第2話 バカ神輿と愉快な仲間たち
一日の仕事を終えた光二が国会議事堂を出る。
光二の左右の脇を、制服を着た男女二人の自衛官が護衛していた。
「総理! 今日もナイスアホっす! むっちゃ笑いました」
近くに人がいなくなったタイミングで、左を固めるショートカットの女自衛官――園田がサムズアップしてくる。その容姿は一言でいうと、リスっぽい。年齢は二十代も半ばのはずだが、その童顔と軽い言動も相まって、だいぶ子供っぽく見える。
彼女は身長も入隊基準の140cmギリギリと低く、陸自の制服を着てなければ、高校生と間違えられてもおかしくない外見をしていた。
「いきなり侮辱かよ。俺総理大臣ぞ?」
光二は鬱屈した国会議事堂を肺から押し出して、大きく欠伸をする。
「……評判は可もなく不可もなくといった感じです」
右の長身痩躯の男自衛官――本郷がぼそりと小声で呟き、首から提げたスマホをタップする。年齢は光二と同じくらい。彼はどこか幽鬼じみた雰囲気で、癖っ毛の前髪は長く、デビュー当時の米津玄師ばりに目が隠れている。基地勤めならば確実に怒られるだろうが、光二は仕事さえしてくれれば特に何も言わない。
『今日もコジコジ』
『敗戦国の末路』
『でも、十年引き篭もってたニートだと考えればすごくね?』
『声が出せてえらい』
『オウムよりはギリ賢い』
『上級国民でイケメンなら、元ヒッキーのFラン大学生でも総理大臣になれるという現実』
『↑ファンタジーだぞ(by 総理)』
自動読み上げソフトの間の抜けた機械音声が、国会中継の配信をミラーリングした動画のコメントを淡々と読み上げる。
「
っていうか、いうほど不可もなくなくない?
まあ、そもそも期待されてないから、低空飛行といったところか。
適当に受け流しつつ、迎えの防弾車に乗り込んだ。
防弾車といっても、よくあるボルボやランクルといった民間の高級車を防弾仕様にしたやつ――つまり、軽装甲車ではない。
タイヤが六つもある、まごうことなきゴリゴリの軍用の重装甲車であった。正式名称は82式指揮通信車――とかなんとか。
定員は八名だが、現在はゆったりと、護衛も含めた四名で運用している。
運転手が一人。
左右を囲むボディガードが二人といった布陣だ。
軍用車の導入にあたっては、『軍靴の足音が聞こえる』とか、『逆に目立って危ないのでは?』とか、『総理が日本の治安を信頼してないのか』との反対の声もあったが光二は全部無視した。
どうせ乗るなら安全な方がいいし、かっこいいからだ。
あいにくと天気は超絶悪天候で、土砂降りの雨がアスファルトを叩いている。
光二は首相公邸には住まないタイプの総理大臣だ。
六十代で病死した父親――元総理大臣の遺産たる都内の不動産をそのまま受け継いで、何も恥じることなくそこに住んでいる。ちなみに母親は光二が物心つく前に父親と離婚しているため、精神的に家族といえるような存在はもはやこの地球上には存在しない。
「大将! 今日の夕飯どうしますかね! ゲフぅ」
運転手の太鼓腹のおっさん――三島がノンアルコールビールを飲み干して、スルメをクチャクチャとかじり始めた。マスクに甘えて無精ひげを生やしっぱなしだし、たまに鼻毛も出ているが、その眼光は鋭い。
彼は自衛隊ではそこそこ偉い階級らしいが、最近は定年後の旅行の行先のことばかり話している。
光二としては、おっさんとはいえ定年にはまだ早い年齢には思えるが、自衛隊は民間と違い、五十代で定年を迎えることも珍しくないらしい。詳しくは知らんけど。
「んー、特に決めてないな。今日は晩餐会も会合もないし」
光二は争点となるような大きな政策テーマに関わることはなかったが、それ以外の細かな所ではあれこれと注文をつけた。
その注文の一つが、「どうせお飾りなのだから、どうしても必要な最低限の会合にしか参加したくない」というものだった。外遊も極力拒否し、外務大臣に丸投げしている。
他の代議士に顔をつないで仲間を増やすのが仕事の政治家としてはあるまじき要求である。
だが、そういった野心のないところが、与党の重鎮に警戒感を与えず、それ故に総理大臣に昇りつめた――というより、白羽の矢が立った。
そんな事情で総理をやっている光二なので、『お前らの言う通りにパンダとピエロを務めてやるから、これくらいのわがままは聞いてくれ』という主張も通るという訳だ。
「ねえねえ、総理。なら、二郎にしましょうよ。この雨なら、きっと空いてるっすよ!」
光二の左隣に座る園田が、窓の外を警戒しながら言う。
「二郎? 先週も行っただろ」
「いや、全然普通ですよ。食った直後は『もう食べねえよこんな豚の餌!』って思うけど、なぜか日に日に食べたくなってきて、週一で通っちゃうのが二郎じゃないですか」
「わからなくもないけど、ああいうラーメン屋だと話しにくい雰囲気だから複数人で行くのは微妙だなー」
「そう言わずに。女だけじゃ入りにくいんすよ」
