第27話 この先生きのこるには
シャオちゃんは、先ほどと違うドレスに速着替えして現れた。
なぜか、
使用人と言えども娘の「このドレス姿」を、どうやら見せたくなかったのだろう。ショウとしては、この差配を誰がしたのかは気になるところではある。
「我が家には、これと言って自慢できるものはないのですが、このお庭だけは領民達も手伝ってくれたお陰で、いろいろな種類が植えられているのです」
微妙な言い回しを少しだけ気にしながら、ドレス姿のシャオちゃんに歩調を合わせてゆっくりと歩いている。
目に映る花を一つ一つ、説明してくれる声が柔らかい。
「確かに綺麗ですね」
「先ほどいただいたフレグランスと同じ種類のバラも、あちらに」
ドレスを着替えるときに、早速、つけてくれたらしいのは、すぐに分かったよ。
「なるほど。バラから抽出したのは知っていましたが、あぁ言う花なんですね」
いくらなんでもバラくらいは知っているけど、それもまあ、芸のウチだよ。
「ええ。バラは美しいし香りも良いです。私も大好きなんです。でも、まさかバラの香りを身にまとえるなんて思ってもみませんでした」
思った以上に好評らしい。この笑顔だけは本物だと思える。
なるほど。自慢するだけの庭園である。
「こちらの花はポーチュラカです。今年は、外花壇にもたくさん植えたのですけど、今は、もう、ここにあるだけになりました」
すぐ横の花壇にある花を可憐な指で指している。
さっき、ショウは「自分は花に詳しくないので」と言ったからだろう。目に映る花を次々と教えてくれるシャオちゃんである。
「他のは枯れちゃった?」
「いえ。この葉も根も食べられるので。お城でも食べています。けっこう美味しくて、みなにも評判が良いみたいです」
ちょっと、恥ずかしそうに言った。
「あ~ なるほど」
まさかの食用だったとは……
「このあたりは、雑草に見えるかも知れませんけど、カモミールと言います」
あ、知ってるぞ。確かハーブの一種だ。
「小さなお花ですけど、とってもお花の形が可愛いし。香りも好きなんです。落ち着くって言うか」
あ、これ、ハーブティーかなんかにしてるってことだね。
「こっちの、星形をした紫のお花はボリジって言います。あんまり、知られてないんですけど、私は好きなんです」
なんか、これもハーブっぽくないか?
「こっちは、まだこれからですね。マリーゴールドです。このままだとちょっと苦いから、湯がくとけっこう美味しいです」
「え? 花が食べられるの?」
「あっ、はい。お好みにもよりますけど、私は美味しいと思います」
「へぇ~」
確かに、前世でも「
オレの驚きに気付かず、目を輝かせて説明を続けるシャオちゃん。
「えっと、こっちがインパチェンスです。咲いているのが結構長いお花なんです。ずっと綺麗だし、ちょっと甘みがあります」
どうやら、このあたりに植えてある花は、食べられるものが多いらしい。
それにしても、自然に楽しそうな口調になってくれるのが嬉しくてショウも「あっちは?」「これは?」と尋ねてしまう。
ふと気になった。
「あれは?」
微妙に地味な花壇が遠くに見えた。咲いている花が、と言うよりも、まとう雰囲気が何となく周りと違うのである。
「あ、あれは、シャクヤクと申します」
「結構大輪の花みたいだけど、他の花と違うの?」
「シャクヤクは、花も美しいのですが、煎じるとお薬になるんです」
「え? 薬になる? どんな薬になるんですか?」
「傷が痛むとか、傷口からの血を止めたいとか、それに身体に腫れがある時にも使う…… みたいです」
「ん?」
微妙な空気が出てしまった。明らかに、シャオちゃんは口をつぐんだ感があった。
何となく、聞いちゃいけなかったのかなと思って、ショウも一瞬黙り込んでしまった。
「あ、そう言えば、そのドレス、可愛いですね」
こういう時は、なんでも良いから誉めろ。昔、公爵令嬢とのデートで狼狽えまくったショウに、
しかし、自分で言っておきながらも『でも、このドレスは微妙かな?』とも思ってしまう。
確かに美しい。しかし妙にデコルテの肌を露出してあって、胸の膨らみを強調したデザインのため、清楚な雰囲気のシャオちゃんに似合わない気がしたのだ。
『これだと侍従達を下げるのも分かるか。誘惑ドレスって扱いなんだろうなぁ』
可憐な美少女が見せるスラリとした胸元は男性の目を引く力があるのだと、認めざるを得ないショウである。
それにしてもなぁ~
さっきから、そんな言葉が何度も頭の中に浮かんでいた。
実はショウから振る話題に困り始めていた。
お花以外の話題でも、シャオちゃんは笑顔満面で、詩に音楽、そして美術について。サスティナブル帝国の歴史に沿った知識は、とてもすばらしいとは思う。
「……それに、サスティナブル帝国の詩人も大好きですわ」
