第四章 奥州征伐

第31話出羽の驍将

 秋が終わり、冬が過ぎた。

 また春を迎え、雪解けの季節がやって来る。

 歴史の針を速めた秀繁一行。

 その天下統一の事業は、この年で終わりを迎えるであろう。


 そんな折に、神子田半右衛門が秀繁のもとへとやって来た。

最上義光もがみよしあきがやって来ました!」

 と、注進を兼ねて。


 最上駒


 ウィキペディアにも項目がある、秀吉の晩年の乱行により、最も最悪な殺され方をした薄幸の美少女。

 この女性を豊臣秀次が娶るか娶らぬかで、東北の状況も変わってくる。


 駒は東北随一の器量良しとの評判の娘である。

 豊臣秀次が無理矢理側室にしたはいいが、秀次が秀吉によって切腹に追いやられ、京へ到着してからわずかひと月ほどで連座で斬首されたのだ。

 駒の母も落胆のあまり自刃し後を追うこととなり、最上義光が反豊臣となる要素の大半を占めている。無論、最上家自体の内情も反豊臣となり、元をたどれば最上騒動の混乱の一部を担っているかもしれない。


「横やりを入れねばなりません」


 半右衛門は進言した。

 つまり、秀繁の側室にしてしまえ、と。


「小春さまには事後承諾という形でも、ここは側室に迎えねばなりません」


 そう言って、大坂城へと秀繁を登城させた。




「おお、良いところへ来た」


 秀繁が大坂城に登ると、父である秀吉がそう言った。


「今、出羽の最上義光が、ちょうど城へ来ておる。そなたにも引き合わせてやろう」


 と階段を登りつつ言った。


「どうじゃよい眺めであろう」


「はっ、まことに。さすが三国一の城と事前に聞いていただけのことはあります」


 この時代においては、ずば抜けて背が高く色白な男が言った。

 美男でもある。

 なるほど、この男の胤からは絶世の美女が産まれてくるであろう。


「なんじゃ、そなたの想像を超えるものではなかったか」


「いえ、そのような」


「たわむれよ。これ、これがあの出羽の驍将ぎょうしょうと呼ばれる最上義光じゃ。こちらが我が自慢の息子の秀繁じゃ」


 秀吉は笑いながら指をさす。


「豊臣秀繁です」


「これは挨拶が遅れました。最上義光でございます」


「はっはっは。二人ともそう固くならんでよい!」


 秀吉は大声で言った。


「秀繁さまのご武勇、遠く出羽でも評判になっております。さすがに天下人の後継者は一味違うと」


「そうであろう、そうであろう。わしのせがれはちょっとそこらの2代目のボンクラとは違うのじゃ! 信長公にもっとマシな子がおれば、天下をわしにとられることはなかったじゃろうに。のう秀繁よ!」


「それは……ちょっと答えにくいものでありますな」


 少し顔を背ける。

 信長の子は、この世では秀吉がほぼ全員絶滅させてしまった。

 秀吉と比較的仲が良かった信忠の嫡子・秀信が捨扶持で養育されているくらいである。


「こやつはわしが天下など譲らずとも、自分で何か勝手に起こして、天下の半分は切り取ってしまうであろう。それだけの器量をもった男よ」


「冗談とも謙遜ともとれぬお言葉ですな」


 追従か本心かわからぬように、義光は笑う。

 権謀術数に長けた男だ。

 秀繁がまったく身に着けられぬ腹芸などは、十八番であろう。


「そりゃ冗談でも謙遜でもない。事実であるからの」


「それほどの御方であれば最上家としてもお近づきになりたいというのが本音です」


 義光は秀繁の目をまっすぐ見据えて言った。


「で、あれば。義光どのの娘、駒姫を我が側室に迎えたいと思うがいかがかな」


「なんと駒のことをご存じでいらっしゃったか!」


「男と在らば天下人、妻を娶らば最上駒。都で流行っている言葉だそうです」


 秀繁は事前に半右衛門から暗記しておくように釘を刺された言葉を言った。


「ほう。光武帝と陰麗華の故事をもじって。それほど評判とは知りませんでした」


 今まさに、半右衛門が流行らせようと躍起になって京中を奔り回っていることであろう。

 天下泰平のためとはいえ、ご苦労なことだ。


「実は、関白殿下秀吉の甥の秀次さまも駒のことを知っていらっしゃるようで。我が娘ながら、中央でそんなに評判とは知りませんでした。だがまだ駒は7歳。どうかもう少し、我がそばに置いておいてやりたいのです」


 義光は畳みこむように言った。


「むろん、将来のことです」


「おお、秀次さまは今すぐ差し出せと仰られて困っておったのですが、天下人の世子たる秀繁さまがそう仰るなら、こちらとしても問題はありません」


「なんじゃ、そなた子が生まれた上に、新たに側室を娶ったばかりではないか。人のことを言えた義理はないがなんと罪深い。そなたの嫁の怒りがどれほどのものか、わしは想像できるぞ!」


――想像できるのか、と秀繁は心の中で思うだけ思って呟くことはしなかった。


「では15になったら駿府へ寄越していただけますか」


「わかりました。これもまた本音ですが、秀次さまより秀繁さまの側室になったほうが、娘も幾分か幸せのような気がします」


「これはめでたい! これによって豊臣・最上は縁戚となった。東北が我が家によって平定されるのも時間の問題であろう!」


 もともと豊臣家は子女が少ない。

 縁戚によって大名を取り込もうとしたいが、相応の年の若者や娘の絶対数がいないのだ。

 秀繁は後継者であるだけではなく、縁戚同盟の駒・・・・・・としても有用であった。


「実はの、わしにも子が生まれるのじゃ!」


 秀吉は嬉しそうに言った。


「茶々めが懐妊しおった! そなたの弟か妹が生まれてくるのじゃよ! 孫よりも子のほうが若いとは、わしもなかなか大したものだとは思わぬか」


「母上はなんと申しておりましたか」


 秀吉の顔がサーッと青ざめた。


「何も申しておらぬ」


「は?」


「何も言わぬ……口をきいてくれなくなった……」


 空気がどんよりと重くなっていくのを三人は感じた。


「豊臣家にとっての喜び、これ以上のことはありませぬ」


 重い空気を吹き飛ばすかのように義光が言った。


「そ、そうである! 子が増えるのは武門にとって誉れよ! ますます我が家は栄えるであろう!」


「それで母上はいまどちらに?」


「西の丸に引きこもっておる。そなた顔を見せてやってはくれぬか」

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