第47話 グレーヌ教の悲願

 少々遡って10月の初めである。

 

 元第一教区の地方司祭であるエブリー・イーチは単数け…… いや、単細胞であった。


 悲願が叶う!


 狂喜した。


 踊り出したいほどに嬉しい。


 かねて渋られていた「枢機卿会議」の開催を王都で行うことを認めるという申し入れだ。いや、それ以上の約束を突きつけてきたのだ。


『私の時代に悲願が叶うなんて! しかも、魔王の下でだぞ!』


 占領下において、かつての「宗教国家」の習慣がどんどんそぎ落とされてきた。明文化された法律によらず、慣習的に既得権化した優遇措置は全て剥奪されているのが今のアマンダ王国の現実である。


 王都に出入りできる司祭クラス以上になると、派閥の影響なども受けて「グレーヌの敵」と密かに認定されているのが、目の前にいる燃え立つような赤毛の男なのだ。


 しかも、この男、が予想される場面をことごとく実力を持ってはね除け、あるいは神がかり的な予想で事前に手を打ってきて全てが失敗に終わっているのだ。


 グレーヌ教の幹部からしたら、彼を「魔王」と呼んでも差し支えないほどに憎んでいるわけだ。


 そのクセ、民のレベルで言えば具体的な「弾圧」を一切して来ないという点が憎たらしい。


 地方司祭や欠員中の中央司祭などが王宮内で護衛を連れて歩く権利など、そぎ落とされる既得権は、ほとんどが宗教的な権威に関するモノばかりであり、街の教会レベルになると、むしろ以前よりも保護が手厚くなっている。


 市井の信徒レベルだと「教会を保護してくれる政治」

 上位司祭クラスだと「教会の権威剥奪を狙った政治」


 相反する政治を行ってくる「魔王」に向かって念を押すのを忘れない。


「国教としてグレーヌ教をお認めいただけるのですな! その言葉、取り消しはききませんぞ!」

「そちらがヘンな策謀をしない限り約束を違えることはしない。何だったら、ギリアス家の家名を賭けて誓っても良いぞ。今回は正真正銘の危機なのだ。グレーヌでもグレープでも兵力という果実が手に入れば、こちらは構わぬ。しかしグレー裏切りだけはダメだからな」


 神の名と葡萄をもじってきたエルメスの言葉にエブリー・イーチは嫌な顔をしたが、大国の御三家の一人が約束していることだと思い直して機嫌を取り戻す。


 エルメスの申し出は「グレーヌ教をアマンダ王国の国教として認めるよう法律化する」と明確だった。


 占領軍のラスボスであるエルメスの言葉だ。本国の許可は既に取り付けてあるとすら言った。


「枢機卿会議までに書面も用意しよう。本国からの許可状も見せられるのでな」

「本当に国教に!」

「くどい。ここでソチを騙しても、長期的には意味が無いのだぞ」

「失礼した。しかし理解していただきたい。グレーヌの願いであったことなのでな」


 グレーヌ教が巨大化する遙か以前からの悲願である。「国教」とは、すなわち国によって認められた公式の宗教である。


 当然ながら、その権威は今までの形式的で慣習的な既得権から「実」を伴うものになる。


 狂喜乱舞したい気持ちを抑えつつも、単細胞なりにエブリー・イーチも海千山千の地方司祭なのである。


 心中では冷たい計算式ができていた。


『なんだかんだで武人には宗教が分からぬと見える。この腐りかけた国の政治家どもですら、それは絶対に拒んできたのにな。一度、国教に指定されてしまえば、後は国王のすげ替えだけですむというものだ。今以上に権勢が振るえ、布教にも役立とう』


