第184話【閑話】ジェイムス視点
家を出されたアグネスがテルーの家にいると聞き、宮殿の茶会後そのままテルーについて家に行った俺は、驚きで目を丸くした。
そこには、テルーを主として「おかえりなさいませ」と出迎えるアグネスがいたからだ。
「アグネス? お前本当にアグネスなのか?」
あまりの豹変ぶりに肩を掴んで、問い詰める。
アグネスはそれでようやく俺のことに気が付いたようで、「はぁ? なんでジェイムスがいるのよー!」といつも通りの声をあげていた。
あぁ、アグネスだなとほっとする。
テルーが俺と友達になったことやご飯もよく食べに来ると説明すると「お嬢様!?なんでこんな奴と友達に?」と慌てていた。
こんな奴はないだろう。こんな奴は。
そう思って反論すると、アグネスは何かに気が付いたようだ。
まずい! そう思ったが、後の祭り。
「お嬢様、よもやこいつと付き合っているということはありませんよね? もし、そんなことを言われても、ぜぇったいに首を縦に振ってはだめですよ。どうせ伯爵から言われて近づいたに決まっています!」
テルーの手を取って、絶対にダメだと力説しているが、もうそれは断られたあとなんだよ。
テルーも「アグネス、すごいわ。なんでわかったの」なんて返すから、アグネスが調子に乗って、俺の初恋の話までし始めた。
「やっぱり! そんなのわかりますよ。ジェイムスの親はあんなだし、お嬢様の価値はうなぎのぼりだし。それにジェイムスは本当に好きな子には話しかけもできないくせに、私の求婚を断る一途なヘタレなんですから」
この言葉には二重の意味でやられた。
一つは、あの時アグネスとの結婚に頷いていたら、アグネスが路頭に迷うことはなかったんじゃないかという罪悪感だ。
アグネスが俺のことを好きだったわけではない。俺だって他に好きな人がいた。
けれど、友達だったし、俺なら助けられた。
アグネスも俺なら条件がいいと思って結婚してと言ってきたんだろう。
友達だったから言いやすいというのもあったのかもしれない。
学園に入ってからもアグネスは「ジェイムス様すごいー」なんて、昔は言わなかったような媚びた言葉を使っていたけれど、俺は何もしなかった。
でもそれでよかったと思っていたんだ。
俺は好きな人がいるから。
一度だけアグネスに謝られた。
学園に入って数か月たったころだ。
「好きになるってこんな気持ちだったんだね。ジェイムスの好きって気持ちを無視して、私の都合ばっかり押し付けてごめんね」
そう言ったアグネスは結婚だなんだと言い始める前のアグネスに戻ったようで、やっぱりこれでよかったんだと思った。
きっと好きなやつができたのだろうと。
それが、まさか家から出されることになるなんて。
そしてもう一つは……もちろん一途なヘタレという言葉だ。
確かにその通りなのだが、面と向かって言われるときつい。
「アグネス……。もうその辺でやめてくれ」
息も絶え絶えに、話を中断させるとテルーは屈託なく「ジェイムス様が恋愛に奥手なのは意外です」なんて他人事のように言っていた。
テルーはまだ10歳だが、伯爵令嬢で、Sクラス。
政略結婚したい貴族はいっぱいいるだろう。
意外です……じゃないんだよなぁ。お前こそ好きな人がいるなら、今のうちに動かないといつの間にか結婚させられてるぞ。
まぁ、あんな強力な兄がいたら悪いことにはならないだろうけれど。
「お嬢様、お召替えの後少し外してもいいでしょうか。久しぶりなのでジェイムスに聞きたいことがあって」
アグネスがそう切り出すと、テルーも「そうだね。速く着替えちゃおう」と言って二人でさっさと部屋を出て行った。
部屋に残ったのは、この夏からテルーの専属護衛になったというネイトと俺だけだ。
「あの……一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「先ほど伯爵に言われて、付き合ったと言っていましたが、お嬢様は貴族にどう見られているんでしょう」
