第26話 あなたをいただきましょう


 歴史的にサスティナブル王国が大国として君臨してきた。しかし、この大陸の東西と南に国が存在して久しいのも事実なのだ。


 敵国となった国が、何かの交渉ごとをするときのマナーを守れないと誤解が生まれかねない。だから、それぞれの国の貴族教育で叩き込まれるのは常識である。


 ショウの前世では「戦争の時であっても、最低限、これは守ること」という国際常識みたいなモノがあった。これを「国際法」と呼んだ。


 どんな理由を付けようと、あらゆる戦争は悲惨で非人道的な行為だが、必要以上に陰惨なものにするのは止めようという、人類の知恵と言っても良い。


 もちろん、それはしばしば破られるのも運命さだめだが、歯止めになっている部分は辛うじて存在しているのである。


 こちらの世界でも同じだ。


 しかも「本国への問合せ」も簡単では無いし、相手の事情やマナーを「ネットで調べる」もできないのがこの世界である。


 お互いのために「常識」を摺り合わせておかないと思わぬ軋轢が生じるのだというのは、各国で共有された教訓なのである。


 だから、ロースター侯爵の邸での顔合わせも、まさしく常識にかなった進行をした。


 ティーサーブも、まずロースター侯爵自身がきちんと毒味してからの提供となる。


 それを、わざわざサスティナブル帝国側でも毒味してみせるのは、まさしくルール通りなのである。


 こういう時に善人ぶって「信じていますから」などとやってしまうと、万が一の事態が起きると修復不能になるからだ。


 サスティナブル帝国側は、メイドを連れてきてないため、最近は常設した形になっている「女性騎士」が代わりの毒味役を務めた。


 もちろん、相手に悪意の働く余地がないのはアテナが落ち着き払っていることでも分かっているが、ルール通りに動くことが必要なのである。


 なお、女性騎士が毒味役を務めるのは完全にショウの趣味であるが、それについては誰も何も言わなかった。言わなかったのである。言わない。言うわけがない。ああ、言わなかっ……


 えええい! しつこい!


 謎のモノローグに心の中で突っ込んだショウは、紅茶を一口飲んで「良いですね」と微笑むところまでが作法なのだ。


 お互いに、形式的な挨拶を応酬した後、いよいよ本題である。


「ロースター殿は、率先して我が国に協力してくださったと聞いています。もちろん、食糧の問題はあったとは思いますが、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」 


 面接試験における「志望理由」みたいなものである。ここで、聞かないのは不自然だが、ショウの小さな嫌がらせは「食糧のことは分かってるけど、それ以外にあるの?」と、相手が言いそうな内容を塞いだことにある。


 就職試験においてもありがちだ。


 できる応募者に採用担当が「確かに我が社はトップシェアを持っていて学生さんに人気なのは分かるけど、あなたは、なんでウチを志望したの?」と聞いているようなモノである。


 当然、ロースター侯爵は、間髪を入れず「ゴールズが占領した街を見てきたからです」とニッコリ。


「ほう?」

 

 笑顔で促すと、ロースターは微笑みながらロマオ領に進行してくるまでに通った小さな街に潜入していたのだとイタズラな笑みで告げた。


「侯爵自らですか?」

「はい。我がロマオの行く末を決めるのなら、私の目でなんとしても確かめるべきだと思ったからです」

「そこで、何を見ました?」

「ひと言でなら驚きだったと申し上げます」

「と言いますと?」

「一切の略奪が見られなかったということです。それどころか、むしろ街の人々に敬意を払っているようにすら見えたのです」

「確かに我が軍は略奪行為も民への危害を加えることも禁止しています」

「略奪を禁止する軍は、今までにも確かにありました。私の騎士団でも禁止しています。けれども、実際のところ見てないところでどこまで守られているかと言えば、恥ずかしながら心許ないモノです」

 

