第5話 誘拐犯からの贈り物

 使用人達が慌ただしく準備に追われながらも、王太子妃候補のお披露目パーティー会場は華やかに、そして荘厳に整えられた。

 ヒュリムトンにミルドレットが到着して三週間。ニールに厳しく指導され、時には逃げては捕まり、お仕置きとして課題を更に増やされながらも淑女たる教養を叩きこまれ、どうにか辛うじて形になったと言える程には成長した。


「他の候補者達に会うの、初めてだし緊張するなぁ」


 ミルドレットは嬉しそうにそう言って、ニールを見つめた。


「仲良くなれるといいなぁ。あたし、同年代の友達居ないしさ」


 相変わらず呑気なものだと思いながらも、そこがミルドレットの良いところなのだから仕方が無いなとニールは小さくため息をついた。

 しかし、ミルドレットならば、ライバルとも友人同士になれるかもしれない。彼女の天真爛漫な性格は周囲を惹き付ける。それに、何よりミルドレットには強い思いやりがあるのだ。

 他人に対する心の壁というものが、ミルドレットには皆無だった。あまりにも無防備な相手にはどんなにか警戒心が強い者も自然に緩むものだ。現に、彼女はあっという間に王城の兵士や使用人達と仲良くなり、皆から好かれている。

 勿論、気品に欠けるところを良しとしない厳格な者も居るが、そんな彼らも初めは眉を顰めてミルドレットを見るのだが、いつの間にか笑顔になっているのだから、彼女の才能と言えるだろう。


「シャペロン(付添人)はエレンが努めますから、彼女の指示に従ってください」


 エレンはミルドレットの侍女頭に任命され、心から尽くして仕えてくれている。ミルドレットは約束通り魔法薬を調合し、エレンの足はこの三週間の間ですっかりと良くなった。


「え? ニールがついてくれるんだと思ってた」

「私とミルドレット様が従妹や兄妹であればそうもできたでしょう」

「ふーん、面倒くさいしきたりがあるんだね」

「はい。今回は王や王太子の参加は勿論の事、ヒュリムトンの政を担う者達や貴族達も参加しますから、最も格式高く形式ばったお披露目パーティーとなります」

「分かった。三週間頑張ったし、ちゃんとやるよ」


 ミルドレットが任せろと言わんばかりにぐっと親指を突き出したので、ニールは一気に不安になった。


「そういうのをお止めください」

「今だけだって。あんたの前だったら別にいいじゃん」

「言葉遣いも気を付けてください」

「はいはい」


 ミルドレットは少しだけ寂しげに微笑んだ後、窓の外へと視線を向けた。

 眼下に広がる広大なヒュリムトン城の庭園を取り囲む城壁。その先にある門には、招待客の馬車が列を成している様子が見えた。


 ——なんて大きな牢獄なんだろう。

 膝の上でぎゅっと拳を握りしめながら、ミルドレットはそう考えた。

 お師匠様はどうしているだろうか。あたしが居なくなったのに気づいて心配……は、しないか。そういうタイプじゃないな、あの人。


「とりあえず、偉い人達に気に入られる様に頑張るよ」

「余計な事もしない様に頑張ってください」

「分かってるって!」


 むぅっと唇を尖らせたミルドレットに、ニールはやれやれと肩を竦めた。


「お披露目パーティーの流れをざっと説明しますから、よく頭に叩き込んでおいてください。勿論、エレンにも伝えてありますので、エレンの指示に従えば問題無いとは思いますが……」


 そう前置きをして、コホンと咳払いをすると、ニールは説明をし始めた。ミルドレットはうんざりしながらもニールの説明に頷きながら応答し、その長い説明が終わる頃に扉をノックする音が響いた。エレン率いる侍女達がいそいそと室内へと入って来ると、恭し気にお辞儀をする。


