第15話 風船爆弾
「追いつけるぞ! なんとしても、ヤツらを叩くんだ!」
追撃しているのは北部方面騎士団千騎の中心となるノース大隊300騎。
隊長のフブキを始め、幹部やエースは国軍総司令のエルメスから直接教えを受けて育ってきた。それだけに、昨日に続いても「奇襲」は予想したし、それに対して追撃に備えるだけの体勢は作っていた。
なぜか、いまだに「偵察部隊」も「周辺巡回部隊」も作らない総司令部に無断ではあったが、騎士団の責務として自発的に、この辺りの地形を偵察済みだった。
『追いつける。ヤツらは南部の馬。馬体はデカくても、足の速さならこちらにブがあるからな』
北部方面騎士団は、主に遊牧民族との対応が主任務である。北部の遊牧民族の馬は足が速いので有名だ。まともにやり合うためには、スピードが勝負となる。
そのため、意図的に北の馬を導入してきた。おかげで王国騎士団でも随一の馬速を誇っている。
敵は2個中隊(60騎)ほどだ。いかにガーネット騎士団の猛者であろうと、足止めさえできれば、包み込んで討ち取れるはずだ。
まさに追いつこうとした時、敵は林の小径へと逃げ込むことを選択した。
大チャンスだ。林の外れまでは一本道だぞ。
「シグレ、ヒサメ、ツララ! 林を左に見ながら回り込め」
「御意ぃい! ついてこい!」
この三隊を指定すれば、自動的に先任のシグレが指揮官となるのはいつものこと。
ハンドサインで「挟撃」を示せば、優秀なシグレだけに、すぐに意図を飲み込んでくれる。
この林はそれほど大きくない。直径5キロの巨大な時計に見立てれば、ここは「8」の位置。小径はいったん「10」の方向にグニャグニャと小刻みなカーブで向かってから、右に急カーブを描いて、出口は「3」の位置となる。
『林を左に見ながら反時計回りに行けば、外回りの方が近道なんだ。必ず挟み撃ちできる』
狭い道に入り込んだ騎馬隊を前後から逃げ道無く挟み込む。
それこそ、理想的な挟撃になる。
フブキは声を張り上げる。
「続け! 昨日のように好き勝手はさせん! なんとしても、ここで叩く!」
勢いに乗って本隊は小径に突入。いささか道が狭い。どれだけ詰めても8騎併走するのがやっとだ。隊列が伸びる。
道に迫る高い木に、ふと恐怖を覚えた。
『もしも、待ち伏せだったら?』
危険性を考えながらも、冷静な目は木の根元側を見ている。
「下のヤブを見る限り、馬はおろか、人も通れない。せいぜい、隠れたところから矢でも射かけてくる程度か」
見抜くと同時に、指揮官としての責務がフブキに声を上げさせた。
「伏兵注意。左右、上にも注意だ! 矢が来るかもしれんぞ!」
訓練が行き届いた部隊だけに、素早く復唱の声が後ろに届いていく。
その時だった。
「あれは!」
叫び声は「上」を見てのモノだ。
空を埋め尽くすばかりに降ってくる想定外の塊。唖然として見上げる目に映るのはピンクや薄いブルー。一抱えもありそうな「何か」が、ゆっくりと落ちてきたのだ。
とっさの判断が隊を壊滅させることがある。特に隘路を進む大部隊は、混乱を避けるのが一番大事なこと。馬同士がぶつかれば、それだけでもタダでは済まないのだ。
冷静な判断力がモノを言う。落ちてくる物体が見せかけの大きさだと気付いたのだ。ふわふわと落ちてくる。
「あれは重くない。各自、抜刀! 馬速そのまま! 騙されるな!」
目の前に来たものを切り捨てれば問題ない。おそらくは陽動、本当のシカケはこの先にあるはずだ。
フブキの高い戦術能力は、この先にある、右急カーブを曲がったあたりで、本当の待ち伏せがあると予測したのだ。
ここで陽動に引っかかって隊列を崩すのが一番怖い。落ちてくるモノが何なのかはわからぬにせよ、このまま進むのが上策なのだ。
風にすら動きがゆらぐ軽いものだ。当たっても大したことはあるまい。しかし身体が触れてしまえば何があるかわからない。だから、各自が目の前に来た「何か」を切り捨てて進む。
それが最善の策のはずだ。
目の前にゆったりと落ちてきた「何か」に対して、フブキの剣が一閃した。
パンッ!
