第31話 貴族家への通達

「優先順位を間違えたらダメですよ」


 皇帝が、くれぐれもと念を押した。


 ロースター総督は「鎮正ちんせい将軍」の宣下式を受けた後での会議室だ。


 本来、サスティナブル帝国には「将軍」に名前を付ける習慣はない。しかしながら、今後、ガバイヤ占領地で何かと文章を出すロースターの立ち位置を示すには好都合ということでの措置だ。


 この地域での混乱を鎮め、正しいあり方にするという意味が込められていた。


 同時に、ロースターには「旧ガバイヤ貴族家に対する」という限定は付いているが、全面的な指揮命令権インペラトルが付与されていると宣言されていた。


 これは、ロースターに対しての信頼を内外へ示すものであると同時に、征服戦の効率化に必要なものである。一方で、この地の貴族家の力関係を熟知したロースターが万が一裏切れば、全面的な反攻を可能にさせる諸刃の剣ではあった。


 ベイクは最後まで「ためらい」を表明したが、ショウが押し切る形で実行した施策の一つであった。


 裏切りの危険は大きいが、成功すればガバイヤ占領地の征服戦は2年で落ち着くからだ。そしてロースターの能力と人柄を見こんでのことでもある。


 民の窮状を目にした地方領主としての経験はロースターをして「何を優先すべきか」を過たぬと期待できるというのがショウの考えなのである。

 

 したがって、わかりきっていることであっても、念を押すという形式を必要としていた。


「ご心配いりません。皇帝陛下のおっしゃった、民の救済を優先いたします」

「結構です。それが、結果的に征服行を容易にさせることにもなりましょう」

「そのお言葉を疑えるほど、現実に疎くはなれませんので」


 やわらかな笑みを浮かべつつも、その目には深い決意のヒカリが浮かんでいる。それは嬉しさではなかった。


 一侯爵家当主の立場から、権限としては国王並みの立場である。しかし、その権限は絶望的なほどに困窮した人々を救うためにこそ使われるのであると言う現実があるのだ。


 同時に、表立って言われることはないかもしれないが、将来にわたって「売国奴」の汚名がつきまとう可能性があることを知ってのことでもあった。


 しかし、なすべき事をなすに、ためらいも迷いも一切ない。


 ショウ皇帝と渾然一体となった占領政策は着々と進められたのである。


 ガバイヤ王国改め「ガバイヤ占領地」にて、最初に出した指令は、各貴族家に対しての「領民への非常食を取りに来るように」との指示だ。といっても、その書簡が届けられなかった家もある。例の赤いカプセルが置かれた家だ。


 後は、金貨、銀貨、銅貨のそれぞれが置かれた家に内容が全く等しい書簡が届いていた。


 異例のことである。


 普通であれば、各家の「重さ」に応じて書簡の紙から、運ぶ騎士の衣装に至るまで配慮されるのだ。しかし、ここはあえて同じものにしてある。


 なぜなら、それは「降伏を受け入れると意思表示をせよ」という貴族的な勧告であるからだ。


 援助食糧の受け取りには、各家の当主と嫡男が揃ってカイを訪れるようにと指定されてもいた。


 この場合「暗殺」を恐れるのは当然である。しかし、占領軍に対しての恭順を示すチャンスを与えられたと受け止めることもできる。


 どちらを強く受け止めるのかは、本人次第。


 そして何よりも「食料を渡す」と宣言している点を、各貴族家がどう判断するかを見極めるためでもある。


 自分の命と民の命を天秤に乗せられるのか? と問うているのである。


 予想通り「金貨を置いた家」の全てが圧倒的な速さでやってきた。指定してないにもかかわらず、当主の妻と娘も一緒であるケースがほとんどである。彼らが最初にして唯一欲したのが「食糧をお願いしたい」というだけ。


 まるで再現フィルムのように繰り返されるのは「全てをお渡しする。民の命をつないでいただきたい」と当主と嫡男が頭を下げる姿だった。


 いち早くやってきた彼らに対して、ショウは自ら引見して「爵位はともかくとして家の存続と身の安全を保証する」と宣言した。


 彼らは望外の喜びとして口々に礼を言い、家伝の秘宝を渡そうとしてきたが、それらは全て返却された。まれに、城の全図を持ってきたものがいたが、それだけは「いずれ全ての家から受け取るので」と受け取った。


