エスケープ・ザ・ホーム
秋野凛花
第1話 学校と親
技術は進歩し、世界は急速な変化を迎えた。
交通情報がリアルタイムで計測され、世界中から「渋滞」という概念がなくなった。混雑予測と同時に迂回ルートが提示されるため、道路が混むことはないからだ。
その車ですら、人が乗ることはほとんどなくなった。機械による自動運転が常識化し、交通事故の件数は大幅に減少。近いうちに0%になるだろう、とこの前のニュースで言っていた。
と言っても、人間が外に出ることはほとんどなくなった。今はネットで必要なものの購入は済ませられるし、学校や会社に行く必要もない。バーチャル空間で一堂に会し、一人だろうが千人だろうがそれ以上だろうが収容出来る部屋で、授業を受けたり、仕事をしたりする。僕はまだ仕事をする年齢じゃないから、分からないけれど。
外に出る機会と言ったら、運動をする時とか、旅に出たい人とか、散歩したい人とか、まあそういった時だけだ。……ああでも、出不精な人でも大丈夫。僕たちはバングルを身に着けており、そこから心拍数などを測り、体の健康状態を教えてくれる。あまりにも運動不足だったら、外に出るよう促してくれるのだ。
でもそうしなくても、最近は外に出る人が多い。というのも最近、宇宙エレベーターの開発が遂に終わったのだ。月に行こうと計画を立てている人が多いらしい。
とまあ、昔からの変化を挙げれば、枚挙に
僕はバーチャル空間に身を投じ、プログラミングの授業を受けていた。……プログラミングが小学校の必修科目となって久しい。だがその時はまだ、「校舎」という建物があって、そこに生徒たちが集まり、生身で一堂に会し、授業を受けていたようだ。
今では到底考えられないことだ。学校という場所に時間をかけ徒歩や公共交通機関を用いて行くより、バーチャル空間に一瞬で行く方が、どう考えても効率が良い。昔の人は大変だったんだな。
「……それでは今日は、ここで終わりです。お疲れ様でした」
そこでチャイムの音が響き渡り、授業の終了を告げる。それと同時に先生がそう宣言し、先生のアバターは姿を消した。
それと同時、姿を消すアバター、その場で勉強を続けるアバター、他のアバターに近寄るアバターと、様々な動きが見られた。それを横目に、僕は目の前の教科書を閉じる。……するとディスプレイの端に、通話申請を望むアイコンが浮かび上がった。
「なあなあ
許可を押すと同時、クラスメイトにそう話しかけられる。その圧の強さに僕は思わず気圧されてから、小さくため息を吐いた。
「……ごめん、たぶん、無理」
「……そっか、分かった! また誘うよ~」
一瞬の静寂があったものの、彼はそう言うと通話を切った。……せっかく誘ってくれたのに、申し訳ないとは思うが……いちいち気に病んでいる暇は無い。
僕はバーチャル空間からログアウトした。次の授業はお昼を挟んであと五十分後。次はそれに間に合うようログインする。
現実世界に戻って来た僕は目を開き……そして、ぎょっとした。
目の前には、母さんの顔があったから。
「お帰りなさい、考新」
「た、ただいま」
「今日は帰ってくるのが少し遅かったわね。……何をしていたの?」
すると僕の予想通り、母さんは僕にそう尋ねる。僕は内心では冷や汗を流しつつ、笑顔を浮かべて答えた。
「……さっきの授業の、復習を軽く、していたんだ。ほら、すぐ見直しした方が、定着しやすいでしょ?」
「……あら、そうなの。考新は勉強熱心ね。流石は私の息子だわ」
でも無理はしたら駄目よ。母さんのその言葉に、僕は笑って頷いた。そうして母さんが部屋から出て行き……僕はため息を吐く。
バングルの液晶画面を指先で叩くと、通知が来ていた。そこには「急激な心拍数の上昇」と書かれており、僕はそれをスライドして消す。
さて、リビングには昼食が用意されているはずだ。早く食べに行かないと、また詰め寄られる。僕は重い腰を上げた。
僕の母さんは、たぶんちょっとおかしいのだと思う。
おかしいというか、確かに僕を愛してくれていると思うのだけれど、その方向性がちょっと間違っているのではないか、というか。執着しているんじゃないか、みたいな。
予定されている授業終了時間に、僕がバーチャル空間から出るのが一秒でも遅れると、すごく心配してきて、何をしていたのか問い詰められる。部屋には三十分に一度ほど入ってこられるし、交友関係を根掘り葉掘り聞かれる(まあ、友人と呼べる人はいないのだけれど)。何より、これが一番辛いのだが、外出許可をくれないのだ。
運動なら家の中でも出来るし、今日は考新に手伝ってほしいことがあって、お母さんちょっと体調悪いから今一人にしてほしくない、などなど。理由をつけては許可をくれない。勝手に出ようものなら……どうなるか、恐ろしくて、試したことはない。
母さんはとても過保護で、過干渉。そういう言葉が似合うのだと、僕は知っていた。
外の景色は、本やネットで見たことしか知らない。ああ、さっき言ったことを撤回しよう。昔の人が羨ましい。学校に行くために、外に出るのだから。
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