第3話 好きな子できた?

 ランチタイムは終盤を迎え、俺と桜さんはお客さんがいないわずかなタイミングで、まかないのサンドイッチをキッチン内で少し食べる。


ランチタイムを終えたら、直前まで大学の講義を受けていた東雲しののめさんが来る。彼女が来てから、俺も大学の講義を受けるために早上がりする流れだ。


「もう少しだけど気を抜かないでね、健一君」


「わかってますよ」


俺は朝の7時台から来てるから疲れと眠気が溜まり始めてるけど、東雲さんが来るまで耐えないと!



 …13時を過ぎ、お客さんは一旦誰もいなくなる。もうそろそろ来るはずだが。


「お疲れ様で~す」


店の入り口の扉が開いた後、東雲さんが元気な挨拶をしながら入店した。


「すぐ着替えるんで、待ってて下さい」

彼女は足早に休憩室に入っていく。


「ようやく休憩できるわね」

そばにいる桜さんがつぶやく。


「そうですね」

眠いし腹減ったぞ…。


……東雲さんが休憩室から出てきた。ランチタイムを終えたので、お客さんはそんなに来ない。後は彼女のワンオペで十分成り立つはずだ。


これで俺と桜さんは、休憩室で遅めの昼食をとれるな。



 「ねぇ健一君。さっきの事なんだけど…」


向かい合って昼食を食べている時に桜さんが訊いてきた。


「さっき? 何の事ですか?」


「わたしにナンパについて訊いてきたじゃない。その事よ」


ランチタイムの忙しさに入る前に訊いたな。


「ああ…」

あの時ちゃんと答えてくれたけど、何か気に障ったか?


「好きな子できたの?」


今の桜さんの表情・態度は、子供を見守る母親って感じだ。


「いえ、そういう訳じゃ…」


「ホントかな~? 健一君があんな話をしてきたのは初めてなのよ。気になるじゃない」


ここは今後のために認めたほうが良いかもな。


「正直に言うと、気になる人はいます」

桜さん、あなたの事ですよ。


「その気になる子って、遊華ちゃん?」


「どうしてそこに東雲さんの名前が出るんです?」


「だってあの子可愛いし、君より1歳下なのよ。気になってもおかしくと思うけど?」


桜さんの言う事が一般的なんだろうな。しかし、ここはちゃんと否定しないと。


「俺も東雲さんは可愛いと思いますが、気になる人じゃありません」


「そうなんだ。これ以上訊くと悪いから、健一君が話してくれるまで我慢するわ」


さすが大人、引き際をわかっているな。



 昼食後、桜さんは事務作業をするためにデスクに向かった。俺は大学に行くために更衣室で着替えているところだ。


…1人で落ち着いてる時、桜さんがナンパの件で興味深い事を言っていたのを思い出した。着替え終わったら忘れずに訊いておこう。



 「桜さん。お仕事中すみませんが、ちょっと良いですか?」

更衣室を出た後、俺はパソコンに向かっている桜さんに声をかける。


「ん? どうかした?」


「桜さんの若い頃の写真ってあります?」


「少しはあるけど…、急にどうしたの?」


「ナンパの話をした時、若い頃はそこそこって言ってましたよね? なので、当時の事を知りたくて…」


「余計な事言っちゃったわ~」

彼女は少し笑いながら、自虐混じりで言う。


「当然無理強いはしませんが…」


「せっかくだし、健一君の写真も見せて。それだったら良いよ」


「俺の写真? そんなの観て楽しめますかね?」


「その言葉、そっくりそのまま健一君に返すけど?」


少しでも桜さんを知るためだ。多少の恥は仕方ないか。


「…わかりました、持ってきますよ。いつの時が良いですか?」


「できれば幼稚園か小学校低学年が良いかな~。わたし達には子供がいないから、子供をじっくり観たいわね」


「わかりました」


これ以上の長話は桜さんに悪いな。そろそろ切り上げよう。


「では、お時間がある時に写真の準備お願いします。…お先に失礼します」


「了解よ。健一君も講義頑張ってね」


「はい」


俺は桜さんに挨拶した後、休憩室を出た。

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