 ちょっと寂しそうな顔で言うセリフには、真実味があった。


 実は、占領戦においてゴールズばかりを重用し、常設された各方面軍を「従」の形でしか使わないのも、このあたりの徹底性の問題があったからだ。


 エレファント大隊を除けば、元々は御三家の騎士団か近衛騎士団出身が大半である。当然ながら、元々のシツケも良い。なによりも隊に対する忠誠心が高いのだ。


 彼らは民から尊敬される地位にある分、一種のノブレスオブリージュが始めから組み込まれている。「民は守るもの」という意識が基本にある分だけ、たとえ敵国の民に対してであっても略奪行為は嫌う傾向にあったのだ。


 そして、敬愛する親分であるショウが大陸制覇を唱えたことで「全ての民は我が国の民となるのだと心得よ」の大号令が浸透してきている。


 だから略奪するどころか、民に乱暴を働くモノは親分に対する裏切りだという意識が徹底されてしまっているのだ。


 全ての民が「守るべき民」だとしたら、戦いさえ終わってしまえば話は早い。街にいる子どもたちを見れば食べ物を分けて上げたくなるし、ヨロヨロとした年寄りを見れば支えてやりたくなるのは、騎士達にとって自然な心なのだ。


 そして、何よりも人間とは現金なものである。


 これまでの経験が生きているのが大きかった。


 特に迦楼羅隊などアマンダ王国を転戦している間に、民に優しくし、女性に一切の狼藉を働かないと信じてもらった結果、モテまくったという体験をしてきている。それが実に大きかった。


 現実に、迦楼羅隊の隊員はアマンダで見つけた妻がいることが少なくない。そのいずれもが途轍もない美人で気立ても良く、夫のことを一途に思ってくれるという理想的な妻なのである。


 全て、アマンダでモテまくった結果だと他の隊の者達に信じられていた。


「占領地で民に優しくすると、良いことあるぞ」


 そんな現実が見えていた。


 だから、彼らにとっては「略奪を」という考えすらない。むしろ「略奪や民に暴行するやつはオレ達の敵だ」という考え方が徹底されているのも当然なのである。


 ロースター侯爵からすれば、そういう兵士に占領された街を見て、しかもガバイヤ王国の時代に少しも援助してもらえなかった食糧を、彼らが見返りも無く振る舞ってくれるシーンを見てしまえば、心が動かないはずがない。


 そんな話をロースター侯爵とショウは話し合ったのである。


「最初だけの人気取りだとは思いませんでした?」

 

 意地悪な質問である。


「もちろん、人気取りで始めただけと言う可能性も考えましたが、すぐに捨てました」

「なぜ?」

「皇帝陛下が目指されているのが、本気の大陸統一だろうと思ったからです」


 一瞬、ショウの目が光ったからだろう。ロースター侯爵は慌てて付け足した。


「いくらなんでも、我々にだって情報網はございます。陛下がお国の卒業式やデビュタントにおいて、どのような演説をなさったかという程度のことくらいは、さすがに承知しておりますので」

「なるほど。危険だとは思いませんでしたか?」

「ガバイヤ王国の一員としては危険だと思いました。優秀な敵には退のが一番ですからね」


 暗殺をほのめかしつつも笑顔は崩れない。アテナも反応しなかった。


「しかし、やめました」

「ほう?」

「だって、我々はガバイヤ王国を愛してきたんですよ。本気で国を愛しました。それなのに、相手である王国は我々を愛していたのかということになると、そうではなかった。そんな現実をイヤと言うほど分からされましたからね。イモの一個も送ってくるわけでもなく、我が領の民ばかりか周辺も救えなどと紙切れ一枚で命じてくる国なのです」


 ロースター侯爵は、ゆっくりと首を振りながら「貴族といえども、一方的な愛情で疲れれば、長年連れ添った夫婦ですら別れますよ。やはり、釣った魚に餌を与える度量が夫には必要ですね」とニヤリ。

 