小さな音を立てて、それは弾けた。何か赤い煙を見たと思った次の瞬間だった。
「うげぇえええ!」
「目がぁ!」
「息がぁ」
ぶひひぃーん!!
あらゆる声と悲鳴と、いななきが同時に炸裂した。
一体何が起きたのかわからなかった。
竿立ちになった愛馬からフブキは振り落とされる。受け身を取る余裕もなく、地面に激突した次の瞬間、暴れる他の馬に踏みつぶされ、そのまま意識を失ったのである。
もしも、フブキの意識が残っていたら、200騎以上の騎士達が、あっちこっちで目を押さえ、咳き込み、暴れ回る馬に振り落とされ、踏みつぶされる地獄の光景を見ていたことだろう。
一方で、それを見下ろしていたのは、馬を隠して木に登っていたジェダイト中隊の面々である。自分達が落とした「兵器」の凄さに驚いて、口々に「すげぇ」「やばっ」「ひでぇ」とつぶやきを止められなかった。
阿鼻叫喚とは、このことだろう。自分たちの4倍以上もの騎馬隊が、一瞬にして、誰一人としてまともに動ける人間がいなくなったのである。
しかし、ノンビリ見物しているわけにもいかない。
「全員、予定通りだ。無事なお馬ちゃん達をいただいて、バッくれるぞ」
「「「「「「「おう!」」」」」」」
北部方面騎士団の中心であるノース大隊300騎のうち、出口で待ち構えていた100騎を残して、死者(主に落馬による被害)10人、重軽傷者180名、100頭もの馬が奪われ、残されたのは回復不能な馬だけであった。
その日、王都に招集された北部方面騎士団は事実上、壊滅したのである。
・・・・・・・・・・・
ふう~
やっぱり効き目あったかぁ。
「
これは古来、常識と言っていい。
そして、今のテーマは「追いかけるとロクなことにならないよ」の刷り込みだから、林の中に誘い込んで、悲惨な思いをしていただくのは、セオリーだよ。
そのために大事なのは待ち伏せってヤツ。
でもさ、ほら歴史戦記物のマンガなんかで「待ち伏せ」と言ったら、山の上から巨大な岩なんかを落とすとかがあるでしょ? 実際に、そんな地形ってなかなか無いんだよね。そもそも、両側が崖みたいになった谷底の「道」を真っ直ぐ進めるような地形なんて、よほどの山の中だけだし。
山道を騎馬隊がガンガン進むなんてあるわけがない 笑笑
でも、木に囲まれた狭い道くらいなら、ありふれてるだろ?
問題になるのは攻撃方法だよ。
だって、木の上から待ち伏せ攻撃するって言っても、不意打ちで仕留める必要があるからだ。しかも、致命的なダメージを一撃で与えないといけない。
だって、もしも反撃されたら待ち伏せする方がヤバいんだから。木に登ってるところを囲まれちゃったら、脱出不可能、絶体絶命だもんね。
これが、さ、銃を使った近代戦なら「300メートル先から狙撃」もあるけど、矢と槍の世界では無理。
かと言って、木の上に「巨大な岩」なんて持ち込めるわけが無いし。
で、今回用意したのは「赤唐辛子粉いりゴム風船」ですよ~
と言っても、ただの風船じゃ無いっていうか、そもそも風船ですら無い。
アレですよ、アレ。
こっちの世界では女性の意志で簡単確実に避妊ができてしまうので、誰も使ってないゴムです。あれに使用期限があるって知ってた? 標準で5年が設定されていて、薬局に置いてある在庫の使用期限が半分になるとメーカーに戻されるんだよ。
一応、メーカーは「10年、大丈夫」って言ってるんだけど、モッタイナイ精神を発揮して途中で破れたら、ごめんじゃ済まないもんね。
今回は「メーカーに戻ってきた廃棄分」を呼び寄せた。わずかMP1で10グロス以上も出てきたよ。いや~ 超、お得w
言っておくけど、ヘンなモンじゃ無いからね?
