第9話 情報戦?


 気が気じゃないよ。


 心は逸って、ガンガン先走りたくなるけど、動くには情報が必要だ。


 できることから手を打つとしても、決定的な何かを決めるには「今、何がどうなっているのか」がわからないと裏目ることが多いからね。


 オレだけじゃなくて、愛する人達や、オレを信じてくれる人の命がかかっているから、適当な「カン」だけで進めるのはあまりにも怖い。


 といっても、打てる手はどんどん進めるよ。


 とりあえずシンだと王都から離れすぎているんで「前進基地」を構築した。


 シンと王都とを結ぶ道路は、拡張整備された上で何カ所かにステーションを作りかけているんだ。もちろん、まだまだ整備途上だけど、ロウヒー家との領境に一番近い「ヨク」と呼ばれる場所にあるステーションに移動した。 


 あ、名前は「ステイション」だけど、イメージ的には、高速道路のサービスエリア的なのを思い浮かべた方が近い。


 王都まで馬を飛ばせば2日の距離になる。


 この場所を選んだのは、一帯が、かなり広い荒野になっているからだった。


 北に向かって流れる大河が近いので水も大丈夫。強いて言えば南側が山になってるってことだけど、他はだだっ広い野原だから問題なし。


 この地に人が住んでないのは、ここに流れるアラ川が東の流れを急に北へと向けているからだ。古来、大河が急に流れを曲げるところは、大雨が降れば氾濫する可能性が高いと知られている。その上、歴代の王朝は、堤防を作るだけの労力を掛けてこなかったせいだ。


 もちろん「王都への道」は、川の氾濫の影響を受けにくい場所に作ってるけどね。


 そして、オレ達の陣地は起伏を利用して、小高い場所に作ったんだ。


 こういう城に名前を付けるなら、眼下に広がる荒野の地名を取るのが常識的なやり方。したがって、ここは「ヨク城」ってことになったんだ。


 いや、この名前は気が付いたら、そうなっていたんだ。オレのせいじゃないからね!


 よくじょー うぅん。なんか、ヤバそうな名前な気がする。いや、そんなことにこだわってる場合じゃないから、黙ってたけどさ。


 そこに3千の兵と2千の騎馬を連れてきたんだ。当然、ゴールズの仲間も一緒だよ。

 

「ここをサスティナブル王国再建のための前進基地とする」

「なるほど。このヨク城で、ショウ・ライアン=カーマイン閣下が立つわけですね。きっとこれは伝説になります」


 ノインが全面賛美の面持ちで、しみじみしてる。


 いや、のを語り継がれても、イヤなんだけどw


 そーも言ってられないか。


 ともかく、情報分析だよ。そして、野戦築城をしないと!


 ここに来るまでに考えていた策は、これだ。


「出でよ、バブル期リゾートホテルの建設用足場!」


 びよょよよよ~ん。


 イメージしたのは、バブル期に建てようとして工事が止まり、置き忘れられた山の中にできかけたリゾートホテルの建設現場。妙に山奥に放り出されてるホテルっぽい建物があっただろ?


 あれの置き捨てられた足場だよ。日本各地に、こんな「幽霊リゾート」があったんだよ。


 出ました! 


 サビだらけだけど、ぐるりと200メートル×5階分の高さの足場だ。MPを40ほどぶっこ抜かれたけど、腰を抜かさずに耐えて3連発。


『いやぁ~ こりゃ見事に、サビだらけだな』


 でも、こんなもんがピカピカである必要なんて無い。


 コイツで柵を作る。隙間があるけど、鉄砲を防ぐわけでもない。とりあえず騎馬隊や甲冑を付けた兵士が素通りできなければ良いんだから。足場の部分を横向きで取り付けて、あとは鉄条網頼みで十分だよ。


 ちなみにレンチの類いは、チマチマ出すしかなかったけど、100本以上を一日で出せた。


 こいつの組み方をゴールズのフュンフ、ゼックス、ツェーン、そしてツボルフに、まず教えて、そこから歩兵部隊の小隊長に教え込めば、あっと言う間に3千人の歩兵隊が「とび職」へと早変わりだ。人海戦術で「高さ4メートルの金属製の塀」が即日完成だよ。


 地面への固定は、あっちこちにクイを打ち込むのと自重で何とかなるだろう。もちろん、外側に渡す横パイプには、丁寧に有刺鉄線を噛ませるのも忘れない。


 あとは、いくつか外に仕掛けを作っておけば、即席の「城」のできあがり。


 それらの作業をしてもらっているウチに、次々と「情報」が入って来たんだけど……


 あとは地名がなぁ~ と嘆いていても始まらない。


 同じく、即席の天守閣会議室は、工事現場のプレハブ宿舎だ!


