閑話 天才剣士の誓い

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作者より

今話は、ショウ君が自分のデビュタントに出た年の12月のお話です。

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 三人兄妹だけに仲が良い。貧しい男爵家だけど、オレに剣を教えてくれた父さん、優しい母さん、オレのことを大好きだって言ってくれる可愛い妹たちがいて本当に幸せだった。


 ギリギリになっちゃったけど、デビュタントでは去年成人した隣領のケイ姉ちゃんが「可愛い弟分のために」と、自分のドレスを着てエスコート相手を務めてくれることになった。(そのドレスは、二人の姉のお下がりらしい)


 とりあえず、エスコート相手が妹か母かという恐怖の二択から逃れられたのは助かった。可愛い妹だけど、上の妹は9歳だ。さすがに恥ずかしい。それを我慢するにしても合わせられるドレスの問題がある。


 母親が務めるとしたら、10ウン年前に自分のデビュタントで着たドレスを着ていくはずだった。いまだに、それを着られるだけのスタイルを維持しているのは確かにスゴいけど、さすがに母親をエスコートというのは、考えるだけでも辛い。


 父が、すまなそうにしている。


「すまないな。普通なら親類に頼むのだが」

「ううん。全然だよ。隣のケイ姉ちゃんなら小さい頃一緒に遊んで仲良しだし、あんなに美人なんだよ? それに緊張しないから、むしろ助かるよ!」


 親類に頼めば、その分のドレス代を負担することになる。いくら「貸衣装」があってもデビュタント用のドレスは貧乏男爵家には負担なのだ。


 しかも、3年後には妹のデビュタントが控えている。


 貧乏だとはいえ貴族の端くれの男爵家だけに、娘のドレスを貸衣装ですませるわけにはいかない。家の財政を考えると3年後の妹が着るドレス代を蓄えないといけなかった。


『ケイ姉ちゃんかぁ。小さい時から遊んでもらったし、胸もすごいし、何よりと~っても良い匂いがして大好きだったんだよなぁ。初恋だったし。ふぅ~』


 去年、デビュタントが終わると同時に親貴族であるロウヒー家から紹介してもらえた。なんとゴンドラ様のところでメイド見習いとして仕えられた。これは、とてもめでたいこと。


 しかし、先日、こっちに戻ってきたケイ姉ちゃんは、とってもイヤなニオイNTR臭を放つようになっていた。


 高位の貴族家にお仕えするということの意味を悟ってしまった11歳の絶望だった。


 あの瞬間、淡い初恋が終わったのである。


『でも、とりあえず、デビュタントのエスコートは大丈夫になったのは助かったよ』


 ホッとした。

 

 そこに妹のアヤがやってきた。


「お兄様、いよいよ、デビュタントをすませればご入学ですね。おめでとうございます」

「ありがとう、アヤ」

「これ、プレゼントです」

「わぁあ! ありがとう」


 妹が贈ってくれたのは「お兄ちゃん、大好き」と下手くそな刺繍を入れてくれたハンカチだ。


 でも、本当に一生懸命作ってくれたのが分かるから、出来映えとは関係なく宝物に思えた。


『学園の寮にはきっと持っていこう』


 鼻を近づけると妹の匂いがした。ホッとする匂いだ。きっと、家の仕事を手伝う日々の中で、夜にでも眠い目をこすりながら一生懸命に針を入れてくれたのだろう。


 幸せな匂いだ。


 見栄えなんてどうでも良い。世界で最高の贈り物だって思えた。


『だってアヤが刺繍をゆっくり習えなかったのは、ぜんぶ貧乏がいけないんだ。それって、結局はオレのせいなんだもん』

 

 男爵と騎士爵というのは領地は持っていても貴族の最下級と言って良い。(準男爵は領地無しで他の貴族家に仕えているため経済状態は様々)特に王都の近くの小領主地帯では、領地が狭い家ばかりだ。


 土地が狭いということは、収入が限られるということになる。


 しかも、男爵家には騎士爵家と違って貴族としての体面を気にした社交も必要とされる。だから経済的に騎士爵家よりも厳しいというのはよくあること。


 各家では農業は基本としても副収入がとても重視されていた。


 父は剣の天才と言われた男だ。

 

 かつては、近隣の騎士達がしばしば指導を請いにやってきた。もちろん手ぶらでくることはあり得ず、弟子入りしている期間、それなりに授業料を持ってくる。


 貧乏男爵家だけに、それは重要な収入源であったのだ。


 プッツリと入門者が途切れてしまった。


『オレがマジになっちゃったからだ』


 半年前に自分のせいで父に悪評が立ってしまったのである。


 剣の才能はどうやら父から、それ以上のものとして受け継がれたらしい。


 裏庭で父と模擬戦を行った。門人が見ている前でだ。


 父は、どんな相手であっても、模擬戦では本気を出すスタイルが売りものだった。手を抜けない性格なのである。


 ところが、対峙して驚いた。父のスキが見えてしまったのだ。理性では「ダメだ!」と思っていたはずなのに、剣士としての本能が身体を突き動かしてしまった。


 よりによって、その時の斬撃は会心の一撃だ。


 結果、父は右腕を骨折した。


 わずか11歳にして父に勝った。父は、オレの成長を喜んでくれた。


 しかし、周りは違う。


「11歳に負ける剣士だと? そんなボケに習えるか?」

「剣の天才などと言われているが子どもに負けていたじゃないか」


 悪意のある噂を立てられてしまった。


 以来、教えを請いに来た者はいなくなった。


 全てはオレのせいなのだ


 以後、誓ったんだ。「二度と人前で本気の剣なんて見せないぞ」と。


 そうだよ。そんなことにでもなるくらいなら、痛くないところを打たせて負けたフリをした方が良い。それとも、アブナくなりそうだったら、いち早くトイレにでも逃げ込んじゃおう。


 サム・ピーピング=ガーターが、本気の剣を振るうのは、それからずっと後のこと。


 たとえ人妻であっても、好きな人を助けたいという思いがあったのだろう。隠れていたはずなのに、いつの間にか本能の命じるままに動いていた。


 東に離れたオレンジ領の館において、サムは初めて実戦で人を切ったのである。


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作者より

 おそらく、一番需要がない天才クンのお話です。

 サムは「なぜ、いつもトイレに隠れているのか」という話でした。カーマイン領館での活躍は、いろいろ葛藤はありましたが「好きな人を守る」というわりと純粋な気持ちで出てきました。それと、ケイ姉ちゃんのニオイがイヤなものに感じて、メリッサの匂いの変化に気付かないのかという点ですが、おそらく、経験の相手が愛する人であったかどうかという点なのかも知れません。

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