第46話 幼馴染み
年も明けた。アマンダ王国の都「グラ」にも、だいぶ人々が戻ってきた。お陰で、飲み屋が真っ先に復活し、宿や料理屋も営業を再開している。
かつての賑わいを彷彿させるような王都一番の繁華街を、物珍しそうに歩いているのはアインスである。
久しぶりの休暇を持て余していた。女の子をナンパしてというのは趣味では無いし、立ち食いというのは、誰が見ているか分からない。
一応、アインスの立場はエルメス様の補佐だ。アマンダ王国の上部にも顔を知られてしまっているだけに、めったなこともできない。
「いっそ隊舎に戻って若手を誘ってトレーニングでもするかぁ」
若手が聞いたら慌てて逃げ出しかねない「物騒」な独り言である。
「おう! アインじゃねぇか!」
自分を「アイン」などと気やすく呼ぶヤツは誰だと振り返れば、そこにいるのは幼馴染みだった。奇跡の再会。
「ジョブ! 生きてたか! まさかこんなところで会えるなんてな!」
「久し振り~ まさかだよなぁ。活躍してるって聞いてたけど、変わんねんぇなぁ。相変わらずシケた面をしてやがる」
お互い、懐かしさ一杯の笑顔で拳をぶつけ合う。
「オレが村を出て以来だから20年か。だが、男がそうそう変わってたまるもんかよ。あ、オバさんは元気か?」
「おぉ、最近は、だいぶ腰が痛いの、肩が痛いだの言ってるが。でも、お前と会ったなんて言ったら、きっとキッシ
「いや、ガキの頃は本当にお世話になったからなぁ」
「ははは。毎日、一緒にメシを食ったんだ。兄弟みたいなもんだよな」
「あぁ、オバさんは、ホントの子どものように可愛がってくれて。悪さをした時は、本気になって叱ってくれたし」
「ん? ところで、こんなところでノンビリしていて良いのか? 今じゃ偉くなっちゃったんだろ?」
「いや。オレは少しも偉くなんてなってないぜ。それに今日は久しぶりの休みだったからな。お前の方こそ休みか? 良かったら近くでメシでもどうだ?」
「あぁ、いいな。でも、どうせここで会ったんだ。ほら、親父の病気の件でいろいろと世話になった人がいてな、一家で
「マジか! おぉ、じゃあ、遠慮無く行かせてもらうぞ」
アインスは、手近な店に立ち寄ると、有り金を全てはたいて、しこたま「手土産」を買い込んでから、幼馴染みの家に向かったのである。
お袋の家である。
村の孤児であったアインスは、隣の家にいた同い年のジョブと仲が良かったのだ。そして、ジョブの母親がとても面倒見が良く、実の母以上に優しくしてくれたのだ。
5歳の頃からだから、アインスの子ども時代は、事実上、ジョブと「双子」のようにして育ってきたと言っても良い。
本来は、もっと早く会いに会いにいくべきであったが、サスティナブル王国では白眼視されているグレーヌ教徒の家であったため、ためらっていたのが本当だ。
お袋さんにもグレーヌ教にも良い思い出しかないアインスにとって、アマンダ王国での任務は辛いところもあった。「第二の家族」であるエルメス様や騎士団の仲間には、ひた隠しにするしか無かったのである。幸い「聖痕」を入れてはいなかった。
ローディングの秘儀に、人々が倒れていくのを何とかできなかったことは、実は心に深い傷になっているのも誰にも言えないことだった。
それだけに、久しぶりに「お袋さん」に会えるとなったら、手持ちの金を全部、土産に替えてもまったく惜しくなかったのである。
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注)キッシュ……サスティナブル王国西部の伝統的家庭料理。お袋の味の代名詞。
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20年ぶりの再会に、涙を流して喜びを分かち合ったお袋だ。子どもの頃を育ててくれた母親を目にすると、すぐに少年時代の言葉に戻ってしまうものだ。
最初こそ、ためらいもあったが、キッシュが焼き上がるまでの時間で「母さん」と昔通りに呼ぶことすらできたのだ。
子ども時代に受けた愛情を忘れることができなかったのは、人として当然だった。
懐かしの味をたらふく食べた後だった。母さんが「あなたに会わせたい人がいるの」と切り出してきたのである。
「邪魔をするよ」
入って来たのは、平民の服こそ着ているが、見覚えがある。
「あんたは……」