「ミルドレット様のお召し変えのお時間です。殿方はご退出願います」

「エレン、後は宜しく頼みますね」


 ニールの言葉にエレンが「お任せください」と堂々と答えたので、ニールは少し安心して退出した。

 ニールが立ち去る後ろ姿を不安気に見送るミルドレットに、エレンがにこやかな笑みを向ける。


「さあさあ、ミルドレット様。うんと美しく着飾りましょう」

「エレンがシャペロンなんでしょ? エレンだって支度があるんじゃないの?」


小首を傾げたミルドレットに、エレンは困った様に眉を下げた。


「まずはミルドレット様です。私はただのおまけですから、支度なんて簡単なものですよ」

「足は大丈夫?」

「魔法薬のお陰ですっかり良くなりましたよ。城中駆けまわれる程です」

「めんどくさいこと頼んじゃって悪いね。ほんとは皆、自分のシャペロンを連れて来てるのに」


 ミルドレットの心配そうな顔に侍女達がくすくすと笑った。


「全く、すぐ他の心配ばかりなさるのですから」

「ご自分が主役ですのに」

「エレンさんはシャペロンに適任ですから、大丈夫ですよ」


 侍女達は手際よくミルドレットの着替えの準備を始めた。持ち込まれたドレスは上質なシルクで煌めいており、散りばめられた宝石で雫の様に飾り立てられていた。

 随分と豪華絢爛なドレスに、ミルドレットは不思議に思った。


「そのドレス、ルーデンベルンからの荷物に入ってたの?」


 父王が自分の為に用意してくれたのだとしたら、それは喜ばしいことだと考えたが、そんなミルドレットの思いも知らず、エレンは「いいえ」と首を左右に振った。


「ヒュリムトンの王太子殿下から王太子妃候補全員に贈られたものです」

「……大盤振る舞いだね」


 未来の夫(もしかしたら)が大金持ちな様で良かったな、とミルドレットは苦笑いを浮かべ、それを見たエレンは上品にクスリと笑った。


「候補者の中でも、恐らくミルドレット様のドレスは一番上等なものかと存じますよ」

「どうして?」

「髪色に合わせてお贈りくださった様ですから。この様な見事な銀髪、他にございませんもの」


 どうして一度も顔を合わせた事が無い王子が、ミルドレットが銀髪であることを知っているのだろうかと考えて、ハッとした。

 ヒュリムトンの国王は、ミルドレットの姉、アリテミラを気に入っていたと言っていた。つまり、王子もアリテミラと面識があったに違いない。アリテミラもまた銀髪だ。ということは、このドレスは元々アリテミラの為に用意したものなのだろう。


 着々と着付けをしてもらいながら、ミルドレットは僅かに唇を噛んだ。


「……髪の色くらい、あたしが調合した魔法薬で簡単に変えられるのに」

「では、私の白髪が増えたらお願いしましょうかね」


 エレンの冗談にミルドレットは少し落ち込んだ気分が戻り、ニッコリと微笑んだ。


「うん! 任せて!」

「妙な色にはしないでくださいませ?」

「光る髪とかどうかな? 暗いところで明かり要らず!」

「まあ、それは便利で仕事も捗りそうですね」


 談笑しながらミルドレットの着付けを進めていくと、一人の侍女がさっとミルドレットの前へと進み出た。


「こちらはニール様からです」


 彼女は立派な宝石箱を開いてミルドレットに見せた。中には深海の様に深い青色をした大粒のサファイアのネックレスとイヤリングが収められている。


「ミルドレット様の瞳の色に似たサファイアをと、方々探してやっと見つけたとのことです」


 思いもよらない贈り主に、ミルドレットはつい「へ!?」と、声を上げた。


「そんな高そうな物をニールが? 破産しちゃうんじゃないの!?」

「随分と奮発された様ですね。暫く白いパンは食べられないと仰っておいででした」

「仕方ない、あたしのを分けてあげるか」


 侍女達がどっと笑った。恐らく、どの王太子妃候補の部屋も準備に大忙しだった事だろうが、こうも和やかな雰囲気の部屋はミルドレットの部屋だけだっただろう。

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