第10話 涙の真相
バイト先に向かうと、目が赤い桜さんと気まずそうな後藤君の2人がホールにいた。彼女の様子からして、泣いていただろう。
桜さんは俺から逃げるように休憩室に入っていく。残っている後藤君に詳しく訊くとしよう。
「後藤君、何があったんだ?」
「……」
態度は変わらずか。言いづらい事なのは間違いないようだ。
「どんな内容でも怒らないよ、約束する。だから教えてくれないか?」
「…わかりました」
後藤君は覚悟を決めた様子を見せた。
「さっき、店長に“ここのバイトを辞める”って言ったんです」
「辞める? 何で?」
「実はこの間、店長にすごく迷惑をかけちゃって…」
それは桜さんから聴いたな。初めてのお客さんを怒らせたらしい。(4話参照)
「そんな事があったのか…」
初めて聞いた風に装った方が良さそうだ。
「先輩もわかってるでしょうが、僕は接客に向いてないんです。大学入学を機に変わろうと思ったんですが、そう簡単にはいきませんね…」
後藤君なりに自己分析できているか。けど、苦手を克服しようとする姿勢は素晴らしいぞ!
「僕の“辞める”を聴いて、店長は『お願い、辞めないで!』と涙ぐんで…」
桜さんと後藤君が仕事以外の話をしているのを聴いた事がない。親睦は深くなくても仲間だから、桜さんは別れを惜しんだのか。
「なるほどな、俺も後藤君に辞めて欲しくない。考え直してくれないか?」
「……僕、接客が怖いんです。もしまた誰かを怒らせたらと思うと…。店長と先輩に迷惑をかけると思うと…」
クレームの件は、俺の予想以上に後藤君の尾を引いているようだ。引き止めるのも酷か…。シフトの事が気になるが仕方ない。
「無理強いするのも良くないな。ちゃんと桜さんに説明しに行こう」
「そうですね…」
「その必要はないわ」
休憩室の扉が開き、桜さんが出てきた。どうやら盗み聞きしてたようだ。
「後藤君。3か月間、この店のために力を貸してくれてありがとう」
桜さんは後藤君に向けて一礼した。
「え? え?」
予想外の行動だったのか、後藤君はオロオロしている。
「君を責めるはずないじゃない。こんな小さな店のために働いてくれたんだから」
「……」
「後藤君に合う仕事が見つかると良いわね。わたし、応援してるから」
「ありがとうございます、店長」
後藤君は一礼した後、休憩室に入っていく。
辞めるうんぬんは別として、彼のシフトは既に終わっているからだ。
「後藤君…」
桜さんは俺のそばに近付き、彼の名前をつぶやいた。
見るからに心細そうだ。俺が支えないと!
「桜さん、俺と東雲さんがあなたを支えます。心配しないで下さい」
「…ありがとう」
? 彼女は何か言いたそうな感じだぞ?
「わたし、我慢するのが苦手って前言ったわよね?」
「はい、覚えてますよ(4話参照)」
「ごめんね」
桜さんは、俺の胸の中に顔をうずめる。
「後藤君が戻ってくるまで、このままでいさせて」
「もちろんです」
休憩室の扉が開いたので、桜さんは俺から離れる。
「店長、ユニフォームは洗濯してお返しします」
「わかったわ。その時に退職の書類を書いてもらうから」
そのやり取りは、俺と東雲さんの前ではやらないだろう。つまり、後藤君の顔を観るのは今日が最後だな。
「店長、先輩。お世話になりました」
後藤君はさっき同様、深い一礼をしてから店を出て行った。
「桜さん、困った事になりましたね…」
普段はワンオペでイケるが、ランチタイムは2人体制じゃないとキツイ。後藤君が抜けたのは痛手だ。
「ええ…。今後の事をじっくり話し合わないとね」
「今日シフトじゃないですけど、東雲さんに来てもらいます?」
「遊華ちゃんには悪いけど、そうさせてもらおうかしら」
桜さんが携帯で連絡したところ『行けますよ~!』と返信があった。閉店後に3人で話し合う形になる。
果たして、これからこの店はどうなるんだろう?
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