第22話 老兵は殺さず
珍しく、顔色を変えたミュートがやってきた。会戦の後始末を一段落させてこちらに来たばかりのベイクも一緒だ。
目顔で「内密に」を伝えてきた。
ってことは、相当に重要な話があるってコトだ。
「ちょっと、休憩するよぉ。女官を呼んで」
部屋を二つ隔てて、控えているのは「元王宮女官」のみなさんだ。
その人達が入ってくるのと入れ替わりに部屋を出る。
「じゃ、ちょい休憩してくるんで。みんなも適当に休んでねぇ~ あ、例のお菓子、出して上げて」
笑顔で肯く女官達。元王宮の女官は、基本的にそのまま雇用している。安全面ではいろいろと配慮して、毒物などは持ち込めないようにしているけど「皇帝不在の会議」にお茶とお菓子を出してもらうくらいはアリだ。
その代わりと言うか、ここで働く女性は全員が子持ちなのが条件で、毎日、家族分プラスαのパンや缶詰を持たせている。
いろいろと思うところはあるだろうし、心配する人もいたのは事実だ。だけど「子どもに食べ物を持って帰れる」ということが、今のこの人達にはムチャクチャ、デカい意味を持っている。ホントは、実質的に子どもを人質にしているようなもんだけど、そこには目をつぶってもらうしかない。この人達も、嬉しそうにしてくれてるしね。
ともかく、家族がいる限り、この女性達の行動には安心できると思って良いだろう。
元国王の待機室の一つに移動すると、やっぱり二人が待っていた。
アテナはそのまま一緒に部屋に入り、カイは廊下で警戒してくれる。いや、ミュートとベイクを警戒しているんじゃなくて、王城そのものを警戒しているんだよ。
どこにどんな「秘密のドア」があるのかわからないからね。実際、占領2日目にはファントムからの連絡メモが入って「城の構造を確かめるまでは、けっしてひとりにならないでください」と忠告されてる。
そりゃ、東の大国の歴史ある王城だけに、いろいろと仕掛けがあるに違いないんだよ。
ともかく、何をどうやっているのか知らないけど、毎日、少しずつ、王城の中の「地図」が置かれていて、チェックの入った部屋が増えているんだ。
安全確認がすんだ部屋という意味らしい。
まあ、どれだけ確認されてもアテナがオレと離れて寝るのはありえないけどね。
「と、まあ、それはさておき、深刻な話?」
二人は、ちょっと目線を合わせてから、ベイクが話し始めた。
「正直、厄介な案件です。ヤマシタ男爵が現れましたです」
ピンときた。
「確か、王都周辺では味方に付くか微妙だけど、敵に回ると相当にてこずるっていってた、頑固者だっけ?」
ベイクは一つ頷いてから「彼は処刑を望んでいます」と言った。
「さすが。頑固者。処刑かぁ。ん? 確かに厄介だけど、抵抗されるよりはマシな気がするけど」
二人が深刻な顔をするのには理由があった。
「彼が首を3つばかり持ってきたんです。それもガバイヤ国王を最後まで警護した兵達の一部です」
ミュートの説明は、聞いてみると深刻だった。
ヤマシタ男爵はアスパルの会戦に来ていたらしい。と言うよりも「最後の一花」を咲かせる気満々で、係累のない家臣を選んでの参加だ。
本人は優秀な「元将軍」だとは言え、弱小領地の中で条件に合うのは20名ほどだったらしい。だから、全員が歩兵となっての突撃のタイミングを窺っている最中に、本陣が崩れた。
慌てて支えに行くと、大将と副将がいち早く逃げた後だった。
混乱したあげく、次々と周りが戦場を離脱して、もはや一撃を見舞うことすら不可能になってしまった。
それがヤマシタ男爵の「悲喜劇」の始まりだった。
もとより、戦場で散る覚悟だっただけに兵糧は片道分しか用意してない。かと言って、このままオメオメと降伏するものかというのは意地だった。
そこで、王城を枕に討ち死にをと覚悟を決めれば、既に落城していた。
しかも、食糧はとっくに尽きていたため民に紛れてパンまで受け取ってしまう(中の広場で配った非常食のこと)という屈辱に耐えながら、領地に戻ろうとした。
そこで見つけたのが、自国の兵士だ。しかも城の守備隊の装備をしていた。
もちろん、味方は一人でも多いに越したことが無いが、ここで迷いが生まれていたのは、ヤマシタ男爵が出征するにあたり家令に命じていたことだ。
今回の戦での勝利はありえないというのはヤマシタ男爵なりの読み。だから、自分の命が散るのは覚悟。けれども領地の民だけは救いたかった。
『いち早く降伏し、民に食糧を援助してもらえ』
残された領地のものに対しての絶対命令だった。だから王城が落ちたのを知れば必ずや領地から降伏の使者として家令が命がけで出てくるはず。領地にも残された食糧はわずかだったから、民の命を救うためには躊躇なんてしてる余裕はないのだから。
そこにオメオメと戻られようか?
