第32話 宮殿

 外遊先への入国手続きを終えた光二は、早速、現地の王族との会談に臨んだ。


 場所は相手の豪邸――を通り越して宮殿。


 と言っても、日本人が中東と聞いてベタに想像するような、トルコ絨毯もラクダもないが、全体的に金ピカ度が高い内装がらしいといえばらしいだろうか。


 なお、ルインはこの会談には同行していない。


 現在は、向こうがつけてくれた職員の案内で観光でもしている頃だろうか。


 光二的にはルインに外交を丸投げした方が楽ではあるのだが、園田も気にしていた通り、ここはお国柄的に女性が前に出るのが好まれない風潮がある。それに、現状、パルソミアと中東にはお互いに喫緊で交渉すべき材料がない。そういった諸々の事情に鑑みた結果、ルインは今回、会談後の晩餐会で顔つなぎをする程度で十分だと判断したようだった。


 そして、案内されただだっ広い応接室。


「ようこそいらっしゃいました。サルマン・ビン・ハキームと申します」


 頭巾に白くて長い服――アラブの伝統衣装に身を包んだ青年がそう言って礼をする。


「光二大山と申します」


 光二は礼を返し、サルマン王子と右手で握手を交わした。


「どうぞ。お座りください」


「失礼します」


 フカフカの椅子に腰かける。


 大理石のテーブルの上では、アラビア紋様のコーヒーカップが湯気を立て、茶請けのデーツが小皿の上で食べられる時を待っている。


「日本の英雄とお会いできて光栄です。まるでアニメの主人公のようなご活躍を拝見し、恥ずかしながら年端も行かぬ少年のように興奮してしまいました」


 サルマン王子は言葉とは裏腹に冷静な調子で言う。


「恐縮です。サルマン王子はアニメがお好きですか?」


「ええ。個人的にも好きですし、国としてもこれからの成長産業として、エンタメ産業へ投資していきたいと考えています」


 サルマン王子はそう言って頷く。


「なるほど。これは手強いライバルになりそうだ。我が国は、IT技術に関しては他国の後塵を拝しているので、AIも含めた技術革新についていけるよう、投資と法整備に力を入れなくては、すぐに貴国に置いていかれてしまいますね」


 光二は鼻の頭を掻いた。


「めっそうもありません。我が国のエンタメ産業はまだ芽が出るかどうかといった段階ですから。さすが日本の方は謙虚で勤勉ですね」


「いえいえ、ただの事実を申し上げたまでです。――しかし、今の時代は、エンタメにしろ、ITにしろ、どんな産業も、なんといっても電力がなければ始まりませんね。昔のように、手書きのセルでアニメを作ったり、ソロバンで計算をしていたりした時代には戻れませんから」


 光二は頃合いを見計らって本題を切り出す。


「そうですね。エイリアンアタックの危険性を考えると、原子力発電所の稼働には安全性に疑問符がつく。そうなれば、代替手段としての火力発電。その源の石油の需要はいや増すことでしょう」


「なるほど。しかし、それにしては原油市場の反応は鈍いですね」


 光二はサルマン王子と言葉のジャブを応酬する。


 現在、原油市場は下落気味だ。


 エイリアンの襲撃によって石油の採掘・精製施設が被害を受けて生産量は減少しているので需要が逼迫する――かと思いきや、そうはならなかった。世界中の都市もまたダメージを受けて、現在も石油を大々的に利用できるほど社会が回復していない地域も多く、消費量がガタ落ちしたからである。


 加えて、現在、為替市場は円高である。光二のチートにより、日本は諸外国から世界で一、二位を争う安全な国だと認識され、リスク回避の資産が流入したこと。また、日本は今後、パルソミアとの交流による経済成長も期待されていること。それら様々な条件が重なった結果だ。


 なので、交渉環境としては、輸入する側の日本が有利な状況ではある。


「市場は欲望と幻想の産物であって、必ずしも真実を反映している訳ではありません。黄金は全てを解決する魔法ではないのです。いうなれば、ミダス王の逸話のように」


 王子はアルカイックスマイルを崩すことなく言う。


 現在、円高なのも原油市場が冴えないのも事実だ。


 しかし、エイリアンはまだ根絶された訳ではなく、今後の情勢次第では、そもそも国際金融システム自体がまともに機能しなくなる可能性がある。


 つまり、世紀末救世主風にいうと、いくら札束を持っていても、『こんなもんケツを拭く紙にもなりゃあしねえのによお!』と肩パットのモヒカン賊ニキに罵倒される未来が来ないとは言いかねない。


 王子的にはそういった事情を想起させることで、『ちょっと原油が安いからって買い叩かせたりはしないからな?』とこちらを牽制してきた訳である。


 光二としても、ここで無理な値切り交渉をして、両国の信頼関係を損なおうとは思ってない。


「たしかに、おっしゃることは真理ですね。訳知り顔の投資家が、『相場は未来を織り込む』とうそぶいたところで、所詮、予定は未定です。正確な未来を見通せるのは、神だけでしょう」


「ええ。アッラーの御心は我々人間の浅知恵で推し量れるようなものではありませんから」


「でしたら、ひとまず、不透明な未来――長期的な通商価格の決定に関しては後日、時間をかけて話をまとめることにして、まずは手近な足場を固めてはどうでしょう。ざっくばらんに申し上げます。まずは三年分の石油は確保させてください。その対価は金銭以外のものでお支払いします」


「金銭以外、とは?」


 一瞬、サルマン王子の眼光が鋭さを増す。


「なに。簡単な話ですよ。あなた方にとっての石油のように、我々にも神が与えたもうた恵みがあります。ここは物々交換といきませんか」


 そこで、光二は初めて供されたコーヒーに口をつけた。


 サラリーマン御用達のブラックコーヒーとは全然違う。強めの香辛料の香りが鼻孔をくすぐる。


「――なるほど。そう来ましたか」


 王子は光二の言わんとすることを察したのか、その堀の深い顔にえくぼを浮かべて微笑む。


 食料もなければ石油もないついでに人も足りてない。


 ないない尽くしの日本にも、一つくらいは、他国に売るほど豊富な資源が存在するのだ。


 ……。


 ……。


 ……。


「ありがとうございます。これで日本に胸を張って帰れます」


「こちらこそ。良い取引ができました」


 十分後。


 光二はサルマン王子と、再び固く握手を交わしていた。


(まあ、70点くらいの交渉はできたかな)


 今回はそもそも、イージーモードの交渉ではあった。


 俗に外交が下手くそと言われる日本ではあるが、さすがに石油がなくなったらヤバイことくらいは理解している。なので、中東外交だけは常にガチってきたため、元々日本とこの国の仲は良いのだ。光二が変なことをやらかさなければ、ゲームオーバーにはなり得ない交渉である。


「それでは例の物、なるべく早くお願いします」


「はい。すでに準備はできていますので、そう長くはお待たせしません」


 光二は頷いて、早速スマホを取り出す。


 そして、日本のアレコレを任せている三島に、計画のゴーサインを出すのだった。


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