第7話 ゴールズの名にかけて


 あと少しで、国境だ。だいぶ遅れてしまったが、とにかく歩き続けることに意味があるに違いない。


 ヨト村の仲間達で励まし合いながら、ようやく国境に近いところまで来られた。あと一息だ。


 しかし、年寄り達は途中で倒れた。連れてきて上げたかったが、こちらにももう余裕がなかった。


 子ども達のことで手一杯だ。


 すまなかった、父さん、母さん。ふたりの分も聖地で祈りを捧げるから。


 しかし、もう、持ってきた食糧は尽きかけていた。以前は、たまに兵士が食料を配ってくれたが、もう2週間も見かけない。


 そう思っていたら、突然、大地を黒く覆い尽くすような騎馬集団が現れた。


 なんだ? 山賊?


 10人ほどが馬を飛ばして、こっちに向かってくる。とにかく、妻と娘を隠さないと。もはや取られるモノは何もないが家族を守るのはオレの義務だ。


 しかし、逃がせるような場所も、隠す手段もなかった。


「あなた」


 妻が横にいた。手を握ってきた。


「大丈夫。私が何とかする」


 決意を浮かべた表情だ。


「おまえ、それは!」

「大丈夫よ。あのくらいの人数、私の体力なら十分頑張れるって。私の胸の魅力だって、あなたが一番よく知ってるでしょ! あのくらい、へーき、へーき、逆に、私の魅力でメロメロにしちゃうんだから」


 明るい表情で笑って見せるが、それはウソ。手が震えている。当然だ。だが、さもなければ獣たちは、娘達に手を出すに決まっていた。


「この集団の長は誰か?」

「私だ」


 気が付くと、馬に囲まれていた。見るからに荒くれ者だ。半分は、入れ墨だらけの半裸。こんなヤツらに、妻が……


 馬から下りた男達に囲まれた。


 正直怖いが、妻と私で何とかするしかない。せめて妹と娘達だけでも見逃してもらえるように頼むしかない。


「ど、どうかその「我々はゴールズである」ゴールズ?」


 ゴールズって…… ウワサは聞いたことがあるが、本当にいたのか?


「見たところ、子ども達もいるようだが食料はあるか?」

「申し訳ない。もう、最後の一口しかない。子ども達にせめて食べさせてやりたいのだ。何とか許してもらえないだろうか?」

「何日食ってない?」

「大人は、もう3日。子ども達は、一日に、イモを半分だけ、それもあと6個ほどになってしまった」

「そうか。なら、まず、これを食べると良い。たくさんあるが、少しずつ食べるんだぞ? イッペンに食べると腹のワタがビックリしてしまうからな。ほら、パンだ。柔らかいぞ」


 男は茶色い箱から取り出した「パン」を一口囓ってから、袋ごと渡してきた。この一口は、毒味という意味だろう。


「これは?」


 恐る恐る受け取ったパンは、なんだか甘い匂いがする。話に聞いたことがある「お菓子」じゃないのか? 持っただけでも、信じられないほどに柔らかい。


「とりあえず食ってみろ」


 とにかく食べてみるしかない。


「甘い! こ、これは……」

「15人か。なら、これで一週間はもつはずだ。これで何とかしろ」


 馬の背から下ろされた箱が、トントントンと積み上げられていく。


「こっちの箱は、米と言ってな、食べ慣れてないかもしれないが、湯を入れて少しすると柔らかくなる。栄養があるし、慣れると美味いぞ」


 子ども達に「食べて良い」と言おうと振り返ると、荒くれ者達は、もう、子ども達に直接手渡していた後だった。


 一番小さな子は膝に載せてニコニコしながら食べさせていた。この男達は案外と優しい表情で、お菓子のようなパンをみなに渡していた。


 それを見つめていたら、低い声がした。


「それと、女たちを出せ」


 来たっ! やっぱり、そっちが目的だったか。だから優しいふりをしたというのか。


「頼む、赤ん坊もいるの、私が、その…… 私だけで許して」


 妻が勇気をふるって声を出す。


「なんか勘違いしているようだな。赤ん坊がいるなら、ますます大事おおごとだ。父親もいるなら一緒に出てくるんだ。ん? お前が母親か?」

 