即断果敢をモットーにするヤマシタ男爵も、ここで迷った。自分達が戻れば領民達に迷惑が掛かると。
そして、迷いが生じた中で、見つけた城兵達の様子がおかしいと感じたのは武人のカンだ。問い質した結果、彼らが最後の最後に行った「
・・・・・・・・・・・
かくして、会室の床に跪く老将。そして、その前には首が三つ。
前世であればスプラッター映画か、サイコパスの所業であるが、この世界では普通の光景なのである。
老将・ヤマシタ男爵は、最初のお辞儀のあとは胸を張っていた。
「陛下を最後までお守りする栄誉ある仕事に就きながら、この者達の不忠は許しがたきにて」
国王を守るべき兵士が忠誠の対象を殺めるということはヤマシタ男爵にとっては許しがたきこと。
だからこそ、相手が敵国の若き王であっても、胸を張って主張したのである。
「不忠者を処断したに過ぎませぬ。しかし、そちら側から見れば、悪辣な国王を倒した名誉ある兵士と言ったところでしょう。それは理解できますので」
「だから、首を持参の上で自分を処刑しろと?」
ショウは、半ば呆れながら老男爵に声をかけた。
「左様。皇帝陛下を戦場にて討ち取れなかった己の恥を手土産に、あの世に先立たれた我が陛下にお詫びをさせていただこうかと思いましてな」
ワハハ、と豪快に笑っている。
こっちが困惑しているのを承知しているのだろう。とんでもなく食えないジイちゃんだ。
この場合、いち早く降伏してきた貴族として扱うなら処刑は悪手だ。この後の貴族が降伏しにくくなるのは容易に予想できるからだ。
一方で「国王を倒した兵士を殺した」という敵貴族である。これを放置したら、今後、地方の貴族達に、いくらでも「抵抗する言い訳」の種を与えることになりかねない。彼らはギリギリまで抵抗してから降伏交渉をしようとするだろう。「ヤマシタ男爵はOKなのに、我々はダメなのですか」とでも言い張るに違いない。
どっちを選んでも、こっちにとってはかなりキツイ選択になりかねないのだ。
老いたとは言えガバイヤ王国一の猛将という触れ込みのハズなのに、こんな搦手で嫌がらせしてくるなんて。
『老害って言っちゃうぞ、このジジイ! どーしてくれるんだよ!』
瞬間的にそう思ったが、こういう時は素直に反応した方が結果が良かったというのも戦場経験が思わせてくれたのである。
だからこそ、ショウはとっさに「めでたい!」と上機嫌の声を上げたのである。
「え?」
それは、ヤマシタ男爵のみならず、会議室にいた全員が上げた声だっただろう。
ベイクあたりは「闇から闇に葬ってしまえ」と思っていたし、ミュートも「関係者を皆殺しにしてしまった方が安全だ」と思っていたほどだ。
政治的判断が難しすぎるのだ。
それなのに、ひときわ嬉しそうな皇帝なのである。
「いや、まさに忠臣なり! ガバイヤ王国にも誠の忠臣がいたこと、本当に嬉しく思いますぞ。さあ、お立ちください」
降将の常として、会議室の床に跪いていたヤマシタ男爵を自らの手で立ち上がらせると「あなたの立場なら、この者達を討つのは当然のこと。むしろ、そうあらねばなりません。そして、私たちの立場からしたら、この者達を討ってくれたことに感謝しますぞ」と両手で手を握って見せたのだ。
ついでに、足が首の一つに触れて、ゴロンと転がってしまったが、内心で『わっ、バッチイ』と思ったが、それは無視。
声のトーンを上げた。