 コイツを出すのはMPが15。


 びよょよ~ん


 わ~ 汚ねぇ~


 ここの掃除と整備は後回し。とにかく、ここを作戦本部としよう。


 と思ったら、ガーネット家にいた大勢のメイドさん達が付いてきていて、寄って集って一斉に掃除をしてくれた。オレが外回りに行って、いろいろと出してくる間に、作戦本部はあっと言う間に人が住める状態になっていた。


 さすが、プロ。


 お礼は、ハンドクリームと大手メーカーのクリスマスケーキだよ! あ、にも出してあげてね。老公とティーチテリエー様がジーッと見てたから。


 すぐさまオレ達は、会議を始めた。(紅茶とケーキ付き)


 シュメルガー家の影が集めてきた情報は、かなり具体的で詳細なモノだった。


 もちろん、ガーネット家の影も使ってるけど、王都の中で活動するなら、やっぱり宰相直属な分だけ一日の長があるからね。ガーネット家のみなさんには別な方向で働いて貰うよ。


 それぞれの得意分野で活躍して貰うのが方針だからね。


 さて、殺風景な建設現場のプレハブ宿舎の二階にオレ達は顔を揃えた。ティーチテリエー様にバッカスにアポロン、そしてノーブル様とゴールズからはノインも参加。


 当然のようにアテナはオレから離れないし、誰もそれに不思議な顔をしなかったのはある意味で凄いよね。


 ともかくザックリと老公ノーブルから説明を受けて、最初にオレが言葉にしたのは「まさか」と言うセリフ。


「いくらなんでも話が簡単すぎます。こんなにダダ漏れなんて。何かのワナでは?」


 動員計画どころか、ノーマン様とリンデロン様の居場所まで、こんなに短期間で特定されちゃってるんだもん。


「間違いないです。簡単すぎるように感じるのは王家の影が全く動いてないためでしょう」

「え? 王都なのに?」

「理由は、9月に入ってから陛下が全くお姿を見せなくなったことにあるかと思われます。おそらく、その時点で陛下の御身がなんらかの理由で喋れない状態になったのでしょうね。おいたわしいことだ。ともあれ、そのため王家の影を使う手段がなくなったのでしょう」

「殺されたのではなく?」

「弑逆にあったのでしたら、ただちに第一王子、ないしは王となる人物の元に影がすり寄ったはず。崩御なさった確信がない場合は、国王だけが知る呼び出し方を使わないと影は一切動きません。そういうものなのです」


 そう言うと老公はペンダントのようなモノを懐から取りだした。


「大事な用件の場合、このような符丁で影のトップクラスに命じるのですが、符丁を奪い取っただけでは影を使うことはできない仕組みです」

「なんらかの合い言葉みたいなモノが?」

「まぁ、いろいろです」


 さすがに簡単に明かすわけが無い。曖昧にしつつ老公ノーブルは言葉を続けた。


「だから、仮に陛下の持つ符丁の何かを奪い取ったとしても、陛下が姿を見せずして、他の者が主まがいの命令を出すのは無理です」

「だから王家の影が動かない?」

「はい。しかも、影の見方からすると、現在『玉体』を握っている人物が『国王の敵』である可能性が高い。この場合、今上の崩御を知っても、現在の敵であり、弑逆奉った人物にはつきません」

「それが第1、ないしは第3王子だと言うわけですね」

「王子も、それがわかっているのでしょう。だから、なんとしても陛下に身罷られては困るというのが現在の状況なのだと考えられます」


『わ~ 玉の取り合いかよ。ってことはとりあえず、王様を気にせずに攻めちゃって良いってことか』


 オレは確認を続けた。


「ノーマン様達の居場所が王宮の地下?」

「はい。王宮には使われてない場所があります。そして、だけは、さすがに影をもってしても入れません。王宮にはそういう場所が地下に存在するのです。二人は、そこを地下牢にして入れられているはずです。そのため、連絡を取ることができませんでした」

