第21話 国王の最期
5月9日 昼過ぎ 旧ガバイヤ王国・王の執務室にて
昨夜から徹夜で王城を支配下に置く作業に追われた。
しかし、眠くなるどころではない。ここが勝負でもある。
同じく徹夜したミュートからの報告を受けるのも当然だ。二人とも何も食べてないが「とっておき」の珈琲を振る舞う特別待遇くらいは、良しとした。
その程度の役得は認めたいくらいに、ミュートは猛烈に働いているのだ。もちろん、ショウ自身も、ろくに座るヒマが無いほど、あっちに行き、こっちを見て回りとなっている。カイとアテナの密着警護があるだけに、城内ならどこでも見て回れたのである。
お互いにコーヒーを片手に座って話をする態勢だった。こういう時くらいは座らないと、本当に立ちっぱなしなのだ。
「発見しました」
「へぇ」
報告に来たミュートの表情が硬かったから、わざと曖昧に反応するのも必要なことだ。
『どうやら国王・メハメットⅣ世の捕縛が上手く行かなかったんだな』
理想を言えば、どこかの貴族が捕まえて突き出してくれるとありがたいという思いはあった。
『捕まえてくれた人に恩賞を与えるって形で、こちらの手駒にできるからね』
ミュートの渋い表情だと、ガバイヤのどこかの貴族が捕まえたのでもなく、味方の働きでも無さそうだ。
会戦の後は参謀のキャラカを仕留めてくれたテムジン達も、今は情報収集に手一杯なので、さすがに無理だというのは前提であった。
『半分以上は運任せだったから「外れ」であったとしてもガッカリする必要はないはずだよな。でも、ベイクとミュートのコンビでシミュレーションした結果、8割方は捕捉できるって言ってたもんな』
おそらく、捕らえることが可能だ、というつもりで準備もしていたのだろう。用意周到なベイク達らしい。
だから、期待して準備した分だけ肩を落としているのだ。天才コンビは理想が高すぎる。
小さな声で「どんま~い」と呟いてからショウは尋ねた。
「その表情だと、既に
「はい。王都から数キロの場所です。どうやら国王とバレて、と言うか自分で名乗ってしまったらしいのですが、それで投石が集中したらしいです」
「わぁ~」
それは痛そうだ。
「しかし、隠密で逃げるはずが、自分から名乗っちゃうってどんなもんなんだろ?」
「それについてはなんとも。ただ、思ってもみないほど早く見つかりましたね」
「こっちは捜索すらしてなかったのに、丸一日で見つかっちゃうなんて。これじゃあ、お手紙を届けに行ってもらった人に申し訳ない感じだったかな」
近隣の中小貴族に対して「王を捕らえてくれれば優遇するよ」ってなお手紙を元ガバイヤ王国の騎馬隊で送ってあった。我々に対しては敵意を燃やしても、さすがに元王宮兵士をなぶり殺したりはしないだろうって読みだ。
「そんなに堂々と逃げてたの?」
「本人は平民風を装っていたそうですが警護部隊はそのまま兵士の格好だったそうです。いかにも不審な一団だったので住民達が不審に思っていたところ、仲間割れして騒いだので露見したとのこと。兵士が剣を振り回したという情報もあります」
「わぁ~ 見つけた人達はケガをしてない?」
「おそらく。まだ、詳細は分かっておりませんが、国王達はごく少数だったそうです」
「そっか~ ともかく、これで一区切りだね」
まことに、と肩を落としたミュートに「それはそれで、次の作戦はあるんだろ?」と声をかけるショウであった。
・・・・・・・・・・・
少々時が遡る。
5月9日 早朝 ガバイヤ王国の都・カイ郊外の廃屋
背中が痛い。
こんな硬い板の上で寝るなど、若い時に行軍演習に交じってみせた時以来だ。状況が状況でもあり、何度も目が覚めてしまった。
「陛下、よくお休みいただけなかったかと存じますが、ここはお急ぎを」
「そもそも、こんなところで休めるわけが……」
言葉を切った。
王家の家令であるヨークが慇懃に、しかし断固として急かしてくる無言の圧力のせいだ。
ここは王都郊外の廃屋だけに、近所の目も耳もある。騒いで人を集めてもダメだし、これ以上遅くなれば、通りに人が増えてしまうだろう。
急ぐのだ。
なにしろ、困難な逃避行に挑む一団なのに、警備のお役目を果たす兵士は、たった十二名しかいない。
その兵士達は「果たして、このままで良いのか」と言う疑問を頭に浮かべないように、全員が淡々とお役目を果たしている。