「はぁ」
「あら? 信じていただけませんか? それなら、大好きなハインリッヒ様の『歌の翼』でも、歌ってお見せしようかしら?」
腕をキュッとつかんだまま、いかにもな可愛らしい笑顔を浮かべたシャオちゃんは、歩きながらソプラノの声で歌いはじめた。
「歌の翼よ
愛しい人、私はあなたを運ぶ。
エルデ川の瀬のかなたへ
そこは美しいところなのと
私は知っているの」
見事な歌声だった。しかも「サスティナブル王国」で歌われているとおりの発音だ。ここまでするには相当に練習をしたに違いない。それに、音程も確かなものに思えた。
美しい花が咲き乱れる庭先を歩きながらの、束の間の、コンサート。
美貌も歌声も、そんじょそこらの劇場に出てくるレベルをはるかに凌駕していた。
『前世のカラオケでも恥をかきまくったオレと大違いだよなぁ』
好きな女の子の前で音を外しまくって、二度と立ち上がれなくなったのが文化祭の打ち上げでカラオケに行ったときのこと。
もう、女の子の名前を思い出せないけれども、あまりにヒドい外しっぷりのせいで、座がしらーとなってしまったことだけは鮮明に思い出せてしまうのが哀しい。
あれ以来、カラオケには行かれなくなった。まあ、誘われないけどね。
「あのぉ、詩はお嫌いでしたか? すみません」
シャオちゃんが、申し訳なさそうに謝ってくる。
「いえいえ。見事な歌声に、ついつい、聞き惚れてしまったんですよ。本当に綺麗な歌声だ。美女は、声まで綺麗なんだなぁって感心していたんですよ」
「あぁん、もう。ショウ様ったら。お上手なんですからぁ」
ポッと頬を染めるふりをして、華奢な手で押さえてみせる動きは、当然、つかんでいるオレの腕を身体に引き寄せる形になる。
ポニュ
うん、この感触。間違いない。
オレが身体を硬くすると「あぁん」と妙な声まで出して、クナクナと身体を振って、さらに押しつけてきた。
全然、似合ってない声に、ドン引きしてしまいそうだよ!
ぽにゅ、ぽにゅ
間違いない。
マジっすか? すげぇ~サイズだよね。
ついつい、自分にセリフを書き込みたくなるショウだ。
『これ、ヤバ過ぎ。嫁達がいなかったら、完全トラップだったわ』
なにしろ、ショウの身近に「人財」は豊富だ。
ヴォリュームのバネッサに、サイズと形のメロディー、どこまでも埋まってしまいそうなミネルバもすごいし、ミィルの弾力はスゴいなんて言葉じゃ表せないほど。しかも第一夫人のメリッサは、形もサイズも手応えもすごくって、ついでに反応まで断トツなんだ。
『あ、えっとクリスは、あの、そのぉ、これからだし、ニアは枠が違うから大丈夫だよ!』
ついつい、誰に言い訳しているのか分からなくなるショウである。
「あの、ショウ様?」
「あ、う、うん、ゴメンね。ちょっと考えごとをしちゃってさ」
シャオちゃんに抱えられた腕を微妙に動かしてみせると、さすがに伝わったのだろう。今度は本格的に真っ赤になってしまった。
なるほど。やっぱり、相当に「分厚い」らしい。それでも、シャオちゃんは健気に微笑んで見せた。
さっきから、庭を歩きながらの会話だけで、ずっとこんな調子だ。う~ん、これって、ぜったいシャオちゃんは「やらされてる」よね。
そして、さすがに話題が尽きたと思ったのか、左の頬だけで笑って見せたシャオちゃんは、決心したような目でオレを見上げた。
「あのぉ。よろしければ、今日は我が家にお泊まりいただいても? 田舎ですけど、この地にもいろいろ珍しいお話もございますし。私ごときで申し訳ないのですが夜話のご相伴をさせていただきますので」
つまりは「夜伽いたします」宣言というわけだ。
もう、いっか。これ以上は痛々しすぎるもんね。
「あのね、シャオちゃん」
「はい!」
「これをさせているのは、ロースター侯爵なのかな? なんだったら叱るよ? 君が意に沿わないことをさせられて、かなり無理しちゃってることくらい分かるからね」
「え?」
「第一ね。君が一生懸命なのはよく分かるから責めたりはしないけどさ。えっと、聞いていると思うけどオレには妻妃がいて、天然物を知っちゃってるんだよ? それなのに分からないと思う?」
ぱっと身体を引くと同時に、その身を守るかのごとく両腕をクロスさせたシャオちゃんが、見る見る蒼白になっていく。
「申し訳ありません」
深々と頭を下げてきた。
「誰? ロースター侯爵? それともお母上?」
「いえ。これは、私が勝手に判断してございます。どうぞ、お咎めは私だけに」
プルプルと震えている。
『あ~ こりゃ、ご両親では無くて、別な誰かか。彼女にこれだけの影響力のある乳母とか、専属の指示役がいるんだろうな。だって、いくらなんでもシャオちゃんが侍従を下げる指示まで出せるわけないもん』
煽情的なドレスを着せて、男をそそる「分厚いパッド」を装備させ、大胆に押し当てさせる。その上で、夜に誘う。