「軍のあるところにゴム製品あり」ってやつだ。
聞いたこと無い? 砂漠で待ち伏せしているスナイパーが銃口にコイツを被せているって有名なネタ。
ヘンタイ、じゃなくて実用性があるんだよ。砂が銃身に入り込むのを防ぐ上に、いざとなったら、そのまま射撃できるって便利さだから。
良く伸縮して、清潔な(未使用に限る!)、それでいて信頼性の高いゴム製品は、利用価値が高いんだよ。水を運ぶのにも使えるし、怪我をしたら、そこに当てて止血に使っても良いし、何だったら骨折の添え木を縛り付けるのにも使える。
ちなみによく伸びる。「標準サイズ」でも、45リットルは楽に空気が入っちゃうよ。こうなるとサイズは90センチにもなる。
後は文化祭で使った「風船用空気入れ」を20個ばかり呼び寄せて、朝のうちに、みんなでシュコシュコと膨らませておいたんだ。(千個以上空気を入れて、ピンホールゼロって言う日本品質はすごいと思ったよ)
赤唐辛子は賞味期限切れのが10キロ入りの袋単位で出てきたけど「刺激」自体は落ちてないからね。
で、ジェダイト中隊の面々が馬を隠して木の上に潜むこと1時間。いやあ、何しろ風船だろ? 一人が10個以上も持って上がるなんて楽勝だよ。
何しろ、元が「厚さ0.02ミリ」だ。コイツに空気を入れたら、風に運ばれるようにして、ふんわり、ゆっくり落ちてくる。
5百個の風船爆弾がふわふわ漂う中に突っ込む騎馬軍団。
練度の高い騎馬隊だからこそできる、ギリギリの距離での隊列だ。ギャロップの中で避けるよりも、槍かなんかで馬と自分の身体に触れないようにするに決まってる。
で、パンと弾けると、中の赤唐辛子粉が……
これを避けられる人間がどれだけいるかだよね。
ちなみに、あらかじめ「切る瞬間は目を閉じて呼吸を止めること」とお願いしてアテナに切ってもらったら、真っ二つに切断したよ! ビックリ!
でも、アテナの剣速をもってしても、粉がしっかりと顔にかかってるわけで、並の剣捌きなら、もっと悲惨なのは当然の末路。
そして、こういう刺激物への反応は動物の方が酷いのが普通だよ。もちろん、お馬さんも例外ではないんだ。
かくして、粉が目に入った馬も人も、一瞬で視界を奪われ、吸い込んだら呼吸が困難になって、喉も舌も腫れ上がるってことになる。
落馬したら大怪我をするのは普通のことだし、暴れ回る500キロの巨体に踏まれれば、ただじゃ済まないよ。
もつれて倒れ込んだから、怪我をしたお馬ちゃん達が多数出てしまったのはごめんだよ。
怪我をしてないお馬ちゃん達は、我々が美味しく引き取りました。戦利品は100頭近くになった。戦場に連れて行けるだけの馬が、一瞬で、これだけの数が手に入ったのは大きいよ。
あ、今回のおびき寄せ担当だったゼックス達クォーツ中隊は、そのまま引き返してきたんだ。
倒れ込んだ人達の間を通り抜けるゼックス達。相手はトドメを覚悟したんだろうけど、槍の代わりにビラを撒いてもらったんだ。
誇りある騎士達よ!
反逆者、逆臣に仕えるは忠義に非ず
正当ならざるものを疑わぬは正義に非ず
王の姿を見ずして従うは忠臣に非ず
王は宮殿の地下で助けを待っている
お前達が気付くのを待とう
挟撃を狙った別働隊が、いつまでも現れぬ「敵」に不審を感じ取り、悲劇の現場に来るまでには、それから20分ほどかかったのであった。
・・・・・・・・・・・
その日、もう一つの奇襲部隊を追いかけた東部方面騎士団の200騎は、反応の鈍さゆえに、悲劇の度合いは薄くなった。
多くの騎士達は、刀で迎撃することなく、地面に落ちた風船を踏みつけることで破裂させてしまったからだ。
後続の50騎ほどが唐辛子パウダーでダウン。後続のダウンに気を取られて立ち止まったところに、第二弾は、恒例のロケット弾攻撃だ。
もはや馬を制御するので精一杯。
はい、こちらも落馬によって100名リタイアだよ。もちろん、残ったみなさんには「ビラ」を渡しておくのは同じだ。
ふふふ。
昼の部で騎馬7千騎のうち5パーセントの損失とあいなったわけだ。(後々わかったことだけど、昨夜、騎馬隊前に仕掛けた「地雷」が100名ほどリタイアを生んでいたらしい)
続けて「夜の部」だけど、本日は早めのお泊まりを決め込んで、まだ王都から30キロも来てないのに2泊目となった。王都から出てきた輜重隊は、ゴールズの全力攻撃で焼き払わせて貰った。
