第38話 タネ

 王都、ロウヒー家の別宅。


 服の上からでもクッキリとわかる、いな、それを見せつけるべく計算されたハウス・ドレス姿の若い娘。


 ジャンの愛妾となったヤリー・マーンは、まだ18歳とは思えないような色気を醸し出して、客の目などイチミリも気にせずにジャンにしなだれがかっていた。


 本来は、自領で勢力を拡大した商人から「デビュタントを迎えたミガッテ様に」と差し出された娘だった。貴族家の領地で伸び盛りの商人は、将来のための投資として、時に「息子狙い」をしてくるのはありがちなこと。


 献上されること自体は不思議に思わなかったが、見た目の良さに惹かれて「味見」をしてみると、これが極上。


「跡継ぎも作ってない息子が、遊びに溺れてはならん」


 と理屈をつけて、インターセプトしてしまった結果である。


 とは言えジャンの心配にもそれなりの理由がある。それは「愛妾」というものの位置付けにあった。


 側室も愛妾も身分が低い出自であるという共通点はあるが、側室との一番の違いは、第一夫人から認められていないということである。そのため、夫人の息の掛かった使用人監視役がついてない。


 監視役がいないということは、生まれてくる子どもの保証が全くないと言うことに他ならないわけで、産まれても認知されるどころか「禍根を断つ」という目的で命が危うくなるのが愛妾というものなのである。


 たいていは数年で用済みとなるのだが、この世界では、ここからが本当の稼ぎ時なのである。


 身分と経済に恵まれてないが容姿に優れた女性にとって、豪商や高位貴族の愛妾は、若い時の格好の稼ぎ方ではある。この世界では、知識さえあれば簡単確実に避妊ができるのだ。


 だから「夜の街」では、一種のアイドル的な人気が高いため「元〇〇様のご愛妾」はステイタスだった。


 おかげで「いつかこの目で確かめたい」という庶民の羨望に支持されて、巷では「愛妾ランキング」なるものまで存在するのだ。


 去年、王都に華々しく登場したヤリーは、今のところぶっちぎりの1位である。


 もちろん、愛妾が何を言おうと、囲っていた〇〇様がそれを認めることはありえない。だが、通常は「退職手当」代わりに黙認することが男の甲斐性とされているし、女は「〇〇様のお手付き」こそ名乗っても良いが守秘義務は絶対なのである。もしもピロートークや〇〇様の性癖のホンのカケラでもバラせば、翌日には川に浮かぶか、裏通りの片隅で無残な姿が発見されることになる。当然「〇〇様のお手つき」がウソであっても運命は同じ。


 容姿に優れ、高貴な生活を身につけた女性の希少性という点では、こちらの世界の「握手のできるアイドル」への憧れどころではない。高位貴族や超金持ちと同じ女を味わえるのだから、垂涎すいぜんの的。


 庶民の間では憧れでもあり、親しみと欲望の対象となるのだ。


 当然ながら、対価は「握手券」どころの話ではないが、頑張って一年稼ぎまくってため込めば辛うじて手が届く。


 それこそが、アイドルのアイドルたるゆえんなのである。


 まして、王都の人気ナンバーワンともなれば、誰もが目を奪われるであろう。実際、少女は見たこともないほどに妖艶な美しさをまとっているのだ。


 しかし、その愛妾ランキングの人気ナンバーワンをぶっちぎりで走るヤリーが目の前にいても、ゴシップ校長は見て楽しむどころか、冷や汗を流して床に手をつけてお詫びをし続けている。 


「言い訳はきかんぞ」

「パパぁ、侯爵様のお言い付けを守れない方なんてぇ捨てちゃったら? 代わりはいくらでもいるんでしょ?」  

「うむ」


「ど、どうか、そればかりは。なにぶん、御三家から直接釘をさされておりますれば、表立ってなじるわけにもまいりませなんだ」


 ウソだ。媚びを売るために、偶然登校してきたのを幸いに「頭から押さえ込もうと試みたのだが、逆にねじ伏せられてしまった」などとは絶対に言えない。


 だが……


「無能はまだしも、ウソつきはいかんな、ウソつきは」

「侯爵閣下に、どうして私ごときがウソなどつけましょうか」

「ほう。それなら、これを見てみるかね? 会議での会話らしいが」


 パサッと少し歪な紙に書かれた文字に目を落とすと「そんな」と絶句した。


 誰だ、誰がバラしやがったんだ。


 青ざめるゴシップに侯爵は、不思議だと言わんばかりだ。


「よりによって学園の会議室だぞ? 白昼のオロセー広場のど真ん中で会話するのと、何が違うと思っているんだね?」


 オロセー広場とは、王都一番の繁華街に付随する公園のような場所である。そこには宣伝も兼ねて、主な貴族から寄贈されたベンチやテーブル、それに中央には王家からの噴水が、シュメルガー家からの寄贈で南側には舞台までもが設けられている。


 上京してきた田舎者は、100パーセント初日に訪れるという超人気スポットだ。


 学園の会議室が、まさかそこまで聞かれるモノなのだろうか?