「話に聞く限り、この者達は、警護すべき相手を自らの手で滅するという、誠に不届きな輩だ。結果的に我らの敵の王を討ったとは言え、兵士として見下げ果てた行いですからな。しかも、この者達が生きていれば、我々は立場上、褒美を取らさねばなりません。そのような不愉快な思いをせずにすんだのは、貴殿のおかげです」
ありがとう、ありがとうと、ヤマシタの手を取ってソファに導いた。インサイドキックの形で、もう一つの首も部屋の隅に転がしてしまったのも、わざとではない。
「当然ながら、貴殿の領地にはいち早く食糧を届けましょう。しかしながら、戦争においては、敗者の側に対しての形式というモノもあります」
敵国の全ての貴族を抹殺するつもりはないが、少なくとも戦場に出てきた貴族達にはなんらかの罰を与える必要があるのも事実だ。
そして、ヤマシタ男爵への仕置きは、必ず、ガバイヤ王国の旧貴族達は注目するに違いないのである。
「心としては貴殿に感謝しつつ、貴族家当主への処罰として領地を没収することになるでしょう。ただし不忠義な兵を成敗した『恩賞』として、貴殿を処刑することはお断りします」
「処刑していただけないのですかな?」
「貴殿には、処刑よりも、もっともっと苦労をしていただく。そのご老体に鞭打ってもらわねばなりませんぞ」
「流刑地での労働ですか? それもまた一興」
なぜか、楽しそうなヤマシタである。
「そうですね、縁も縁もなく、誰ひとり見知った顔などない、二千キロほど遠くに流して、そこで死ぬまでの強制労働を申し付けます」
「なるほど。しかし二千キロと言いますと、北の地? いや、もっと遠くなるのでしょうか?」
首を捻るヤマシタ男爵だ。
「貴殿には、皇都にある学園にて若者達に対して『戦いとは何か』、『忠義とは何か』を仕込んでいただきましょう。すなわち帝国学園の校長を、その老骨が朽ち果てるまで務めることを命じます。もちろん、貴殿の家族共々の移住です。……と言っても男爵では軽く見られますな。 そうだ! 子爵がいい。うん、ヤマシタ殿には、今日から子爵を授けます。もちろん、これは貴殿への処断の一つなので、辞退は許しませんぞ」
ミュートとベイクが口をあんぐりと開けたまま、ニヤッと笑ったショウの顔を見つめた。
いや、全員が「降将を処罰という体で、若き貴族達の指導者にする?」という暴挙に愕然としてしまったのである。
ひとり、ヤマシタ男爵だけは不思議な透明感のある笑顔を見せて「ほう?」と小さく声を出したのであった。
しかしながら、その心の内は違っていた。
その若き皇帝の凛とした振る舞いに、心の底から感動したヤマシタは、身命を賭して残り少ない生命を捧げようと決意していたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
皇帝だから、勝手に爵位を命じられそうな気もしますが、このあたりの感覚としてショウ君は「独裁者」に向いていません。ついつい「合法的に見えるやり方」を選びたくなってしまいます。この時「あれ? オレって子爵の位なら持ってるけど、あげちゃっても良いんじゃね?」ってことに気付いてしまいました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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