 いつのまにか、気丈にも赤子を抱えた妹が横に立っている。それをかばうように、妻が前に出た。


「お願いよ。あんた達の相手は私がする。だから、この子は許してやってほしい、まだ、産んだばかりで、大事な時期なんだ」

「えっと、乳は出てるのか?」


 妹が悲しげな表情だ。自分が食べてないのだ。ろくに出てないのだろう。


「父親と一緒に。それと赤ん坊もだ。ちょっと来てもらおう」

「え! そんな! そんなのは、せめて、せめて、夫には見せないで」

「あのなぁ、何か勘違いをしてないか……って、コイツはオレ達が悪かったのかな? 最初に名乗ったはずだ。我々はゴールズ。聞いたことがないか? 困っている人を助けるだけだ。女に手を出すことは許されてない」


 後ろから、別の男が声を出した。


「もしも手を出したら、オレ達、親分に殺されちまうもんなぁ。も、許してくれねぇだろうし」

「ちげぇねぇ」


 男達がどっと笑った。


「ほ、ほんとに?」

「約束しよう。ゴールズは、賊に情けは掛けないが、真面目な民を守るために存在する。それが我らの誇りである」


 そう言うと、ガラの悪い男は、思った以上に無邪気な笑顔を浮かべた。


 それから男達は「粉ミルク」というものや「衛生」ということを繰り返し教え込んできた。


 妹のためにと思って私も、妻も男達の話を一緒に覚えようとした。


 初めて聞くようなことばかりだったが、こちらが理解するまで何度でも説明してくれたし、逆に、適当にすませようとすることを一切許してくれなかった。


 ほとんど丸一日かかったが「食事代だと思って、オレ達の話は覚えてもらうぞ」と全く妥協しなかった。


 だが、乳が出るまでは、この「粉ミルク」とかいうものが赤ん坊の生きる術となる。子ども達の顔からも、ようやく「死相」が薄らいだ。


 ゴールズに出会えたからこそ、救われたのだ。


 神よ、感謝します。シーメンティア。 


 

 


・・・・・・・・・・・


 現地の指揮を握っているツヴァイさんと、副指令のアハトさんがすぐ会ってくれた。エルメス様からの委任状を出すまでもなく「この後は?」って質問された。


 信頼して貰えるのは嬉しいけど、経験豊富な二人が途方に暮れるほど、ここの状況が「地獄」ってことだ。

 

 もとから遠慮なく「お願い」をしちゃうつもりだったけど、ガンガン行くよ。


「途中で倒れた人も多かったし、入りきれない人もいたせいで、現状で対応が必要なのはシードの周りにいる20万人程度だと思います」

「二十万……」


 ちなみに、シードを囲む壁の中の面積から割り出すと、混んだ電車並に詰め込んだら1千万人ちょっと入れることになる。でも、10分や20分ならともかく、それは無理がありすぎる。横にもなれないし、生活のためにはいろいろと特別な場所も必要だ。それも合わせて考えつつ、壁の上から見た感じだと「生きている」人は20万くらいで、動ける人は、その半分程度の計算だ。ちなみに、既に「生きてない」人は、その同数、あるいは、もっと多いかもしれない。


 まさに「地獄」


「生きている人には、ここから脱出して貰いましょう」

「それはわかるんだけど、どうやって?」

「現状では、入ってくる人達の圧力は、あまり変わっていません。ただ、少しずつ、壁に沿った一列程度ですが、流れに逆らって脱出できる人が増えてきた感じはします。逆を言えば、出る動きが見えてきたわけです。現状はこうですよね?」