「グレゴリラ6世である」
ゴクリ。
現れた「グレーヌ教の枢機卿」が自分に何を持ちかけてくるのか。お袋さんの前だ。逃げるわけにもいかない。
その時、アインスの心にはいろいろなモノが浮かんでいた。
子ども時代の何物にも代えがたい思い出。
愛すべき家族が世話になった人の頼み。
幼い頃に教わった数々の教えが自分を救ってくれたこと。
そんなことを頭に浮かべながら、アインスはグレゴリラの話を哀しく聞くしか無かったのだ。
アインスは、相手の話が終わる前に決めてしまっていた。説明されてきた言葉に従うしか選択肢は無いのだと。
おそらく、グレーヌ教の人間達は、ガーネット家の騎士団にアインスが拾われたときから、ずっと追いかけていたに違いない。ひょっとしたら、エルメス様が村に来た時、広場を掃除する役目をしていたことすら、考えに考え抜かれた戦略だったのかもしれない。
今日、ここで、グレゴリラが話す内容をぴたりと予想していた深謀遠慮。
恐るべき先読みをした知恵人がいたのだ。
アインスは恐れおののきながらも、グレゴリラの話に頷いている。そう、これは頷くしか無いのだ。
長い長い話を聞かされた後で、最後は跪き「シーメンティア」と祈りを捧げた頭を枢機卿自らの「祝福」を受けるアインスは手が震えた。
グレゴリラ6世の依頼は予想通り「エルメス暗殺」であった。指定された場所は、会談の席上であった。
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その日、枢機卿達とサスティナブル王国代表との、もう、何十回目になるのか覚えていないほどの「話し合い」の場だった。
サスティナブル王国側は、教会が蓄えている金と食糧の供出、そして教会を人々の臨時の宿泊場所にすることを持ちかけ、教会側は「そんな金はない」と拒否し続けている。
そのため、毎回、サスティナブル王国側が「こちらの教会には、これだけ蓄えがありましたぞ」と強制捜査の結果を開示し、教会側が「神をも恐れず、証拠をねつ造するとは!」という不毛な応酬となるのだ。
エルメスを初めとして、サスティナブル王国から派遣した文官達と、机を挟んで枢機卿達。主に喋っているのは、エルメスと、中央司祭であるグレゴリラ6世だが、お互いに一歩も引かなかった。
特にグレゴリラは、あの時に我が身を刺された痛みを忘れてなかった。つまりは、情勢がどうとか、民がどうとかよりも、ひたすらに「怨み」を晴らすべく存在しているのである。
だから、教会の強硬派の代表格となったグレゴリラ6世は、いつもの通りに居並ぶ枢機卿を代表するように最後は激昂して見せたのだ。
もちろんタヌキの腹芸でもある。
エルメスは座ったまま皮肉な笑いを浮かべるのみ。
「お話になりませんな」
でっぷりと脂の詰まった腹を、装身具の上からジャラジャラと撫で下ろしながら憮然とした顔をしてみせる。
「話にならないというのは、ソチであろう? このままでは全教会の強制収用に踏み切らざるを得ないのである。信仰心は妨げぬが、人々が困っていたら積極的に助けるのが教会の仕事であると思うのだがね」
「助けられる人々を既に積極的に助けておると言っている。異教徒に口を出される余地はございませぬな」
狭い会議室である。
双方とも帯剣はしていないが、念のために護衛を一人だけ入れることは合意のウチ。
枢機卿は武術の優れた僧兵を後ろに従え、エルメスはいつもの通りに、剣を外しアインスを従えている。
そこで、枢機卿は太った身体をイスにふんぞり返らせながら「神を恐れぬ者には、天罰が与えられるモノですぞ」とニヤリとした。
「ふむ。ソチの申す神が実在するというのなら、この瞬間にバチを当ててほしいものであるな。そうしたら我も神を信じようでは無いか」
「ふむ。では、きっと神からの罰が下りますぞ。そちらの下僚どもは、あなたに罰が当たったら神をお認めになりますかな?」
「ははは! おもしろい話である。約束しよう。もしも、この瞬間に、天罰とヤラで我の身に何かが起きるなら、部下達に神を信じるように命じても良いぞ? 代わりに、私がこの部屋を無事に出られたら、ソチは『神は存在しない』と認めたということでも良いのか?」
「ははは。いいでしょう。神は公平です。絶対の存在です。あなたのように、神を恐れぬ振る舞いをする人間を決してお許しになりませんぞ。あなたはこの部屋を無事には出られません」