王城を抜け出すときのドタバタで一部の兵は置いてきたため、中隊長も不在なのに、たった12名で国王を守るという逃避行は、あまりにも心細い。
行き先のアテは誰ひとり知らない。護衛の一般兵ごときでは身分が違いすぎて、直接、国王に尋ねるわけにもいかないのだ。
辛うじて、そして唯一、ヨークだけが王にモノ申せる立場だが、彼とて役割はあくまでも内々の問題に対応することだ。これまでは政治的な問題に口を挟むことはなかったし、立場上も控えていたから、今になって意見を求められても困るというのが本音だ。
しかし、警護の兵達からの圧力をヒシヒシと感じるのも事実である。
やむを得ない。
「陛下。この先、どちらに向かうかのご指示をお願いします」
「ともかく王都から離れねばならん。どこかの家に隠れるのが良いだろう。一番近いのは、どこであるかな?」
「バッキン元内務
それは無理。
脱出後の交渉用に、わざと置いてきた人間だ。そこに世話になるわけにもいかない。そのくらいはヨークも分かっているので、サジェスチョンくらいはせねばなるまい。
「あそこはサスティナブル帝国側も予想するでしょう」
王の望む言葉を出すのも家令の役目だ。さもないと「大事な逃げ場所を、逃げられない場所にしてしまった王の失敗」が明らかになってしまうのだから。
王に失敗はないのである。そのためにヨークは言葉を重ねた。
「ここは、陛下に好意的な近郊の男爵家あたりに栄誉を与えてはいかがかと愚考いたします」
「ふむ。男爵か…… となると捨て扶持で与えておいた前将軍のトーモ・ユキ・ヤマシタのところが近いはずだな」
「なるほど。さすが陛下でございます。まさにご慧眼。あの男なら陛下を迎えるにはうってつけでありましょう」
ヨークはあからさまにホッとした。目標が明確に示されたことと、行き先がヤマシタ男爵のところだからだ。
『老いたとは言え、現役時代は古来、稀なほどに獰猛な将軍として知られて「
知謀に優れたヤマシタ男爵なら、途中まで迎えに来てくれるかもしれないぞとまで皮算用まで弾いてしまうのは、状況があまりに暗すぎたからだ。
『それにしても、近衛すらいないのは痛すぎる』
アスパルの会戦に送り出してしまったのは、あきらかに失敗だった。
ヨークも、そして国王自身も残念だった。いや「近衛騎士団さえ手元に置いてあれば」と悔しがったのは、ここにいる全員であるかもしれない。
ただし、立場によって考える事は正反対だ。
メハメットⅣ世は「こんなに頼りない連中ではなく、忠誠心に溢れて、腕も立つ護衛が計算できたのに」と残念がったし、ヨークも似たようなもの。
一方で、兵士達は「何でオレ達がこんなところまで来るんだ。さっさと逃げ出しちまいたいぜ。そもそも、こんなことになったのはエライ人達のせいだろ? 何でオレ達が最後まで守らなきゃなんだよ。貧乏くじを引いちまったなぁ」という悔しさだ。
それであっても、ガバイヤ王国の兵士達は真面目である。こんな形であっても、鉄の規律と軍に対する忠誠心はいささかも崩れてない兵士達は、内面を押し殺して全力で王を守ろうとしているのは事実であった。
着慣れない「民の服」へと着換え終わった後、せかしてくるヨークに「朝食くらいは食べてからでもよくないか?」とメハメットⅣ世は文句を言った。
なにしろ、昨晩の食事はヨークが持ってきたパンと水だけであった。状況が状況で、しかも必死になって逃げ回った疲れで食欲も起きなかった。
眠られぬ一夜であったとしても、どうにか一晩寝たおかげだろう。腹がペコペコだった。
「申し訳ございません。なにぶん、前日のパンをお出しするわけには参りませんので」
ウソだった。
ヨークは平身低頭しているが、普段なら何事にも平然としているはずなのに、今はこめかみに
冷や汗だ。
その様子でさすがに王も気付いた。
確保していたパンが、朝までに無くなっていたのだろう。つまりは護衛の誰かが盗み食いをしたに違いない。
それは、いっそ王城に民が暴れ込んできたときよりも、ナマな衝撃であったかも知れない。仕える者が王の食べ物を盗み食いするという現実に直面してしまったのだから。
「そうか」
継ぐ言葉すら見つからない。だから「陛下、お急ぎを」という再びの催促に黙って従うしかなかったのだ。
着替えた王はヨークに改めて命じた。
「これよりヤマシタ男爵の元に向かうぞ」
「承りました」