┌────┐      │ │

│    └──────┘国│

│ ⏂  ← ← ← ← │

│ 遺跡 ← ← ← ← │

│    ┌──────┐境│ 

│    │      │ │

└────┘      │ │



「外に出るためには、入って来る流れの圧力が届かない通路が必要です。それを、これから確保します。回廊にしている柵の外側にもう一つ壁を作って、出るための道筋を作る感じですね。ただし入る流れから出る側が見えないように回廊の内側の壁も強化します」



┌────┐      │ │

│    └──────┘国│

│ ⏂  ← ← ← ← │

│ 遺跡 ← ← ← ← │

│    ────────境│ 

│    → → → → →

│    ┌①─②───┐ │

└────┘      │ │



 図面に①、②と描き入れながら「置くのは4キロごとにします」と付け足した。


 記号に首を傾げながらツヴァイさんが聞いてきた。


「見えないようにっていうのは?」

「出る流れの方には、こうやって水と食料を渡す場所を作るからです」

「なるほど。食べ物があるとわかると、こっちに押し寄せてくる可能性があるってことだな」


 納得顔。


「そうです。出る側の4キロごとに食料と水の補給地点があるとわかれば、人々は、そこに居座らないでしょう。もちろん、補給物資の代金はアマンダ王国側から後でガッチリいただきますので、こちらのソンはないです」


 補給する物資もオレが出すわけで、丸儲けだよね? MPが、そのまま金に換わるわけだもん。ウチから見たら錬金術さ。

 

「でも、依然として中が地獄なのは変わらないのでは?」

「それはアマンダ側の責任ですし、あっちの宗教関係者が『地獄』を見て、どう判断するかは任せましょう。まあ、何もしなかったら、そのまま処断しちゃう口実にもできるし」

「えげつねぇ」

「現状で、あっちの地方枢機卿とかいう存在って邪魔なんですけど、かと言って、普通に殺すわけにもいきませんからね」

「おぅ、おぉ」


 頷いているけど、ドン引きしているのはわかる。でも、そうでもしないと向こうの宗教的権威が崩せない。あとあとのためにも、ここは堕ちてもらわないと。


 あ、そうだ。


「なんだったら、壁から突き落としちゃいましょうか? 信徒を救うのはお前の仕事だろうって。中で信徒が出られるように誘導させて、遺体の処理をさせてって使い道はいろいろありますよ。それで神の奇跡で最後まで生き延びられれば助けてあげる感じで良いんじゃないかなぁ」

「「……」」

「あれ? どうかしました?」

「枢機卿とかいうのは、グレーヌ教の中でも一番エライ人なんだよな?」


 ツヴァイさん達が、声を小さくして聞いてきた。


「そうみたいですね。偉いんだから、ちゃんと責任を取れよ、ですね。まあ、さすがに突き落とすのは可哀想なんで、ロープを付けて下ろしてあげる程度にしましょうか」


 イメージ的には、子どもの頃に見た海外アニメのワンシーンだ。


 海賊船で、捕まえた相手をロープで縛り上げて海に下ろしていくヤツ。もちろん海面ではサメがパックリ口を開けてるのはお約束。


 あれ? じゃ、オレって海賊側? ま、いっか。


「相手は信徒なんだし、取って喰われることはないと思いますよ。そんなにデブってなければ」


 ニッコリ。


 ちらっと「三木の干殺しひごろし」の悲惨な話が頭に浮かんだけど、さすがにってことはないだろうと、考えないことにした。


 ただ「こんな事態を招いたんだから、責任を取るのは当然だよ」とも思っているんで、例えも同情はいらないよねと言うのが本音だ。

  

「とにかく、外側の壁作りと、回廊側の壁の強化、それに補給ポイント作りを急いでください。早ければ早いだけ、助かる命が増えますので」


 けっこう、サスティナブル王国の信徒もいるらしいし、助けられる人は助けてあげたいのも事実だからね。


 ツヴァイさん達が壁作りに勤しむ一週間。オレはひたすらスキル・レベル3の力で食料を呼び寄せていったんだ。その量は、およそ1箇所につき30万人分だ。これだって、1万人が通れば、30日でなくなってしまう計算だけど、これが4キロごとなんだから、しばらくはもつはず。


