第33話 幕間 ケモノスラング
鹿児島の喜入にある港。
小波の打ち寄せる船着き場で、三島は出航の準備するタンカーを見守っていた。
周囲にはクッキー缶を巨大化したような石油貯蔵庫が無数にあり、聖騎士隊のグリフォンが常時周囲を警戒している。
(にしても、まさか、水で石油が買える時代が来るとはねえ)
資源不足の日本が唯一豊富に使える資源――それはすなわち水資源である。
日本人にとって、水はタダに近い資源であるが、所変わればなんとやら。
砂漠地帯の中東にとって、水は貴重な資源である。エイリアンのまき散らした毒によって、雨水すら汚染されている可能性のある今の世の中となってはなおさらだ。
もちろん、中東は海水を真水に変える工場をたくさん持っているが、それらの施設もまた、エイリアンの襲撃を受け、多くが操業を停止している。給水設備の全面的な復興にはしばらくの時間を要し、その間のつなぎの水を日本が輸出するという訳だ。
タンカーでは貨物として飲料水や浄水設備を輸送することはもちろん、バラストに海水の代わりに真水を入れて運ぶ。
そして、帰りにはたっぷりの石油を積んで帰ってくる。
まさにwin-winの物々交換の成立という訳だ。
石油は日本にとって最重要の戦略物資の一つであり、その安定的な供給の目途が立ったということは、安全保障上大変喜ばしい。
元々、水資源が豊富な日本であるが、聖女の浄化魔法の恩恵もあり、今や世界で一番安全な水を量産できる国となった。
「ほな、会議させてもろうた通りに、敵が来たらワイらが気張らせてもらいますんで、あんさんたちは索敵を頼んます。ワイらも斥候は出しますけんど、二重チェックするに越したことはあらへんさかい」
その異世界人は、海にプカプカと浮かびながらそう確認してくる。
魚人と表現すればいいのだろうか。
エラと鱗を持った人型の知的生命体である。
頭身は低いせいか、見た目もグロテスクな感じではなく、台詞が翻訳魔法でエセ関西弁に聞こえるせいもあいまって、ユーモラスでかわいい印象を受ける。
ちょうどそう。娘が昔好きだったサンリ〇のキャラクターに似たような外見の半魚人がいた気がするが、おっさんの三島はぱっと名前を思い出せない。
「こちらこそ、よろしくお願いしまさあ!」
三島は目の前の異世界人に敬礼をする。
今回の航海は、自衛隊とパルソミア海軍の初めての合同警護作戦となる。
すなわち、彼――ガギンはパルソミア海軍側の責任者で、三島が自衛隊側の責任者という訳だ。
今の日本は光二の結界が張られている領海内こそ安全だが、一歩外の海に出れば、そこはエイリアンの徘徊する危険地帯。
海上輸送の安全の確保は常に日本の命綱なので、国の将来を占う重要任務である。
(ってな、安全保障のニュースなんて、ほとんどの日本人にとってはおもしろくもなんともねえってのがな)
「ガギンさん、すみません。全身像を撮りたいので、脚が見える感じで横泳ぎして頂けませんでしょうか!」
同行しているテレビ局のインタビュア―がそう勝手な要求をしてくる。
取材を許しているのは、あくまでテレビを通じて軍隊を出す正当性を国民に納得させるためだ。しかし、テレビマンという生き物は常に視聴率を求める習性があり、おカタい話題ではなく、もっとテレビ映えするネタを欲しているようだった。
視聴率の取れる定番ネタといえば、まずグルメモノだが、それと双璧を成す人気ジャンルがある。
すなわち、動物モノである。
(ったく、この期に及んでもほのぼのニュースを求める国民もどうなんだ。全く平和ボケしてやがらぁ)
三島も、荒んだ世相だからこそ癒される映像を見たいという国民の願望は理解できる。
だが、それを軍人に求めるのは間違ってると思う。
「あの、小官たちは公僕なんで広報にも協力させていただきやすがね。どうか、異世界の友軍の方々に失礼するのは勘弁してもらえやせんかね」
「かまへんかまへん。ルイン様からも地球人に対するイメージアップ戦略には協力するように言われとるさかい。こんな感じでええかー?」
ガギンは水かきのついた手を振ると、シンクロナイズドスイミングばりの機敏さで潜ったり泳いだりして見せる。
「ありがとうございます! それで、できればもう一つお願いしたいことがあるのですが……」
インタビュアーが声色だけ申し訳なさそうに言葉尻を濁す。
「なんでっしゃろ?」
ガギンは小首を傾げる。