煙を見たんだろう。本体から騎士団が応援に駆けつけたけど、既に夕方。深追いするなんてことは不可能だったのだろう。
う~ん、非常に良いペースだ。
ヨク城につくまで、こんなんだと、あと4日もかかっちゃう。兵士が持ってる食料も水も、せいぜい、あと一日分だ。特に騎士団は、馬の分の水と飼料が不足し始めてるのが見えてきたよ。
丘に登って見下ろすと、あっちこっちの騎士団で、飼料や水を譲り合っているのが見えた。特に、奇襲部隊を追いかけた騎士団は、その度に荷物を捨てて追いかけてきたから、余計に不足が深刻みたいだ。
そして、彼らの「今夜のお宿」は、見事にロの字。
周囲を簡易柵で囲んで、交代交代で歩哨に立つようにしたらしい。
ちょっと対策が甘いんじゃ無いの? 各軍は、それぞれが防御システムを作ろうとしているけど、寄せ集めだけに「外周」が一番、ガタガタになるんだよ。
本来なら、こういうところを司令官が調整し、命令するんだけど、どうやら敵の司令部は機能してないらしい。
(後で知ったのだけど、実質的な指揮を執るべき副司令官は、王都への一時帰還となったらしい。王太子命令で「風呂に入る」らしいw)
と言うわけで「頭」がいない間に、やり放題させてもらうよ!
本日の夜間襲撃は「ロケット花火」を使用しちゃおう。付け合わせに、黒く塗った矢を数本ずつ、まんべんなく射かけておく。お馬ちゃん達には、可哀想だけど「真夜中のロケット弾」で一斉攻撃。
ロケット花火は、それほど多く出せなかったんだ。大量廃棄のケースがあまりなかったらしい。コンビニで売っていた「夏のはなびセット」っていうバラエティパックに入ってた5本ずつのタイプだ。これをセッセと出し続けておいたよ。
貴重品だから一度の襲撃で使うのはせいぜい5本。
だけど、付け合わせが効いちゃうんだよなぁ。
だってさ、夜中に「ぴゅーーー」って、聞いたことも無い音がして、なんだ? なんだ? って起きだして、ふっと横を見たら仲間が黒い矢で死んでる。
あるいは「うがぁああ」と、矢が刺さった悲鳴の直後に「ぴゅーーー」って音がしたらどうなる?
これでぐっすり寝ていられたら奇跡だよ。よほどのベテラン兵士以外、一度寝たら、次は目を覚まさないかもって状態で寝られるモノではないんだ。
しかも図太い人向けに、紛れ込ませた影のみなさんが、ちゃ~んと起こしてあげるよ。「ぴゅーーー」って鳴るたんびに「敵襲!!!!」って騒ぎ立てるわけだ。
その度に、総員起こし、だよ!
騎士団の方の馬には、ロケット弾以外に、矢も射かけるよ。なんか、兵士に打ち込むよりも、こっちの方が心が痛むのはなぜなんだろう?
オレって歪んでる?
ともあれ、騎士団だって、自分たちの身を守るだけならともかく、馬まで狙われたらおちおち寝ていられない。
こういうかく乱を一晩中続けてあげれば、またしても「眠れない夜」となるわけだ。
明け方、ぼーっとした兵士達の周りには、またしても「紙爆弾」が届いているのはお約束。
せいぎの へいしたちよ
きゅうでんの ちかに いる
おうさまを たすけよう
わるい ひとの めいれいに
したがうのは わるいことだ
にげて いいんだよ
かぞくも あなたを まってる
そして、3日目の朝を迎えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
2日間、ろくに寝られなかった兵士のみなさんは、忠誠心どころじゃないですよね。しかも、その忠誠心そのものが揺るがされる「紙爆弾」を見舞われているわけです。少しずつ蝕まれるのも当然ですよね。
そして3日目。水と食糧が底をつきます。果たしてどうなるのか。
東部方面、北部方面騎士団は、近衛騎士団とは別組織です。近衛は独特の存在で、東西南北の騎士団は同格みたいな感じです。ただ「王様直属の最後の藩屏」であるため、プライドも高く、格も上って感じです。今回の「討伐軍」の副司令を近衛騎士団の副団長が兼務するのは、ゲール君のワガママのせいです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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