「王家の影が動かないにしても、あっちにはロウヒー家が付いているはずです。あちらの影の者はどうなっているんです?」


 いくらなんでも、これじゃあ、防諜能力がゼロってことになる。


「ロウヒー家の影は昔からゴシップネタに特化しています。今回のように防諜と言う点では非常に弱いですので。我らの敵ではありませんな」


 胸を張る老公。


 う~ん。でも、いくらなんでも、これはないんじゃないだろうか?


 オレはテーブルに置かれた敵の配置計画を見ていた。


 大雑把な配置までバレちゃった上に、動員計画から、予定まで、詳細に書かれてる。


 ここまで事前にわかることなんて、マジであるの?


「ロウヒー家には、どうやらアマンダ王国からの草が入り込んでいたようです。愛妾という形のようですね。その女がジャンの執務室で読み取った計画をに流しているようです。そこで送られたはずの情報に書いてあった動員計画ですので、正確でしょうな」

「ひょっとして、アマンダ王国の情報網を断ち切って、なりすましているとか?」


 老公は、ニコッと凄みのある笑顔を浮かべただけで「ともかく、この情報が正確であることは、元王国宰相として保証いたします」と頷いてみせる。


 わ~ 相手のコマを、そのまま利用かよ。将棋じゃないんだから 笑笑

 

「これによると、近衛騎士団が動いてますよね? あそこって本来は国王だけが動かせるはず。さっき王は姿を見せないと?」

「はい。これについては証言が取れています。王のサインの入った正式な勅令で『ゲール第1王子の命令を聞け』という文章が出ています。正規の勅令であることは確認されています。である以上、近衛騎士団は、王ご自身が命令を取り消すまでは、自動的にその勅令に従って、徹底的にゲール王子の命令通りに動きます」

「じゃあ、これが正しいというわけかぁ」


 いや~んな、戦力差が書かれているんだよ。


「はい。国軍歩兵1万2千、近衛騎士団2千、中央騎士団を始めとする国軍の騎士団が王都に集められて7千。どこまで各地の治安を放り出すのかはわかりませんが、おそらくこの数字を大きく割り込むことはないでしょう」

「で、これがロウヒー家の軍勢と合流して、こちらに向かってくると?」

「はい。どうやら、第一目標は我々に狙いを定めたと見て間違いないです。幸いなことに、他の侯爵家が様子見を決め込んでくれています」

 

 ひとえに、ロウヒー侯爵家の人望のなさのお陰かも。それにしても、この戦力差はひどすぎる。


「ははは。これは、ずいぶんと楽な戦いですね。兵力の差がわずかすぎる」


 オレはシラケた声で、呟いてみた。


 あ、いや、それは皮肉だよ? こっちはガーネット家自体の防衛もある上に、西の治安維持もあるから、今の時点だと、この戦力を出すのが精一杯だ。


 となると、敵とこちらの戦力はこうなる。


 歩兵だけで 敵1万2千VS3千

 騎士戦力が 敵  9千VS2千


 あ~ ホントにだよ。どーするんだよ、軽く見ても4倍だよ? あまりの違いに、思わず絶望してヘラヘラ笑っちまったぜ。


 あれ? なんでみんな、そんな嬉しそうな目をしているの?


「素晴らしい。四倍の敵を楽だと」


 ティーチテリエー様が、目を丸くしている。


「兵力の差がわずか…… 素晴らしいな。いくらガーネット騎士団を主体にするとは言え、これが僅差で済むのか」


 老公が感嘆のため息。


「さすが、50騎でアマンダ王国を降伏させた英雄!」


 とアポロンが心からの賛嘆の声を上げれば「どれほどの戦力差であれば、危ないと思うのだろうか。なるほど、この程度だと楽勝なんですね!」と何度も何度も頷いているバッカス。


 えっと…… あの、これ、自虐的に皮肉を言っただけなんですけど。


 あ~ だめだ、これ。絶対に信じてくれなさそう。


 しかも、これは王子側が握っている戦力であって、ロウヒー家の戦力は別の話だ。

 

