第57話 タマ城攻略戦 10 待ちかまえる運命

 遠い記憶だが、明確に思い出せる言葉が、今、頭の中で残酷なほどの痛みと共に響いていた。


「汝は、正義と弱きを守護し……」


 騎士への叙任にあたって口にする「誓いの言葉」は、どこの家でも似たり寄ったり。しかし必ず入る要素が二つある。


 弱者の保護と主への忠誠だ。


 ヒカンも、二十年前にこれを誓って騎士となり、今はハイワット公爵家騎士団長として千人の上に君臨する身だ。


 軍隊である以上、公の命令、いやたとえ私事であったとしても、黒い鳥も「白い」と言わしめるだけの絶対的な権威と権限を持つ。新人の騎士など、目の前に立てば脚が震えるのが当たり前だ。


 自分もかつてそうだった。


 騎士団長という偉大な存在に憧れ、同時に畏怖を抱いた。あまりにも遠すぎる存在で、いつ自分が追いつけるのだろかと、果たして追いつけるのだろうかと怯え、それでも自分を奮い立たせた。「なんとしても、あの背中に追いつきたい」と思った。


「いざ、なってみれば、こんなものか」


 もしも他人が聞けば驕りのように受け止められる言葉だ。人一倍天分に恵まれ、人一倍鍛錬をし、人一倍努力し続けて騎士団長となった。


 その結果が、これだ。

 

 城の全ての女が集められていた。驚くべきことに、隠されている「子」の母親である側妃までも先頭グループにいるのだ。


『このあたりは、さすがにお館様も公平にあろうとしたのだろうか?』


 この作戦を実施する前に出した、あらゆる「代案」がはね除けられた。


 その中の一つには、敵前でヒカンが腹を掻き切って、その騒ぎの中で女性が敵に助けを求める、と言うようなものまで含んでいる。


 しかし、全ての代案は「血の継承を危うくする」というダッキによる拒否の憂き目に遭った。


 確かに、インパクトと言い、相手への混乱の大きさと言い、女性達が受け入れられたあとのコトまでも含めて、自分の案の方が優れているとは言いがたい。


 公妃様の案は「女性の尊厳を無視する」ということ以外は完璧なのだ。


 だからこそ、ヒカンは最後の最後で代案を断念した後で「せめて」という案を願い出た。


 かろうじて、それのみが了承された。


 代わりに、副騎士団長のキッシーは城内の再確認をせよとの厳命で、顔も合わせてない。しかしながら、後事を託すと言う意味で、こっちに出て来ないのは助かった。


『アイツの性格だと、黙ってオレを逝かせてくれないだろうからな』


 ひょっとしたら、そのあたりもご当主様の配慮のなせるワザなのかとも思ったが、今までに見てきた器量からすると、ありえない。


 そんな風に、ご当主様を持ち上げてしまいたくなるのも、死を前にした自分がいささか感傷的になっているのだろうと、気合いを入れ直す。


『思った以上に混乱してないんだな』


 諦めなのだろうか。女たちは粛粛と並び、静かに進んでいる。


『女たちが無事に中に入るまでは城から出せない。となると、攻撃開始は2時間ほど後になるか』


 最後の一人が城壁に消えた直後、全軍による突撃を行うこと。その先頭に自分が立つことは心に決めている。


 己の命で償う


 そんなことは自己満足に過ぎないとは思う。


 しかし、さすがに全軍が突撃している中で女性を陵辱するほどの余裕は生まれないだろうというのがヒカンの「せめてもの」期待だったのだ。


 予定通り、お子達は女装した上で、メイドの子どもたちに紛れ込ませた。事情を言い含めておいた下仕えの女には金を渡し、しかも、どうにか匿ってくれるはずの近場の親族まで指定してある。


