戦国武将の異常な愛情 ~または私は如何にして心配するのを止めて下剋上を愛するようになったか~

高坂シド

プロローグ

第1話豊臣秀繁

「太閤さんの息子がもっとしっかりしていれば……」


 父はかつてそう言った。



『平時の人材は、有事の人材ならず』という言葉がある。

 たとえば、軍の司令官などは平時には誰でも務まるだろうが、いざ戦争が始まればそれなりに有能でないと務まらないはずだ。


『治世の能吏、乱世の奸雄』という言葉もある。

 中国の三国時代の曹操を指した言葉だ。

 彼は平時ではただ有能な文官で終わるはずであったが、乱世となるとその能力を発揮して将軍として中華の3分の2を平らげた。

 平時に有能である人物が、有事に備えて一気に無能になるケースがある。

 しかし有事に功績ある人物が、平時には昼行灯のケースもある。

 どちらが真の能力であるかとは言えないはずだ。



※※※※※



「欲しいものがあるなら、買ってやるからどんどん言えよ。ヒデシゲ!」


 子供の頃はヒデシゲはその父の言葉が頼もしく、また遠慮することなく好きなものを買ってもらった。どんどんと増えていく、おもちゃやゲーム、漫画本。友達もそれに応じて家にやって来る。

 

 だがそれが、


「欲しいなら、自分で買え!」


 と言われ、勝手に売り払われたとき、幾らショックであったことか。

 

 自分の家は、没落しかけているのだと思わざるを得なかった。

 遊んでいた友達も家に来なくなった。

 自分と遊ぶために来るのではなく、その付属品が目的であったとわかったときはまた衝撃を受けた。



 文武両道

 高校3年生のヒデシゲを言い表すのであれば、それがピッタリである。

 成績は抜群に良く、超有名大学のA判定すらもらっている。

 運動神経もかなり良かった。

 だが、彼の真の能力はわからない。

 ロシアがウクライナを侵略しているとはいえ、今現代の日本は平時だ。


 今現在、本格的な有事が日本全国を巻き込んで起こることは、まず考えにくい。


 没個性

 ヒデシゲという人物を表すには、そのひとことでも充分であった。

 勉強と運動はできるのに、なかなか自分というものを表現しきれない。

 目立つ人混みに紛れてしまうと埋没してしまう。

 そういう個性のなさが彼の個性だった。


 もし将来、日本が戦乱に巻き込まれたら、彼の個性と能力に国を託すことは考えづらい。




「大学だけは行かせてやるから、自活する道を選べ」


 と父に言われた。

 それでも、お金のかかる私立には行けない。

 どうせ目指すのであれば、最高学府である東京大学。

 同時にヒデシゲは、サッカーでは年代別の日本代表候補にも選ばれるほどであった。



 彼の一番の特異性を示すのは、その苗字。


『豊臣』という。すなわちヒデシゲのフルネームは『豊臣秀繁とよとみひでしげ


 豊臣秀吉の子孫である、というのがだいだい受け継がれてきた『豊臣家』の伝承である。


『秀吉の子孫って生き残ってないよね?』

『秀頼の娘が生き残ってたんじゃないの?』

『とりあえず、まああいつの家は詐称だな』


 そういわれることには慣れてきたつもりだ。

 嫌な思いを感じながらも、だ。


 現代で豊臣を名乗る家はほぼ無いはずだ。

 あっても、秀吉の妻、寧々の実家、木下家が明治維新を機に豊臣と復姓したくらいであろう。


 だが、『由緒正しい豊臣家である』と秀繁の父は言っていた。

 だから家産は豊かであったし、働かなくとも食っていけるだけの資産があったのだ。

『豊臣家』は羽振りが良かったのだ。

 いずれも過去形で語らなければならないのが悲しいけれども。



「うちは100%太閤さんの子孫だ。この姓を名乗るのに躊躇がいるか?」


 父はそう言う。

 何代も続く名家。執事もいたし、秀繁はその幼少期には物質的な制限をつけられたこともない。

 秀繁の名も豊臣家の通字とおりじの『秀』と家が『繁栄』するようにと付けられた名前だ。

 

「太閤さんの息子がしっかりしていれば、俺たちは今でも天下人だったかもしれない」


 父は酔っ払うとそう言って秀吉の嫡子の出来を残念がる。

 秀繁に言わせると『徳川家も今じゃ天下人じゃないのに、それは無理だろう』とのことなのだが。


アレ・・がしっかりしとけば、人生100回は遊んで暮らせる財産が残っていただろうに……」


 事業に失敗した頃から父は、酒におぼれる回数が増えてきた。

 母に暴力をふるうこともあったし、秀繁に辛辣に当たることも多くなってきている。


「豊臣家にご奉仕することで、今まで生き永らえてきました。いまさら、生き方を変えることもできません」


 一般的に執事を雇うような家は、年収5億くらいからだ。

 奇妙なことにこの執事は二度目の没落をしかけている豊臣家を見捨てることはなく、無報酬で働いているようであった。

 秀繁は奇妙に納得した。

 彼には彼なりの哲学と美学があって、それに殉じる覚悟であるらしい。


『大学だけは好きなところへ行かせてやる』

 言質げんちを取った秀繁にはひとつの希望がある。

 先祖とされている豊臣秀吉の研究をすることだ。

 すでに語りつくされた存在であるかもしれない。

 だが、自分が実際に末裔であるのであれば、また違った見方があるのやもという一縷の希望を捨て去ることができない。


「過去を振り返るだけの歴史で食っていけるほど、世の中は甘くないと思うがな」


 顔を赤らめた父親はそう言いながらも、渋々子供の受験を許した。



 大学の合格発表の日。

 秀繁は文字通り炎上した。


「もういいだろう。夢は見させてやった。これ以上のことは不可だ。俺も、おまえも、母さんにももう先はありゃしない。生きていても辛くなるだけだ」


 SNSなどの炎上ではない。一家心中を図った父が、ガソリンを撒き散らして火をつけたのだ。

 試験には合格していたが、秀繁の人生までもが過去形になる。


「試験に合格しても、学資はゼロどころかマイナスだ。もう終わりなんだよ!」


「生きていても辛いことばかりじゃない! 夢だって、何もしなくても転がり込んでくるもんじゃない! 父さんは過去の遺物にとらわれ過ぎていて、現実が見えていないだけ……」


「これが現実だ。終わりだよ」


 そう言うと父はガソリンを秀繁に蒔き、火の付いたライターを投げつけた。


 秀繁の身体はまるで塩のように散乱し、溶けた。

 まるで最初から存在しなかったかのように。

 大学合格発表当日、早生まれのために彼は18歳には未だ届いていなかった。

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