化獣戦記 -凶科学者 あるいは 神に最も近いリベルタン-

星羽昴

第1話 化獣

 装甲車での仮眠から目覚めると、ちょうど西の地平線に太陽が沈んでところだった。

 キーン、と言うモスキート音のような甲高い音が後方から聞こえた。その音はすごいスピードで近づいて来る。そして音が大きくなるに連れて大地も振動する。

 思わず耳を塞いでしゃがみ込むと、巨大な影が頭上を通過する。わたしの長い髪が巻き起こされた風に持ち上げられて、顔に被さってきた。


「フェニックス・・・」


 翼長が3メートルを超える鳥のような生きモノ。左右に翼を広げて飛行しているが、その翼で羽ばたいて揚力を得ている訳じゃない。プラズマを発生させて大気にイオン風を起こして飛んでいるんだ。

 数百年前、この惑星に巨大な隕石が衝突し、世界は崩壊する一歩手前までに混乱した。惑星は地殻変動を過激なまでに活発化させて、地表の地殻プレートは一年にメートル単位で移動しているらしい。場所によっては地図の作成が追いつかない。

 その隕石衝突の爆心地に、あんな生きモノたちが出現した。人類はその生きモノを化獣かじゅうと呼んで、種別ごとに想像上の幻獣の名を与えた。

 フェニックス、ドラゴン、ユニコーン・・・。


「そろそろ出発しよう」


 髪をなおして、わたしは装甲車に乗り込んだ。それからエンジンをかける。

 化獣は決して好戦的ではないが、戦闘状態になってしまえば圧倒的な戦闘力を持つ。数千度のプラズマ火球を浴びせてくる種もある。しかし、夜間はほとんど活動しない。

 だから、化獣の生息地域を移動するのは日没後になる。



 数時間、装甲車を走らせると前方にバラック小屋が見えた。30年くらい前に建てられた軍部の駐屯所で、老朽化が進んでいるが現在も使われている。

 そのバラック小屋に装甲車を横付けして、わたしは車を降りた。

 入口の鍵を開けようとしたが、扉はそのまま開いた。中は照明で明るく照らされている。


朝耶ともか、どこ?」


 ガサゴソと言う感じの音が隣室から聞こえた。数秒の間を空けて、隣室から男性が出てくる。

 郷崎朝耶こうざきともか。一言で言えば『変人』なのだが、一応は『天才的な科学者』でもある。ただし、その天才的な頭脳をもってしても変人さを埋め合わせるには不十分だ。

 化獣を研究するためとは言え、化獣の生息地域に単身で駐屯するなんて自殺行為だ。しかし、それを平然と実践している。


「はぁー」


 彼の姿を見て、思わずため息が漏れた。ワイシャツ、ビジネススラックス、それに何故かループタイ。


「こんな、誰もいない場所に駐屯してて、何でそんなキッチリした服装してるのよ?営業のアルバイトでもあったかしら」


「慣れている服装の方が楽だろう」


 TPOの必要な場所で着崩す変人の話はしばしば聞く。その逆はどうなんだろうか?



 朝耶と会うのは3ヶ月ぶりだろうか。朝耶がこの3ヶ月分の研究データをコピーしている間に、わたしはお湯を沸かしてコーヒーを用意した。


「はい、ブラックでいいんだよね」


「先に渡しておく」


 研究データをコピーした記録媒体を受け取る。


「でも、今回はこれだけじゃないんだよ」


「他に何か必要か?」


「本部からの呼び出しがかかったの。わたしと一緒に本部へ戻るわよ」


 朝耶の視線がわたしの顔に向く。でも、驚いた様子はない。


「着替える必要ないよね。コーヒー飲み終わったらすぐ行こう」


「了解した」



 朝耶を装甲車の助手席に乗せてから、本部への衛星通信を開いてみた。ノイズ音がするだけで、全く繋がらない。

 プラズマを制御する化獣は、その生体活動においても特殊な電磁波を放出している。その電磁波により無線通信やレーダーは干渉を受けて正常に作動しなくなってしまう。


「通信は駄目みたい。近くに化獣がいるのかしら?」


「刺激しなければ問題ない。特に今は夜だから、化獣も動いていないはずだ」


 朝耶の提示する説では、化獣は太陽光を何らかのエネルギーに変換していると言う。太陽の出ていない夜はエネルギー補給できないので自ら活動を制限している可能性が高い。


「それでも、生きているだけで無線通信を駄目にしてくれちゃうのね」


 わたしは、やれやれと言う気持ちで装甲車のエンジンをかけた。

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