自信たっぷりに言いきった後、双方に沈黙が訪れたのである。
たっぷりと1分ほどは過ぎた頃だ。グレゴリラ枢機卿は、何度も目を瞬いて、視線をキョロキョロと動かしたのだ。
何度も何度もだ。
「こ、これ! 天罰だ。天罰を下さねばなるまいぞ! 早く!」
余裕のない顔で、エルメス様の後ろに向かって叫び始めている。
「ふむ。神様~ 天罰だそうだ。ここで何も起きないと、敬虔なるあなたの信徒が敬遠されてしまいますぞ~」
エルメスは人の悪い顔で言い放つと「では、神様はいないとソチが認めたということで良いな?」とゆっくりと立ち上がったのである。
「こ、これ! これ! 今じゃ! 今だぞ! 何をやっておる!」
座ったまま、わめき始めたグレゴリラに、エルメスは人の悪い笑顔で振り返ったのだ。
「あ~ 神を信じないと宣言した、そこなる男よ。今日のことは他の枢機卿達が確認したのであるがな、ソチは今日から棄教者扱いとなるそうだ。そうじゃな?」
ハッと気付いて、地方司祭達を見ると、一斉に冷めた目で見つめていたのだ。
「え? あっ、ど、どうして? どうして!」
カラカラと笑い出したエルメスは「あのなぁ、神は天罰を下せぬし、人が神になれるとも思ってはないが、神のごとき知恵というモノは存在するのだと初めて知ったぞ」と楽しそうに言った。
「神のごとき、ちえ、だと? まさか、お前! 計ったな!」
アインスは、能面のような表情をピクリとも動かさなかった。
「子どもの頃、よその家で育てられた人。そして騎士団に入ってからは長く故郷の人と触れ合ってない人。そんな人が街を歩いて、幼馴染みに会ったら必ず言われますよ、だそうだ」
そこでエルメスはアインスの方を向いていったのだ。
「な? 予定通りの言葉を言われたであろう?」
「はい。お陰でお袋を恨まずに済みました」
ギロッと「ただの男」を見たアインスは吐き捨てるように言った。
「お袋を利用しようとした罪は重い。グレーヌの神様には良い印象を持っていたんだが、お前のせいで最悪だよ」
「と、まあ、これは必然であるな。ソチがアインスを狙うのはわかりきっていたことだし、何を言うのかもわかっていたぞ。お陰で今日の会議は退屈しなかったぞ。その部分だけは礼を言っておこう」
「ま、まさか、お前は、初めから知っていたとでも言うのか」
「ん? 我の知恵では無いな。言ったであろう? 神のごとき知恵というのものが存在すると初めて知ったとな」
「そ、そんな、そんな、そんな…… 騙したな!」
「おいおい。自分の悪事が上手く行かないのは、ソチに知恵が無いからだろう? それこそ、神の名前を
その瞬間、一人の痩せた地方司祭が手を挙げた。第9教区のハインリッヒ・ハンブリヤ枢機卿である。
「神を騙せると思う人間に、枢機卿たる立場を与えてしまったことは、わが教会の恥ずべきこと。この男は
「な、なんだと!」
「なるほど。それはお任せしましょう。それで良いかな?」
最後のセリフはアインスに向けたものだ。
「生涯、この男を、そのシードとか言う場所以外で見かけたら、私が天罰を与えてご覧に入れますので」
「ふむ、許可する」
こともなげにそう言って見せたエルメスは「では、次回は、建設的な話し合いができそうで、重畳である」と言い残して颯爽と立ち去ったのである。
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作者より
グレーヌ教の急進派がエルメス様を狙ってくることは分かっていました。そのため「誰にターゲットを絞るのか」と言うことを逆算した条件を提示したのはショウ君です。その条件に該当するのはアインスだけでした。「おそらく、こんな感じのことを言ってくると思います」と言うことがエルメスを通じて、あらかじめ教えてあったため、アインスは冷静に受け止めることができました。恩人である「お袋」に、これ以後、グレーヌ教が手を出さないことは、他の枢機卿に確認をしていました。地方司祭である枢機卿達は、比較的まともで「暗殺」はやべぇよ、という認識があったのが救いです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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