 尾根道で不安そうに歩いている女性達のウチ、先頭集団が第一関門をゆっくりと抜けたところで、ヒカンは絶望しながら命じねばならぬ。


「女たちよ、全員、ぬげぇえええ!」


 身体を包んでいた毛布が、次々と落とされていく。


 ヒカンは、噛みしめた唇から血を流しながら、女たちを見まいと空を見上げたのである。


 何とも皮肉なことに、空は、雲一つないおだやかさで、蒼く広がっていた。



・・・・・・・・・・・



 ヒカンが血涙を絞る、30分ほど前のこと。


 カギ城の会議室に緊急の伝令が飛び込んできた。


「緊急! 尾根道に敵。ただし見渡す限り女性のみ。武器を所持していない様子です」


 ガタンと立ち上がったのはロースター鎮正将軍だ。


「まことか」


 それは伝令に向かっての言葉ではない。


 目を見開きながら、言葉は宙に向かっている。


 横に座っていたミュートは「さすが」と小さく吐き出した後、伝令に向かって確認した。


「先頭の女性の様子はどうか?」

「様子ですか? ゆっくりと歩いて来ております。攻撃の気配なしです」

「違う。あ~ 服だ。女性達の服はどうなっている?」

「服、でありますか?」


 まさか、戦場において「女性の服装」を聞かれるとは思わなかった。戸惑いが隠せないが、しかしさすがに優秀な伝令である。


「寒さを防ぐためか先頭の女性集団は毛布のようなものを被っていました」


 それを聞くと、ミュートは伝令に城壁の全中隊長を集めよと命じたのである。


「半分は私の勝ちにしていただいてもいいかもしれませんね」


 伝令の背中が消えた直後に、ロースターに向かって胸を張る。


「いやはや。ガバイヤが勝てぬワケです。まさに神がかりの予想ですな」

 

 ロースターの言葉は、100パーセント本音だ。ここまで戦の帰趨を読みきる相手に勝てるわけがない。


「いやいや。毛布を落とした時に、私の勝ちが決まりますんでね。とはいえ、皇帝陛下のご慧眼に及ばないって点では、同じですけどね」


 ミュートが混ぜっかえした。


 あの時、皇帝は苦笑して言った。


「まさか、そこまでヒドいことはしないだろう」


 それをミュートが「では、私の読みが当たりましたらご褒美を頂戴したく」と軽口のように語った。


 それは、この地で「年賀の儀」を執り行うために皇帝陛下がこの地に到着したその日の会議だ。


 皇帝は予測してみせた。


「この城を抜けないと分かったら最後は女性達を集めてくるよ。狙いは血筋を落とすこと。そのために、おそらく女の子のフリをさせて何人か、まだ小さい子を紛れ込ませるはずさ」


 そこからの「予測」を一同は驚愕の思いで聞いていた。


「しかも、ムスフス達を先に派遣しているなんて」


 年末、ムスフス達は「皇帝密命」によって動いていたのは事後承諾だった。その時に初めて、ピーコック隊が勇んで出かけた理由を理解したのだ。


 まさか、ここまで読み通りとなるとはと、ロースターは驚嘆すると同時に、畏怖すら覚えるほど。


『遠き帷幕の中から勝利を決するのが英雄のやり方というワケか。これが大陸を統一する男の頭脳ということか』


 もしも、この後、女性達が毛布を落としたとしたら、辛うじてミュートは「一矢報いた」という程度のこと。


 この事態の真の決着は、恐らく皇帝陛下の予想通りになる気がした。


 ため息をつきつつも、ロースターにはやるべきことが山のようにできてしまった。


「せめて、この後に来る突撃を綺麗に屠ってみせるのが臣下の務めであるな」


 すでにかくある事態は予測済み。ということは訓練も十分に済んでいた。


 集まってきた中隊長に向かって指示すべきことは明白であり、その指示に一切の迷いなどなかったのである。



 ・・・・・・・・・・・


 

 戻れば切る。

 脱がねばお前の家族ごと切る。

 

 言い含められていた女性達は、一斉に一糸まとわぬ姿となった。


 この世の終わりかと思う羞恥に目がくらみそうになった次の瞬間、尾根筋を吹き上げてくる寒風に、思わず悲鳴を上げてしまった。


「さむい!」

「死ぬぅう!」

   

 1月の尾根道で裸になれば、寒いと言うよりも、命に関わるレベルで凍えるのは当然であった。


 女たちは言い含められていなかったとしても、きっと同じ行動を取ったであろう。


 戻れぬ以上、敵に「慈悲」を求めるしかないのだ。実際、下で泣きわめく手はずも整っていた。


 しかし、女たちが壁にたどり着いてみれば、憐れみを乞う以前にハシゴが降りていたのには驚いた。


「上がっておいで。大丈夫、男達は、ここにいさせないよ」

 