 それだけだった。


「大事なのは民の救済である」


 そのためには私兵の解散すら求めない。代わりに、持っているマンパワーを食糧輸送に振り分けることを求めたのである。


 また、彼らは妻子を「王城」に留めておくことを申し出ているが却下した。もしも受け入れてしまうと「貴族家から人質を取った」と受け止められかねないと危惧したからである。


 しかし、明確に却下したはずであったのに計算外が生じてしまった。伯爵家以上の者達はタウンハウスのような住居をカイに持っているのが普通だという事実を見落としたのだ。


 これはサスティナブル王国での慣習から考えても当然予想すべきことだった。


 彼ら「金貨の貴族家」は恭順の姿勢を示すためにとタウンハウスに妻子を置いたまま、当主が食糧輸送に従事してしまったのである。


 珍しいミステイクだったと言えよう。


 最低限の護衛だけで彼らの妻子がカイに残されてしまったのは、まさに計算外であった。


 なにしろ「万が一の事態」が生じれば、恭順を示した家からの恨みを買いかねないのだ。あらゆる事件事故を防ぐために、警備負担が重くなってしまったのも余計な仕事だった。


 しかも、占領地での様々な思惑があることを考えると、それらの警備を元ガバイヤ兵に任せることは難しいのだ。


 最終的に、警備任務に慣れているという点を考慮して元近衛騎士団で構成された獅子大隊に任せることにした。そして、続々と警備対象の家が増えていくという現実を踏まえて、最終的には獅子大隊がガバイヤ兵をコントロールして担当することになったのである。


 銀貨の家は、一歩遅れて来たが、おおむね予想通りで順調であった。こちらは、ショウが顔だけを見せて「卿らの今後の行いで、こちらも対応を考える。民を慈しめ」という指示だけをした。


 具体的な取り決めや交渉はロースター鎮正将軍が個別に行うことになった。こちらも、おおむね「爵位の保証はしないが家の存続を認める」というラインで言質を与えた。


 代わりに、当主か嫡男による「征伐行」への参加を割り当てたのだ。ただし、従来の参戦義務とは中身が違う。現在の食糧困難の状況を鑑みて「兵糧は帝国持ち」であることは伝えてある。


 つまりは、反対する貴族に戦争を仕掛けるから兵だけは出せということだ。


 このあたりに対する温度差は家ごとに極めて大きかったが、それらの反応や言葉は逐一書き取られてショウ達に報告されている。


 なお「金貨の貴族家」の行動に倣い、彼らも自らの意志で妻子をカイに置いていってしまったのは、ここまでくると、もはや諦めの境地というもの。


 そして、銅貨を置いた家がやって来ると「一家の命は保証する」という言質だけを与えた。ここには敢えてショウは顔を見せず、ロースター鎮正将軍が宣言し、実務レベルの交渉事は参謀部の仕事にした。


 大雑把に言えば帝国側が三通りの対応を見せたことについて(書簡を送らなかった家を合わせると四通りになるが)、ちゃんとした家であればすぐに気付いた。もちろん、家の存亡がかかっている以上、互いの家の関係を使っての情報交換は凄まじいものがあったはずだ。


 あっと言う間に、主立った貴族家の妻子がカイに集合する形になってしまったが、占領された側の保身のためには当然の選択であっただろう。


・・・・・・・・・・・・


 鎮正将軍の仕事は、圧倒的な速さで進められた。


 帝国側は、それぞれの家に対して緊急援助食糧を渡し終わった8月10日をもって、王城においての「開国舞踏会」の開催を通告したのである。


 舞踏会は10月1日に実施されることになった。


 帝国からの招待は伯爵家以上の家格に対して、ご当主夫妻を指名した。合わせて「嫡男と他一名の帯同を許可する」という一文が入っている。


 つまり「息子に婚約者がいるなら連れてきても」である。


 1年ぶりの華やかで、しかも、これ以上にないほどの絶望的な夜会がここに決まったのであった。


 そして、夜会の開催を告げる手紙には、ガバイヤ占領地での近況が添えられていたのであった。


「ルビコン伯爵家を討伐した」


 という端的な言葉である。


 書かれていないが、周辺貴族家の私兵・騎士団をロースター鎮正将軍の指揮で果たされた征伐行の最初である。


 それは、カイから一番近い「赤いカプセル」を置かれた貴族家であった。


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作者より

 今現在は、ゴールズの傷も癒えてないことと、討伐行はなるべくゴールズ無しでもできるようにしたいという試みでした。そのためゴールズが「従」の形で初回が行われています。

 最初に滅ぼした伯爵家の名前は、もちろん「あれ」をふまえています。

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