 今現在は、神をも恐れぬことにグレーヌ教徒以外の者も国に住めることになっている。国教化したら、早速、異教徒をたたき出すことにしようと心に誓うエブリーである。


 もちろん、心の中の言葉を顔に出すこともなく、その場で感謝の祈りを神に捧げることにした。


 神への感謝をせずにすませられる司祭がいるはずがないのだ。


 額を頭に付けながら聖句を唱える姿は、遠くから見れば土下座しているようにも見えたかもしれない。


 鷹揚に座るエルメスと、額を床に付けてブツブツと声を上げている姿を、ショウの前世の人間が見たら「放送事故でも起こして、スポンサーに謝りに来た広告代理店がの部長かよ」的に生温かい目で見られるシーンであろう。


 おもむろに頭を上げたエブリーに、エルメスは念を押した。


「あくまでも、防衛はグレーヌ教団の独力で行ってもらう。首都防衛ができなかった場合は、この約束を果たすつもりはないということだ。それは分かっているな? まして、北方と妥協や密約でも結ぶ人間が出た場合は、国教どころか、必ず地方司祭以上を全員処刑し、シードを徹底的に破壊する」

「我々にも意地がありますからな。民を守るのは宗教者の務め。なんとしても、この国を守り抜きましょう」

「ふむ。では、期限は来年の夏至までとするということで、ソチらの了解は得られるのだな?」

「たかだか半年。北方遊牧民いなかものがどれだけ暴れ回っても、押し返すくらいは簡単ですよ。なあに、命を神に捧げれば、できないことなどないのです」


 その「捧げる命」にお前は入ってないんだろ?


 と言う言葉を飲み込んだエルメスは「では、その方向で枢機卿会議を始めよ。開催時期はできる限り早くしてもらう。出兵が先になっても良いぞ。ただし、現在の国軍にいる者は連れていってはならん」

「善処しよう」

「必ず守ってもらう。それも約束のうちだ。国教化の対価はそれなりに搾り取るからな」


 どうやら魔王は、それなりにわかっているのかも知れない。そして、北方遊牧民族とは、それほどに脅威なのかと驚いているが、ともかく、国教化ということと引き換えなら枢機卿会議を通すのは簡単なことに思える。


「わかった。遵守しよう」

「それでは、早速頼む。こちらは、民の避難誘導に傾注するからな」


 エルメスの提案は、国軍が北方の民の避難をさせる。代わりにグレーヌ教団の独力でこの国を北方遊牧民から守れというものだ。


 民を守るだけなら各地にいる「僧兵」を集めれば相当な戦力が集まるだろうとエルメスは言ってきたし、実際、ローディングさえなければ「にわか」も含めて数万の規模で僧兵達は集められたはずだ。


 エブリーの見るところ、いいところ数千だろう。 しかし、枢機卿会議を背景に、各地の教会の「子」を集めれば1万くらいは届くはずだと読んでいた。


「了解した。では、早速、各地の司祭を集めるが、その連絡だけでも時間が必要だ」

「そうだな。早馬を使って1ヶ月で十分、そのまま、みなさんで来てもらえば良いんだと思っていたがね」


 瞬間、二人の視線がバチバチと火花を散らした。


 つまりエルメスは「どうせシードの近くに集まってるんだろ」という挑発と、それに対して「なぜ、それを知っている!」という怒りと驚愕の視線だった

  

 ひと月と経たずに枢機卿会議が開かれ、出兵が決まった。グレーヌ教団は、自身の悲願を賭けて大動員令を発動したのである。


 各地に向けて「グレーヌの戦士よ、ヘソに集まれ」とのふみを飛ばしたのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

久しぶりのアマンダ王国の謀略編です。ちなみに「檄」とは読み仮名は「げき」でして「檄を飛ばす」という形でよく使われます。元々は「主張を広めたり、決起を促したりするを送ること」をいいます。巷間で使われつつある「目の前の人を励ます」っていうのは、おそらく「激」の文字を想像しての誤用だと思われます。


さて、防衛に成功したら、グレーヌ教はアマンダ王国の国教になります。エルメス様が、そう約束しましたからね。はい。それは間違いないんです。もちろん、裏にはショウ君がいますが、ネタバレは後々のお楽しみに。

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