家令は、その言葉を兵士達に翻訳する必要がある。たとえ聞こえているとは言え、国王の直接のお言葉に、兵士達は返事ができないのであるから。
「陛下をヤマシタ男爵の領地まで、無事にお届けするように」
「はっ」
一番古手が「先任」としてリーダーを務めている。その返事は硬い声だった。
昨日から何も食べてないのは兵士達も同じ。辛うじてヨークが取ってあったパンをかすめ取ったが、十二人で割れば、ひとかけらにしかならなかった。
ずっと、ろくに食べられずにガリガリに痩せ細った兵達にとって、昨晩から食べてないダメージは、国王やヨークよりもはるかに大きいのである。
廃屋を出るとき、先に出た兵がフラついた。
それを見た国王はついつい、余計な言葉を出してしまった。
「若いものが、一晩食べないくらいでフラつくとは、軟弱だなぁ」
国王は、半ば以上、冗談のつもりだった。そもそも兵士がフラついたのだって「空腹だから」などと言う理由だと全く思ってなかったのだ。
どこかに躓いたのだろうという程度に思った分と、頭のどこかに「私の分のパンを食べたのであろう!」という考えがあった分だけ、それは軽口のようなモノだった。
しかし、貧乏くじを引いた上に、空腹と絶望的な状況が兵士の心を限界においこんでしまったのである。
「うるせぇえ!」
え?
それは、国王だけの「?」ではなかったはずだ。それほどに唐突なブチギレだったのだ。
言葉を出してしまった兵士は耐えきれぬように「あ~ ヤメだ、ヤメ! どうせ助からねぇよ、たったこんだけで逃げられるわけないじゃん」と被っていた兜をいきなり外して床にたたきつけたのだ。
「お、おい!」
仲間が止めようとする間もなかった。
「もう、オレは抜ける! オマエらも逃げろよ。どうせ、王様ごと掴まってサスティナブルに首を切られるだけだぞ!」
その声は、怒りと言うよりも、いっそ悲痛な叫びとなって、朝の路上に大きく響いたのである。
「陛下の前で、無礼であろう!」
ヨークが、いち早く正気に返って叱りつけたが、兵士はもうとまらなかったのである。
「この痴れ者を止めぃ!」
リーダーの兵士に命じるヨークだ。本来、軍の組織ではないが、この場合は、そうせざるを得なかった。
「あ、えっと、あ、とめ、あ、はい、とめ」
「ヤメヤメヤメ。お前も来いよ、逃げようぜ」
「だけどよ、軍を逃げ出すわけには」
「もう、軍なんて残っちゃいねぇよ」
「あ~ もう、王様なんてどうでも良いじゃん」
既に兵士達は軍人ではなく「個人」に戻っていたのであろう。口々に意見を言い始めてとまらない。収まるどころか、半ばケンカのように声高な応酬が始まってしまった。
その時だった。
バシッ
「痛い!」
国王の手に、石がぶつかったのだ。
え?
ふと見回すと、群衆に取り囲まれていた。兵士は意図的なのか、それともケンカに夢中になっているせいか、国王に石が飛んできたことに気付いてない様子だ。
「お、お前達!」
それは、兵士達に言ったのか、それとも取り囲む群衆を叱ろうとしたのか。もはや正解を教えてくれる人はいない。
次々と「国王」目がけて飛んでくる石に気付いた兵士の一人が、振り向きざま剣を振ったからだ。
その瞬間、メハメットⅣ世は血しぶきを上げて倒れたのである。
その身体目がけて飛んでくる石つぶては、いつまでもいつまでもとまらなかったという。
半ば、石に埋まってしまった時には、兵士達はひとり残らず姿を消していた。
ガバイヤ王国の長い治世を誇ったメハメットⅣ世は、たったひとりの家令とともに、この世を去ったのだ。
王都から数キロも離れてない、名もなき家の裏庭が、最期の場所であった。
※内務卿:国王の家令(私人としての家臣)の立場なので「バッキン元内務大臣」のことを、国王に合わせた私的な呼び方として「内務卿」と呼んでいる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
兵士達は家族が待つ家に帰る前に、王国の鎧を脱ぎ捨てました。そのため「名もなき兵士」がサスティナブル帝国側に掴まることはありませんでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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