 つまりは、ロマオの民へ食糧供給を続けてほしいという要求を突きつけてきたのだ。やはり食えない。


 ショウは苦笑しつつ、一気に切り込むことにした。


「最初の約束は守ります。我々はできる限り援助をいたしますし、そこについてはさらに親密な協力関係を結べるはずです」

「そうお願いしたいものです」


 頭を下げるロースターである。


「それでは、私からも、お願いをしなくてはなりませんな」

「我々は陛下のご慈愛におすがりする立場ですので。我が一族のできることは何でもいたしますし、なんでも差し出す決意です」


 このあたりは、恐らく冷徹な政治家としての言葉だろう。もしも、ここで「じゃ、奥さんを差し出してね」と言えば、即答するのも分かっている。


 もちろん、そんなことを言うはずも無いショウではあるが、次の言葉はロースター侯爵も予想をしなかったはず。


「では、あなたをいただきましょう」

「え? 私? わた、え、あ、命ですね。もちろん、覚悟は決めております。できれば、私ひとりでご寛恕いただければとお願いしたいのですが」

「命…… そうですね。命がけでやってもらいます。まず、ロマオ領の当主は、そちらの御嫡男、ジョースター殿に命じます」

「はっ。心して」


 恐らく、前もって「父亡き後は」と覚悟を決めていたのだろう。むしろ、父の命と引き換えとは言え、ロマオ領を存続させてもらえることはジョースターには、厚遇とすら思えたのである。

 

「さて、ロースター殿」

「はい」

「後ほど、シャオ様とはゆっくりとお話をさせていただくとして、上のお二人には結婚祝いを贈ることを約束いたしましょう」

 

 ロースター侯爵夫妻は心からホッとした表情で「ありがとうございます」と頭を下げた。


 つまりは「領地を保証するし娘も娶る。しかし姉二人は自由にしていい」という保証をしたことになるからだ。


「さて、ロースター殿は、娘のご結婚その他で忙しくなるでしょうが」


 言葉を切る皇帝陛下の顔を見て、ロースターはさすがに寂しさが兆してしまう。娘の花嫁姿は見られないのだろう。


 いつ、処刑されるのか、だ。


 姿勢を正した皇帝陛下は毅然として言った。


「そなたには、元ガバイヤ王国を平定するため、この地の総督を命じます。後々には掃討戦のために将軍にも任じるつもりです」

「え?」


 貴族的な振る舞いすら一瞬忘れてしまう反応だ。当然だろう。


 降伏国の高位貴族が、降伏後の総督を任じられるなどありえない厚遇である。


 しかし、切れ者であるロースター侯爵は、すぐに「後半のセリフ」に気付いたのだ。


「つまり、陛下は私をすりつぶすおつもりでしょうか?」


 ガバイヤ王国のことを知り尽くしている高位貴族が、敵に手を貸した将軍として全土占領の指揮を執れと言うことである。「売国奴」の汚名は免れないところだ。


「はい。そうですね。豆として焙煎ローストしてから挽いて飲み干させていただきますよ」


 上手いことを言った! と胸を張ろうとしたショウは、ロースター侯爵のポカンとした表情を見て、思いだした。


『しまった。こっちの世界だとコーヒーを飲む習慣がなかったじゃん!』

 

 イミフな例えをしちゃったな、と大いに反省しながらも『ま、身を粉にするって表現はあるからいっか』と、自分を納得させたのであった。


 とはいえ、後々のこと、総督となったロースター侯爵の知謀により、抵抗する元ガバイヤ貴族達が大いに苦しむことになることが決まった瞬間であった。


「ということで、せっかくです。少しお話をさせていただいても?」

 

 水を向けた言葉に、ロースター侯爵は妻に肩を突かれて初めて気付くという失態を演じたのは秘密である。


 切れ者・ロースターも、また、ひとりの父なのである。


「これは、失礼いたしました。ちょうど庭にも花が咲き始めたところです。先ほどお目にかかった娘のシャオに案内させたいと存じます」

「そうですか。それは、楽しみです」


 先ほどから、緊張していた「娘」が、ようやく呼ばれたのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ちなみに、サスティナブル帝国の一般兵達も略奪は禁止されていますし、皇帝の意志として「占領地の民」に対する行動については、厳しい注意がなされています。しかし、戦争をする時って、兵士の心は荒れやすいもの。ついさっきまで殺し合いをしていた相手の仲間に優しくできるのか? と言うと、相当に厳しいモノがあります。

 大陸制覇には、単に「戦争に勝てば良い」のでは無くて「どのように勝つか」がますます重要になっていきます。

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