こういうのを自分で考えられるタイプだとは思わない程度には、オレだって人を見るよ。明らかに彼女は演じさせられていた。
それに、そうやって悪意で誘惑していたら、とっくに斜め後ろのお姉さんがなんかしているはず。さすがに首チョンパは、いきなりしないと思うけど…… しないよね? と、ともかく、この時点でシャオちゃんが横を歩いてないことだけは確かだよ。
だから、シャオちゃん自身に害意が無いのは確かだった。じゃあ、指示役の問題だよね。
「あのさ、オレって結構偉いんだよ?」
「皇帝陛下のお力を疑うことなど、けっしてございません」
「じゃあ、安心してよ。君にそれを指示した人は辞めさせるからね。それは受け入れてもらうよ。だって『家のため』だなんて、どれほど思っても、そういう指示をする人がオレの愛する人の側にいることは許せないからね」
「ショウ様……」
パッチリと見開いた目でオレを見てから、深くお辞儀をしてくれた。
「ところでさ、ひょっとしたら植物のことに詳しいでしょ。それも綺麗なお花のことよりも、その使い道の方に詳しいんじゃないの?」
「え? どうして、それを」
「だって、さっきの食べられる花の説明はまだしも、あのシャクヤクの説明だよ。普通の人は、単純に綺麗だねでお終いだもん、それにさ、あっちの花壇だけ、な~んか不思議だったんだよね。ほら、こっちから向こうにあるやつ」
さっきのシャクヤクのところまで歩いて来てから見回すと、綺麗な花が植えてあるゾーンから、微妙に隠されたゾーンに大量の植物が見えている。
「ホントはこっちが好きなんじゃ無いの?」
「申し訳ありません!」
「あぁ、謝る必要は無いよ。むしろ、そう言うのが好きって聞いて安心したかなぁ」
さっきまでとは一変した「地味な花壇」と畑のような場所へと歩いていた。
斜め後ろのアテナが、軽く向こうに合図を送ったのは、見守るメイド軍団に「予定と違うコースだけど心配するな」ってことを伝えたのだろう。
そして、さっきまでとは一変したシャオちゃんが一気呵成に喋り始めたのは、植えてある植物の「薬効」についてだった。
囲いがしてあって、直射日光が直接届かず、風も来ないようになっている一角もあった。
「ここは、わざと風が当たらないようにしています。この子たちは花は咲かないのですが、とっても貴重な効能を持っているんです」
「へぇ。確かに地味だね」
「使えるのは秋になりますけど、この根の部分が滋養強壮に効くのです」
なんか聞いてみたら、高麗人参ぽい感じがした。
「こういう植物って、シャオちゃんが集めたの?」
「あのぉ、私も協力しましたが、専ら先生が……」
何となく言葉を濁してきた。
「先生っていうのは?」
「小さいときから私に付いてくださった先生が、植物とかキノコにお詳しくて。私も、その先生のお話を聞いて育ってきたら、いつの間にか興味が出てしまったんです」
「ふぅん。先生がねぇ」
「ヘレン先生と申しまして。先生は何とか、ショウ様に植物園をさらに発展させるご助力をと願っているんです」
ショボンとしたシャオちゃんの姿でピンときた。
「ひょっとしたら、その先生がさせたの?」
とっても気まずそうな表情からするとビンゴか。その先生が、こんなドレスを着せて、ハニトラまがいをさせてきたわけか。
「あのぉ、本当は良い方なんです。私のことも大切にしてくださって、とても丁寧に導いてくださるんです。何よりもお花とキノコがお好きなだけで。植物とキノコのことになると目の色が変わってしまうんです」
「オレを巨乳パッドで落として、この植物園を守りたいとか? そんなことしなくても、別にダメなんて言わないのに」
「もっと、いろいろと調べたいとおっしゃっるんです。特に植物やキノコの薬効について調べたいことがたくさんあると。それで彼女は陛下に財政援助を頼みたいと申していました。だから、あのドレスでなんとしても誘惑してほしいと。私も拒めないのが悪いんです」
あぁ……
この先生、きのこると。
メリッサ。
なんか、ここで「人財」をひとり獲得しちゃったかも。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
ひょっとしたら「バラのフレグランス作り」の前振りで、予想された方もいらっしゃったかも。ショウ君の側に来る女性は、やっぱり何かを持っています。
ただ、すみません。シャオちゃんの「キノコ姫」設定は、元からあったのですが、どーしても、このタイトルを付けたくて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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