 あろうことか、ガバイヤの王宮で見かけたことのある女官達が、壁の上から声をかけてきた。どうやら、迎え入れようとしているのだろう。


 女たちがハシゴに届く寸前、騎士の格好をした人間が十人ほどが、ハシゴを猛烈な勢いで駆け下りてきた。


「大丈夫。あたしら、アンタ達の迎え役だ。ここには男はいない。安心しな」


 ゴールズ直属の女騎士達だった。女を補助して、次々に登らせている。


 騎士の身なりをしているのを安心させるためであろう。頻りに「安心しな。上には王宮メイド達が待ってる」と声を上げたのは、自分達が女であることを訴えようとしたからだろう。


 待っているはずの辱めなどなかった。


 どういうことか男の兵士も見当たらない。女たちが効率よく迎え入れ、裸の女には一揃いの上下を渡してくる。


 触れたことがないほど滑らかで、柔らかな、それでいて光沢のある生地でできた不思議な服が与えられた。


 全てがえんじ色で、体側に2本の白線が入っている服だ。


 一瞬「囚人服」かとも思ったが、伸縮性のある見事なしなやかさと、動きやすさを感じさせる服だ。


 これは、誰にも知られてないが、かつて中学校で作られた「スクールジャージ」の不良品である。糸の染色が悪かったのだろう。一年と経たずに太陽光で退色するため、不良品として、全員分のジャージが新品に取り替えられたのだ。


 当然、当時着用していたスクールジャージも、在庫品も、そこで全てはゴミになった。


 忘れもしないショウの中学生時代の記憶が、このジャージを出させたのであった。


 この世界では二つとない素材だけに、一度着てもらえば、明確に区別が付く上に、動きやすく、着やすいという長所がうってつけであったのだ。


 女性達に着せる指示のまとめ役をするのは、二人の皇后自らである。なお、皇后の個人護衛は今回に限ってアテナが務めたのは「裸の女性」と接するという条件のためだった。


 もちろん、会議室で待つショウの横にはカイがピタリと付き従っているからこそ、アテナも引き受けたのであるが。


 ともかく「ジャージへの着替え」は、いみじくも皇帝の妻達によって滞りなく進行し、次々と大広間へと送られたのである。大広間には、もう一人の妻も待っている手はずだ。


 指示役の女騎士は、大声で指示を出し続ける。


「それを着たら、さっさと向こうの建物に入って! そこで温かいスープを飲んでもらうよ。ヒドい目に遭ったねぇ。寒かっただろう。もう大丈夫だからね」


 脱出できぬはずの城から、あっさりと敵の城に迎え入れられた女たちは、ホッとしてしまったのだろう。


 あっちこちで、号泣しながら、足は止まらなかったのであった。


 女たちの収容には1時間以上もかかった。


 裸の女たちを収容した後は、全ての壁に男達が用心深く備えていたことに気付く者は少なかったのである。


 そして「本当の新年の儀」が行われた大広間には、女たちが分かれて列を作り、一人ずつスープを与えられた。


 籠城のためロクな食べ物はなかった。それ以上に「温かい」は、冷え切った体には何よりもご馳走だった。


 身体を中から温めて、女たちはゆっくりと別の建物へと案内されたのであった。


 スープに並ぶ女たちの姿をひな壇からじっと見つめていたのは皇帝の「妻」であった。 


 アテナからくれぐれも言い含められているショウも、今回は、大人しく会議室で座っているだけに、ここの役目は重要だ。


 後ろには迦楼羅隊のツェーンを始めとしたメンバーが控えている。


 その一方で会議室ではショウが声を上げていた。


「さあて、大広間の方はお任せで良いとして」


 妻への信頼は厚いのだ。


「いよいよ、次の局面が問題だよね」


 ミュートは、そのつぶやきに応えるため、伝令に「もう一度確かめてこい」と命じたのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 長かったタマ城攻略戦も、あと1回を残すのみとなりました。女性達を使う作戦は、どうやら読み取っていた様子。ミュート君の小さな勝利。

 でも、それだけではない感じですね。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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