太子妃候補でしょう。皆国は違えども王族なのですから、愛称で呼ぶ事の意味はよくよくご存じのはず。それとも他国に赴いたとなれば、王族としての威厳や振る舞いも、権力や礼儀ですら全て無視なされるおつもりですか? ユジェイ王国とはそういった文化をお持ちの国なのですか? 生憎ヒュリムトンでは勝手が違います故弁えて頂きたいものですが」


 ニールの言う事は尤も過ぎて、元々良識のあるヴィンセントは浮かれていた自分に少し恥ずかしくなった。素直に「すまぬ」と頭を下げて、申し訳なさそうに俯いた。


「あの日会話して以来、ミルドレット姫の姿が頭から離れずにいたのだ。まさかここで彼女に会えるとは思っていなかったし、私のハンカチを選んでくれていると聞いて、つい高揚する気持ちを押えられなかった。赦してくれ」


——それ、ミルドレットに『惚れています』と言っているようなものです。

 と、突っ込みたいのをぐっと抑え、ニールはニコニコと微笑みながら、「ご理解頂けて良かったです」とだけ言った。


「ミルドレット姫、すまなかったな。これは大切にしまっておく。また落としてはかなわぬからな」


 ミルドレットが選んだハンカチを持って、寂しげに言ったヴィンセントを「あ、待って!」と、ミルドレットが引き留めたので、ニールは『何故引き留めた!?』と、ニコニコ仮面にひびが入りそうな思いをした。


 そもそも他の候補者達を出し抜く為には、シハイルへの品を選びに来た事をヴィンセントに知られる訳にはいかないのだ。ニールがさっさとヴィンセントを追い出したくて堪らなく、ヤキモキするのは致し方ない。


「折角だからさ、守りの魔術をかけさせてよ」


 ヴィンセントの手からハンカチを一度受け取ると、ミルドレットは小さく詠唱をした。お披露目パーティーの時同様、彼女の詠唱は心地の良い音色で、その音をつむぐ柔らかそうな唇へとつい目を向けてしまい、ヴィンセントは慌てて目を逸らした。


「良し、できた! ハイ、受け取ってね」

「……ありがとう」


ヴィンセントは感激してハンカチを受け取ると、僅かに唇を噛んだ。


——こんなところで男をたらし込む特技を突然発揮しないでください。

 冷や冷やとしながらその様子を見守るニールの前で、ヴィンセントは潤んだ瞳を慌てて擦った。


「では、私は行くとする」

「うん、またね!」


 ひらひらと手を振って送り出すミルドレットと、後ろ髪ひかれつつ必死になって帰っていくヴィンセントの様子を見つめながら、ニールは(あの男、あのハンカチを絶対家宝にするぞ)と思っていた。


「さて、邪魔者も居なくなったことですし、シハイル殿下のマントを選ぶとしましょうか」

「あたし、センス無いかもしれないけど」


——ええ、存じております。


「洞窟の掘っ立て小屋で再会したときにバッチリそう思いましたので、問題ございません」

「どういう意味!?」

「ボロ雑巾の様なローブと、臭いワンピース二枚しか無かったじゃないですか」

「臭くなんかないもんっ! ちゃんと匂い消しの魔術使ってたもんっ!」

「海水で洗っていたのでしょう。しかも石で」

「それとセンスとは関係ないじゃないかっ!」


——先ほどヴィンセントに選んでいらしたハンカチも独創的でしたよ?


 コホン、とニールは咳払いをひとつつくと、刺繍の図案とヒュリムトンの王族がいつも身に着けるデザインサンプルを持って来るようにと店員に指示した。


「ヴィンセント様の件は誤算でしたが、こちらの店員には予め準備しておく様に伝えていたのです」

「流石お父様のお気に入り。手際いいね」

「それは誉め言葉とは思えませんね」

「そお? あたしはお父様のお気に入りにはなれなかったけど、ちゃんと使える『道具』くらいにはならないとね」


 ミルドレットの言葉に、ニールは僅かに俯いた。ミルドレットの背にあるという鞭打ちの痕を想像し、唇を噛みしめる。


「……例え王族といえど、子は親の道具ではありませんよ」


 店員がいそいそと上等な生地や刺繍の図案集等を持って来る様子を眺めながら、ニールがポツリと言った。

 ミルドレットはニールを見つめ、ため息交じりに肩を竦めた。


「何言ってんだか。あたしをお父様の命令で拉致してきたくせに」


 ミルドレットは呆れた様にそう言って、店員が運んできた生地を物色し始めた。


 しかし、シハイルの姿を想像しながらあれやこれやと考えようにも、彼の顔は白銀の仮面で覆われている為、どの色が似合うかという基準がそもそも分からないということに気づいた。


「困ったな。顔が分からないんじゃ選びようが無いじゃないか」

「無難な色にしては如何です?」

「そんなの何枚も持ってそうじゃないか」


 シハイルから借りたマントは紺青こんじょうの上質な生地に銀色の糸で刺繍が施され、裏地には僅かに緑がかった藍色の生地が使われていた。


「違う色にしてみたらどうかな? 赤系の深い色とかさ」


 ミルドレットはそう言って、ワインレッドよりも青に近い色味の生地を手に取った。店員がにこやかに微笑むと、「刺繍の糸はどの様な色にしましょうか」とサンプルを見せた。


「うーん、銀色だとなんだか印象が薄いような気がするし、かといって金色だと派手派手しい気もするなぁ」

「では、銀色で刺繍をして、金色の糸で縁どっては如何でしょう」

「それいいかも!」


 店員とやりとりしながら一生懸命に選んでいるミルドレットの様子をニールは満足気に見つめていた。シハイルに対してわりと良い印象を抱いているのだと思ったからだ。嫌いな相手に贈る品を、ああも真剣に楽しそうに選びはしないだろう。


「丈はどのように致しましょう」という店員の質問に、ミルドレットはハッとした。記憶の中からシハイルの背丈を思い浮かべながら、うーんと唸り声を上げる。

 そして、ニコニコと笑顔を浮かべているニールの側へと寄って来ると、「あんたと同じくらいの背丈だった気がするんだよね」と言ったので、ニールは思わず首を左右に振った。


「私を身代わりにする必要など無いではありませんか。ボロキレと化したとはいえ、お借りしたマントの丈を基準にすればよいのでは?」

「あ、確かに!」


 成程! と、ポンと手を打ったものの、嫌にそっけなく不機嫌そうなニールの様子にミルドレットは不思議に思った。


 他にも何か、と、ミルドレットがマントを留めるアクセサリーやピンなどの男物の小物に目を向けた時、ニールが声を放った。


「さあ、決まった様ですし長居は無用です。王城に戻りましょう」


 急ぎの用事も何も無いというのにニールが急かし、ミルドレットは言われるがままに店を出て馬車へと乗り込んだ。


 折角久しぶりに王城から出られたというのに、と残念な気がしたが、護衛として付添う身のニールとしては、外出は周囲に気を張る必要がある為面倒なのだろうなと考えて、素直に従う事にした。

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