第70話

アイリーンの手足は真っ黒でとても冷たい。

息はしているし、握ると少し握り返してくれるが、呼びかけても返事はない。

村の人たちは今ここにいない。

アイリーンがもう長くないと思って、最後の時を邪魔しないようにしてくれてるのだと思う。

でも私は…多分イヴも諦めてない。

イヴは何も言わずアイリーンに回復をかける。

私は部屋にあったすり鉢にアマルゴンの葉を入れ、細かく砕く。

回復を付与しながらだ。

ゴリゴリゴリゴリ…

白くキラキラした粉末ができた。

飲みやすいよう常温の水に粉末を混ぜ、スプーンでアイリーンに飲ます。

こっくん。

よかった…飲んでくれた。

「アイリーン、もう一口飲んで。」

スプーンを口元に運ぶ。こっくん。

もう一口…もう一口…

よし。

適切な素材を摂取したアイリーンにさらに回復をかけてみる。

さて問題はこれで効くのか…

お願い!効いて!

「っ!!!テルー少し体温戻ってきてる!」

「本当だ!助かるかも!

良かった!アイリーン頑張って!」

だけど、下がり続けた体温が少し上がっただけでまだ冷たい。手足の黒さも何も変わらないし、呼びかけても返事はないまま。

「テルー。少し休もう。

このままでは私たちが倒れてしまうわ。

そうしたらアイリーンを助けられる人がいなくなる。

テルーはまだ魔力残ってる?」

「ふう…そうですね。

アイリーンを治しきるほどの魔力はないですが…まだ倒れる程魔力は使ってません。

後数時間回復魔法をかけ続けても大丈夫ではないでしょうか?」

「わかった。

体温が戻った…とは言い難いけど、下げ止まったから1番の危機は脱出したと思う。

私は魔力が今ほとんど残ってないから、今から3時間程休んでくるよ。

その間アイリーンをお願い。

夜は私が寝ずの番するから。

テルーも甘いもの食べて、休み休み回復をかけて。

どちらかが倒れたら、アイリーンは助からない可能性が高い。

今は戦闘の疲れもあるから悪化させないことを考えて!

少しでも異変があったら叩き起こしてちょうだい。」

そう話していたらちょうど昼食が来た。

村の人たちが気を遣って作ってくれたのだ。

正直頭はアイリーンのことでいっぱいで、ご飯のことすっかり忘れてたから助かった。

イヴと2人で昼食をとり、イヴはベッドへ、私は軽くアイリーンに回復をかけ、本を読む。

色々と動転していたし、時間もなかったから思いつきでアマルゴンの葉に回復を付与して飲ませたけれど…

私はライブラリアンだ。

たくさんの本を読めるのが取り柄だ。

今までずっとわからないことは自分で調べてきたじゃないか。

アイリーンの体温が下げ止まっただけで、まだ四肢は黒いままだし、呼びかけても反応がないことが気になっていたのだ。

この方法も間違っているのかもしれない。

どうしたら治せるのか…お願い!ヒントをちょうだい!

まず読んでみたのは、『植物大全』だ。

今まで食用の植物しか調べていなかった。

まずはこのアマルゴンのことを調べよう。

「アマルゴン 

耐寒性があり、主に山地に自生する。

春先には黄色の花を咲かせ、その花弁は茶などに浮かべて飲むこともできる。

根もまた焙煎することで、紅茶よりもさらに香ばしい飲み物となる。

花も根も軽度の利尿作用、解毒効果を持つ。

解毒の効能は葉が一番強く、葉を細かく砕き、煮出した汁を飲むことで、発汗を促し、体内の毒素を排出する効果を持つ。

効能は生よりも乾燥させた葉の方が高いが、高温多湿の場所に保管するとたちまち劣化してしまう。

乾燥後すぐ使わない場合は、遮光性の瓶に入れ、冷暗所で保管するか、都度新鮮なものを使うほうが良い。」

!!!

アマルゴンは解毒効果があったのか…

つまり、命の呪文で回復を付与していたけれど、癒しの呪文で浄化を付与した方がいいのではないだろうか?

結界にいたから勝手に解毒は終わっていると思っていたけれど、結界だって聖魔法。

つまり、付与魔法だ。

私の結界は何も素材を介してない。

今回に関しては近くにあったからというだけで岩に付与したのだ。

ということは、付与魔法の本に書いてあった素材によらず魔力だけで付与した消費魔力の割に効果の薄い結界なのではないだろうか?

だとしたら、強い毒を解毒しきれなかった可能性もある。

よし、やってみよう。

幸いさっき昼ごはんをたべたから、少し魔力が回復してきている。

アマルゴンの葉をまたゴリゴリと潰す。

今度は浄化を付与しながらだ。

またもキラキラした粉ができ、それを煮出す。

発汗を促すって書いてあったから、温かい方がいいのかな?

とは言っても、熱すぎると飲めないだろうから、今はぬるめかな?

ぐつぐつ煮出すこと3分。

それをカップに移し、少し冷めるまで待つ。

「アイリーン。飲んでみて。」

こっくん。

スプーンからひと匙ひと匙飲んでもらい、そのあと身体に浄化をかける。

!!!

魔力が驚くほど減らなかった。

それなのにアイリーンの真っ黒だった手足は少し薄くなった。

よかった!

と思うのも束の間、アイリーンの体が汗ばんできた。

そっか!発汗作用!

このままにしてはまた体が冷えてしまう!

今のアイリーンはこれ以上冷えたらダメなのだ。

タオルで汗を拭いつつ、回復をかけておく。

すると体温も落ち着き、ホッとした。

イヴが帰ってくる。

薄くなった手足を見て、「良かった。あと少しね…」と泣いていた。

イヴに煮出したアマルゴンを託し、今度は私が休憩だ。

戦闘から移動して、度重なる聖魔法の行使で結構疲れていたようだ。

あっという間に眠りに落ちた。

目が覚めると夕食どきだった。

アイリーンの様子を見て、イヴと2人で食事をとる。

黒かった手足はまた少し薄くなっていた。

イヴが何度も回復をかけていたようで、体温も少し上がった気がする。

「だいぶ黒いのがなくなってきたわね。」

「まだ毒素が残っていたんですね。

結界内にいたから解毒はできてると思い込んでました…

気づかなかったら私のせいでアイリーンは…」

「テルー…

違う。ちがうよ。

テルーのせいでは絶対ない。

それをいうなら、私だってもっと早くアイリーンの方に駆けつけられていたらと思っている。

でも、あの場では仕方なかった。

誰のせいでもないのよ…

むしろ今あの場にいるみんなが最善を尽くしたから、即死の毒を受けてもまだアイリーンは生きてるの。

まだアイリーンは生きてるわ。

最善を尽くし続けましょう。

今私たちにできることはそれしかないわ。」

「…はい。」

それから私とイヴはアイリーンの看病に明け暮れた。

夜もイヴが寝ずの番をしてくれたし、私も『植物大全』だけでなく、助けるヒントはないかとあらゆる本を読んだ。

いつのまにかまた本が増えたようで医療関係の本も見つかった。

今読んでいるのは、『魔法薬学』『医師、薬師のための診察の心得』だ。

手当たり次第アイリーンに合致する症状を探している。

翌朝、朝ごはんを持ってきてくれた村の人はアイリーンがまだ生きていること、少しずつ症状が緩和しているのを知り、すごく喜んでくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る