「一応、聞きますけど、ロウヒー家の王都内の戦力は?」

「騎馬200、歩兵が500ほどでしょう。けれども、国軍が出払う分だけ、おそらく、謹慎させている各騎士団の監視や王都の自勢力維持のためにも、それほど多くは出せぬでしょう」」


 そこにバッカスが「むしろ、ロウヒー家本領の戦力の方が厄介です」と発言した。


「強いんですか?」

「あそこは、北部の騎馬民族と常に戦っていますので、実戦経験の豊富な騎馬隊がいます。歩兵同士の武ならガーネット流武術がある分だけ、こちらが有利です。しかし、騎馬の戦いだとおそらく個の力はウチと互角。それが最低でも4千騎は派遣してくるでしょう」

「よん、せん、ですか」

「それに、歩兵もおそらく同数は出してくるかと」


 そこにアポロンが「今、かき集めているようですね。全戦力をこちらにぶつけるには3週間後から1ヶ月かかると」と地図で示してくれた。


「わかりました。じゃあ、個別撃破により、とりあえず王都回復を目指しましょう」


 おぉお!


 みんなが目を輝かせてくれる。


 いや、そんなすぐ名案なんて出ないからね!


 ともかく、戦場をここに引っ張ってくるしかないかなと考えつつ、チラッと頭をよぎったのは、馬鹿なネタ。


『こっちにはティーチテリエー様という人妻もいるしなぁ~ よくじょー決戦もありってことになったりして』


 オレはネタを心の奥にしまい込み、平然とした顔でお願いをした。


「では、両家の影をフルに使ってください。まずは情報戦です」


 そう宣言したオレは、昔学校にあったという「謄写版」を呼び出したんだ。


 コピー機が生まれるまで、学校ではこいつでテストを作っていたんだよね。つまりは、印刷機ってことだ。


 さすがに「ゴミ」になっただけに、インクが使える状態だったのは、そんなになかったけれど、オレはセッセと、この世界初の「宣伝ビラ」を作り始めたんだ。


 作っている最中のオレは、一切、思いもしなかったんだけど、この世界初の「情報戦用の宣伝ビラ」は後々まで語り継がれることになる。


 語り継がれる間に、少しだけ言葉が変化するのはよくある話。王立学園の歴史で定番のように試験に出される言葉が誕生したのがこの時だった。


 真面目な淑女、紳士のタマゴ達が、夜な夜な試験勉強で覚えるべき言葉がこれ。


「よくじょーのビラビラで、王都は一気に興奮状態となった」


 わあぁあ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

すみません。どーしても、このネタがやりたくて……


 近衛騎士団を動かした「勅令」って、まだ持っていたんですよね。覚えてますか? 前章の最終話でアグリッパに対して取った行動を。


 王様が、きちんと勅令書を取り上げないから、こうなります。まあ、ゲール君も王様が忘れるように仕向けている部分もありますけど。もしも「あの時の命令書を返せ」と言っていたら、きっと「焼き捨てた」くらいは言っていそうです。


 それと、以前、いただきました謄写版ネタを使わせていただきました。

 マスコミが無い社会において「紙に書かれた情報」の信頼性は高く、口コミでは足下にも及びません。つまりは、宣伝ビラによって拡散された情報を打ち消すためには、圧倒的な力を見せるしか無いことになります。


 ナポレオンが、エルバ島に流されて脱出した後パリに復活するまでの「新聞報道」が変遷したというのは、マスコミ論でも勉強すると必ずヤルネタです(よね?)


 The Church of England quarterly review, Vol. XXIIIからの引用です。

    

 フランスのモニトゥール紙は一連の報道で彼の脱出からパリ到着までの進展を次のように伝えた。

「人食いがねぐらを出た」から始まって「コルシカの鬼が上陸した」とか「虎はギャップに着いた」とか「怪物」とまで言われています。これが最後は

「皇帝陛下は忠実な臣民たちに囲まれてテュイルリー宮に在らせられた」

ってことになるんですから、マスコミって何だよ! ってなるわけですが、もしもマスコミを本人が操っていたら……

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 


 


 


 

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