「そういうの気にするタイプなのか。っていうか、総理の俺と入ったら男とか女とかいう次元を超えて目立つだろ」
光二は自身の肩をマッサージしながら呟く。
セクハラしてきた上官をぶん殴り、証拠をきっちり抑えたうえで、「表沙汰にしない代わりに楽なポストをよこせ」と要求して、配属されてきた女の言葉とは思えない。
「いいんっすよ。総理と行けば注目は全部総理に集まるんっすから。ねえ、曹長も二郎行きたくないっすか?」
「……自分は食事はなんでも。それより、総理、今年のコミケはどうされますか」
後方の席に陣取る本郷は、各種モニタや通信機器をいじりながら、言葉少なに答えた。
この車は指揮ができるタイプなので、防弾機構だけではなく、各種の通信機器もそろっている。
一時期、意識高い政治家の間でプチブームになった、『移動できる会議室』のゴツいバージョンだ。
「あー、そろそろそんな時期か。どうすっかな。ぶっちゃけもうネタ切れなんだよな。総選挙も近いしなー」
光二は本郷を含む何人かと自衛官と共同で、コミケに同人誌を出していた。
といっても、エッチなやつではない。
「あー、あれっすか? 『もし異世界からオークが攻めてきたら我が国はどうすべきか』って、空想科学読本系の研究同人誌」
「ああ、クトゥルフとか、宇宙人とか、メジャーなところは大体やったからな」
今年も新刊を出せば、季節の風物詩のごとく、ニュースは『コミケ常連のオタク総理』としてネタっぽく光二を取り上げ、そして、一週間も経たず忘れさられるだろう。
『アメリカ軍がサンタクロースの追跡を開始』
『宇宙人の存在に備えて、宇宙軍を創設!』
そういった類のほのぼのニュースだ。
一部からはオタク媚びだとか、安っぽい人気取りのパフォーマンスだとか言われたが、当の光二本人にとっては、何の政治的な意図もなく、ただの暇つぶしでしかない。
とはいえ、一議員の時は暇もあったが、さすがに総理となるとどれだけ仕事を回避しようとしても同人誌を作ってるほどの余裕もなくなってきた。
「大将。とりあえず車を出して構いませんかね。警備の奴らに睨まれてるんで」
運転手のおっさんが衛視の方を顎でしゃくる。
「まあ、俺は警察には嫌われてるしな」
光二は頷いて、発進を促した。
SDGSをガン無視した排気ガスを放出し、装甲車が動き出す。
光二は腐っても総理なので警護をつけるのは仕方ないにしろ、気詰まりなのは嫌だった。
なので、たまたま行ったコミケで気の合いそうな自衛官と出会ったので、そいつらを護衛にしようと考えた。
ちょうど数年前に元総理大臣の暗殺事件があったので、警備を強化しようということになり、光二はならいっそのこと警察じゃなくて自衛隊に専門の警護班を作ってくれと要求した。
警察は管轄とかごちゃごちゃうるさかったが、「でも、お前ら守れなかったよね?」ロジハラをかまして黙らせた。
そのせいで警察には嫌われているという訳だ。
「でも、その分、自衛官からは好かれてるからいいじゃないですか。総理のおかげデザートが一品増えたらしいっすよ」
「いうほどか? 二郎に行きたいから媚びてるだろお前」
確かに自衛官の視察に行った時、思ったよりも飯がショボかったので、軍事費の増額の際に飯代の枠の増額をねじ込んだ。
全体からいうと、ほんと微々たる額だが。
世論を納得させるのにも、『もっと人をぶっ殺すための兵器を買いましょう』よりも、『お国のために頑張ってる自衛官におなか一杯食べさせましょう』の案の方が理解が得やすかったということもある。
食べ物の恨みはおそろしいというが、なら、逆に食べ物の恩は親しみを生むものなのか?
「そんなことないっすよ。本気で媚びるならもっとこの自慢のボデーで色仕掛けしてますよ」
園田がセクシーポーズを取るが、興奮するよりはむしろMPを吸い取られそうな不安感を覚えた。
そうやって、勘違いさせるような言動を取るからセクハラを誘発するんじゃないかと思わなくもないが、藪蛇なのでわざわざ口にはしない。
「舐めんなよ。園田ごときじゃ役者不足だ。俺はガチればアナウンサーも余裕なんだが?」
光二は代わりに適当な軽口で返す。
実際、何回か女性記者やアナウンサーからハニトラを仕掛けられたこともある。
だけど、光二が何の情報も持ってないただのお飾りだとバレてからは、すっかり大人しくなった。
「うわひっど。っていうか、総理、ガチでそろそろ結婚しないんっすか? 全然女っけないっすけど、そんなんだから、総理のナマモノのBL本を出されるんすよ。与党議員とのカップリングでも野党議員とのカップリングでも総理総受けっすよ!?」
「お前、それ普通にセクハラ発言だぞ?」
眉を顰める。
実は光二には明確な結婚をしていない理由があるのだが、それを彼女に話す義理はなかった。
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