「その、ガギンさんたちの種族は海の生き物と会話できると伺いました。もし本当なら、そのシーンを撮らせて頂けると大変ありがたいのですか」
「できるでー。ほな、斥候に協力してくれとるイルカちゃんでも連れてきたろか?」
ガギンは嫌な顔一つせず、鷹揚に呟く。
さすがに一軍を率いるだけであって、器が大きい。
「イルカ! 素晴らしいですね。ぜひお願いします!」
インタビューアーが顔に喜色を浮かべ、カメラマンがレンズを水平線へと向けた。
「ちょっと待ちいやー」
ガギンはバタフライで沖へ泳いでいく。
「おお、あれ絶対撮り逃すなよ!」
インタビュアーが興奮気味に海を指さす。
ザザザザ、ザザザザザザザ。
ガギンはやがてイルカの背に乗って戻ってきた。
彼本人が目立ちたがり屋な訳ではなく、テレビマンたちに忖度した結果だろう。
「キュキュ、キュキュキュキュー、キュキュキュキュキュー、キュキュキュー」
「ははは! ほんまか? そらけっさくやな!」
イルカがかわいらしい鳴き声を上げ、ガギンがエラを震わせて笑う。
「本当にイルカと意思疎通できるんですね! 素晴らしい! それで、どんなイルカさんはどんなお話を?」
「まあ、見ての通り、笑い話でんな」
ガギンは言葉を濁す。
「具体的には?」
「……『オレっちこないだマブいスケを見つけてナンパしたんだけど、おもくそ振られちゃってさ。しゃーねえから。シャコガイでマスでも掻こうかって、チンコを突っ込んだんだよ。そしたら、なんと、ガッチリナニがハマってとれなくなっちまったんだわ! そんで最終的に何とかラッコに頼んで砕いてもらって助かったんだけど、あれはマジビビったー』や」
ガギンがイルカの声真似して一息で言い切る。
笑い話という触れ込みなのに、気まずい沈黙が場を支配する。
「あ、あの、本当にそう言ってます?」
「嘘ついてワイに何の得がありますねん」
「キュキュキュキュ、キュキュキュ、キュキュ」
イルカが不安そうに左見右見する。
「『あれ、オレっち滑っちゃった感じ? 人間でもイルカでも誰でも、下ネタが嫌いな奴はいないと思ったんだけどなー』って言うとります」
確かに、下ネタは国境を越えた異文化コミュニケーションの手段である。
三島はなんだかんだでアップデートされた男なので職場ではセクハラにならないように気を遣っているが、居酒屋ではガンガン下ネタも嗜む。
「あの、お子様も見る時間帯に流す映像なので、もうちょっとマイルドな会話をお願いできませんか?」
「だそうや。そういうことで、すまんが、飴ちゃんみたいに甘いやつで頼めるか?」
「キュキュキュ、キュキュ、キュキュキュキュキュ?」
イルカがつぶらな瞳でカメラマンを見つめる。
「『イルカが好きなお魚ランキングとかでおけまる?』と言うとりますけど、どないでっか?」
「ランキング! そう! そういうのでお願いします」
インタビュアーが手を叩く。
やがて、イルカのショーサービス付きランキング発表という、大好物の映像を撮り終えると、テレビクルーは満足して帰って行った。
「……ワイらはこれから命を張りに行くっちゅうのに、暢気な兄ちゃんたちでおまんな」
ガギンがあきれ顔で呟く。
「同じ日本人が迷惑おかけやした。まあ、気を取り直して、仕事を成功させて一杯やりましょうや。千葉の辺りに良い釣り堀居酒屋がありやしてね」
三島はエアお猪口を口に持っていく仕草をして言う。
「それはええな! 地球の魚は味が濃くて美味いさかい。楽しみにしてまっさ。――ほな、あんじょうよしなに」
ガギンは尾を海面に叩きつけて跳び上がり、三島に一礼してから仲間の下に戻っていく。
(まあ、これでも大将が経験してきた理不尽よかマシか。色々気に食わねえこともあるが、やるしかねえや)
三島はイルカ以上にマスコミのおもちゃにされてきた上司の苦労を想い、制服の襟を正した。
===============あとがき==============
皆様、拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。
おっさんも半魚人も頑張っているみたいです。
そろそろ作品に一区切りつきそうな段階に入ってきましたので、もし拙作のラストスパートを応援してくださるという心優しい方々がいらっしゃいましたら、★やお気に入り登録などの形で応援して頂けますと、大変励みになります。
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