「少し前までは掘り出し物みたいな感じだ。Sクラスっていうのはそうそうなれるものではないんだ。ライブラリアンで平民ということで、どういう分野で活躍するかは見えなかったが、あのクラスに入れるということは、国にとって有益なはず。とりあえず手に入れておこう。そんな感じだな」
ネイトはまっすぐ俺の目を見る。
目は口程に物を言うというが、本当だな。
続きがあるんだろう? と言わんばかりだ。
「今は隣国の伯爵令嬢というちゃんとした身分があり、テルミス商会も市井で人気があるというだけでなく、宮殿のパーティに呼ばれるほど国にとって有益な商品がある。Sクラスだから第4皇子とは馴染みだろうし、ヴィルフォード公爵家とも親しい。つまり影響力が高いんだよ。誰だってお近づきになりたいんじゃないか。良い奴も悪い奴も」
ネイトがギリギリとこぶしを握る。
「まぁ、兄代わりか知らないがヴィルフォード公爵の弟が大きな盾になってるから、大丈夫だよ」
コンコンとノックの音が鳴り、アグネスが戻ってきた。
ネイトは入れ替わるように、「教えてくれてありがとうございました」と言って部屋を出て行った。
「で、なんだよ」
「お嬢様とアルフレッド様、茶会でどうだった?」
「アグネス、お前もか」
「お嬢様は何とも思ってないみたいなんだけど、あんなネックレスもらったら気になるわよ。ま、でもそれはいいわ」
あのネックレス本当にアルフレッド様からの贈り物だったのか。
そうだろうと思っていたが、そうか。
でも、あんなのもらってなんで何も思わない!?
俺の頭に疑問がいっぱい浮かんだところでアグネスがおずおずと口を開く。
「ねぇ、レスリーと連絡とってる?」
あぁ、こっちが本題だったか。
「とっていた。レスリーが領地に帰ってからは途絶えたけどな」
「まだお嬢様の事、嫌ってるかなぁ」
驚いた。
思った以上にテルーと仲がいいらしい。
「さぁな。俺としては、お前がレスリーとテルーの仲を気にするほど、ここに馴染んでいるのが驚いてる」
「し、仕方ないじゃない! ただの平民の子供としか認識していない時とは違うわ。知っちゃったもの。どんな子なのか、何が好きなのか。知り合いになっちゃったらもう……前の態度をとるなんて無理よ。そ、そ、それにお嬢様はもう伯爵令嬢だし、私の雇用主だしね」
レスリーは昔から俺の後ろをついて歩くような奴だった。
それで自然とアグネスとも知り合いになり、3人でよく遊んだ。
レスリーがテルーに火魔法で攻撃したのは驚いた。
魔力切れだったのか途中で火が消えたが、かなりの大きさだった。
あれは「平民のくせに俺らより上のクラスに行くなんて」といちゃもんつけるにはやりすぎだった。
あいつは何をそこまでテルーに怒っていたのか、今でもわからない。
あの一件でレスリーは退学になったし、そのせいであそこの領地はレスリーの弟が継ぐことになったはずだ。
レスリーは、あの一件で何もかも失ったと言ってもいい。
だからテルーのこともまだ恨んでいてもおかしくない。
まぁでも……今あいつが一番怒っているのはテルーじゃなくて、あの時なにも助けず、口頭注意ですんで、今ものうのうと学園に通っている俺なんだろうな。
だからきっと俺の手紙に返事もないのだろう。
テルーの家から屋敷へ帰る。
アグネスもレスリーも俺の友達だ。
二人とも大事な友達だったはずだ。
なのに……俺は二人が危機の時も何もしなかった。
何かやれることがあったはずなのに。なんでだろうな。
自分さえ良かったら、それでよかったのか。
それって友達と言えるのか。
「一番のくそ野郎は……俺だな」
テルーは成り行きもあっただろうが、アグネスを助け、アグネスの父に怒っていた。
俺も助けられた。
学園でいじめられていた俺に、周りの目も気にせず声をかけてくれた。
アグネスの言葉が蘇る。
「知っちゃったもの。どんな子なのか、何が好きなのか。知り合いになっちゃったらもう……前の態度をとるなんて無理よ」
あぁ、わかるよ。アグネス。
テルーは本当にいい奴だよな
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