『これだけあれば、アマンダ王国側からの補給が届くまでの間くらいは、食糧不足にはならないだろう』


 それと廃棄処分となったFRP製のバスタブ。レベルが上がったおかげで単体で大量に呼び出せるようになったから効率的だ。

 

 コイツで水を溜めておくんだけど、大元は途中の山から湧き出る水を導水管方式で持ってくるよ。塩ビパイプの古いヤツなんていくらでも出てくるからね。あまりにも古すぎるのもあったけど、配管取り替えで出たパイプなら、8割方は、そのまま使えるんで好都合だ。


 パイプの勾配は綿密に計算しておけば、中の水が滞留することもないから水の腐敗は考えなくて良いだろう。ローマ水道方式だ。そして、塩ビパイプなら送水ロスが極端に抑えられる。水を配る程度なら古いパイプでも何の問題もないんだよ。


 ちなみに、こいつの設置はブラスコッティ様にお願いしたら、ムチャクチャ手早くやってくれた。


 やっぱり優秀だよ、この人。まあ、さすがにスコット家の長男に「ウチに来て」って言えないのが難点だけど、今回は仲良くなれて「ブラス」「ショウ」の関係になれたし、今後はちょくちょくお借りできるようにリンデロン様にお願いしようっと。


 と、公爵家の長男をこき使うことを覚えたショウ、12歳なのであるw


 そう言えば、臭い対策も考えたよ。 


「出ていく流れができたら、もう、わざわざ壁を越えようとする人も減るはずなので、堀を埋めちゃってる人達に土をかけてしまいましょう。いわば墓地みたいな感じかな?」

「オレ達が中に入るのか?」

「いえいえ。中にいる信徒に壁の上から仕事として頼めば良いんですよ。報酬は食料だっていえば、争ってやってくれるんじゃないですか? ただし、臭い対策だなんて言わないで『仲間を埋葬してあげてほしい』っていった方がイイかもですが」

「なるほど」


 わっ、良かった。久しぶりにツヴァイさんが心からの笑顔で応じてくれたよ。いっつも、引き気味にされちゃってたから、微妙に傷ついていたんだよね。


「あ、ただ、するに当たって、こっちがやるべきことがあります」

「やるべきこと?」


 ツヴァイさんは、なんだか、また、腰が引けてしまったんだけど、ま、気のせいと言うことにして続けた。


「彼らの愚行を、誇張を一切抜きにして、石に刻んだ碑文として、いくつも残して置いてください。ちゃんと愚行だってことを言葉にして残さないと、連中は聖なる犠牲だとかなんだとか美化しかねないので。それだけは許さないようにしましょう」

「あぁ、そうだな。わかった」


 そうやって後始末をしているウチに、ビッグニュースが……


 それもとびきり悪いニュースが飛び込んできたんだ。それは、ガーネット家の裏の組織が捕まえた「敵の密使」から手に入れた密書だ。


 エルメス様の嫡男であるバッカニアーズ様が緊急で届けてくれた情報だ。


「第王子の謀反にシュメルガー家、スコット家が加担。国王崩御。ガーネット家も加担の恐れありとの密書が各貴族家に送られている」


 そんな知らせだ。


 ばかな!


 オレにできるのは、一刻も早く、王都に向かうことだけだった。いや、その前にシンで情報を受け取らねば。


 オレは「ニセの密書」の話をみんなの前で明かした上で宣言する。


「サスティナブル王国の危機である! ゴールズの名にかけて、ここからシンへと走る。走ることが戦だと思え! ついてこられぬ者は置いていく。野郎ども、駆けるぞ!」


「「「「「「おぉおお!」」」」」」


 500頭にもなる馬たちと、大地を轟かせて、ただ駆けるのだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 作者より

 衝撃的な「引き」ですけど、通信手段が制限されている遠隔地の場合、飛び込んでくる情報が、必ずしも正しいとは限りません。

 まして「密書」が正しいことは、稀です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 

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