 

「何を言っておる。こちらは、そちの手が震えてペンの芯を2回もしくじったことも見ておるぞ?」

「そ、そんな……」


 生徒に追い詰められて、あげく、机のペン先を2回も折ったのは確かだ。しかし、それは隣に座る教頭にも見られてないと思っていた。


 いったいどうやって? それとも教員の中にスパイが紛れ込んでいると言うことなのだろうか?


「まあ、詮索しても始まらぬ。しかしながら、その紙にあるとおりお主はご三家に配慮するのではなく、正面突破で叩こうとして12歳の少年に完璧に敗れた。それが全てだな?」


 重々しく追い詰めている間も「パパ、苦み走っていてステキぃ~」と肩にしなだれかかってくるヤリーの身体にニヤリとさせてから、ジャンは片手で愛妾を抱き寄せて言った。


「追って沙汰する。帰ってよろしい」

「そんな! そこをなんとか! 侯爵様、こうしゃくさまぁああ」


 言った次の瞬間、土下座し始めたゴシップ校長を、衛士が二人がかりで「そのままの形」で持ち上げて運び出していく。


「侯爵様! 侯爵様、お聞きください! 私には、まだ策が、策がぁ」


 ズンと重々しく扉がしまった時には、すでにジャンの顔は若き愛妾の巨大な存在にパフパフとされていたのである。



・・・・・・・・・・・


 王都から離れること西に2800キロ。


 神聖なるアマンダ王国の首都グラ。


 そびえ立つ荘厳な王宮の中心で王は震えていた。


 信じられない報告に、怒りを抑えきれないのだ。


「オノマトーペが発せられただと! ありえぬ、ありえぬことだぞ!」


 宗教国家アマンダ王国は、国王になり得る家系は3つ用意されている。この国では「王の一族」「王の代理としての息子」は存在するが皇太子は存在しない。


 国王の後継者は、12人の枢機卿が「神の声」を聞いて決定することになっている。


 その枢機卿が王に対して使える最終兵器が「オノマトーペ政治助言権」なのである。


 国教務大臣であるシュターテンは、かしこまりながら頭を下げるが、一度発せられたオノマトーペは誰にも取り消せない。


 ひとりの王に対して、枢機卿がただ一度だけ使える「政治助言権」の行使だからである。あまりにも重かった。


 助言であると言う建前だけに強制力は全くない。しかし、それを無視すれば、他の枢機卿が黙っていないし国民にも「神の声を無視する王」として知れ渡ってしまう。


 その重みゆえ、ここ五代・百年に渡りオノマトーペが発せられた王は存在してない。もはや、それが発せられたと言うことだけでも、歴史的な意味を持ってしまうのだ。


 枢機卿が極力、現世の政治に関わろうとしてこなかったのが、この国の歴史だった。


「いくらなんでも、事前警告無しというのはあり得ぬであろう。これでは信頼関係も何もあったものではないぞ。そもそも、そちは何をしておったのだ」


 ムダだとは思ってもなじる言葉を止められない。


「申し訳ございません。今回は6番教区のエベルハルト・マヌス卿からのものでございます。おそらく痺れを切らしたと言うよりも、教区の住民達の圧力が高まりすぎたのかと」


 いつもながら、甲高い声がかんに障るが、今日はさらにイラつかせた。


「一応、中身を聞こう」

 

 とにかく、中身を知ることが大事だ。とは言え、見当がついてしまっているのが実際には困るのだが。


「はっ。第一報は、教会の壁に告知されたものです。仕来り通りですね」


 国王は憂鬱にならざるを得ない。本当の仕来り通りなら、本人が国王に「手紙」を届ける旅路に出ることを宣言する。それが本来のオノマトーペなのだ。


 手紙の内容は、明かされないことが多かったはずだ。


 しかし、世代を超えている間に「教会の壁に神の意志を告知した以上、それを叶えるのが国王の義務である」という教会の説明がまかり通るようになってしまった。


 策謀好きのアマンダ王国は「だからこそ」と言うべきか、単純なウソを嫌うことと「敬虔な神の信徒」であることは、国民性なのである。


 逆説的であるが、普段、策謀を考えまくっているからこそ、普段は神を信じ、ウソを極力吐かないことでバランスを保つことになるのだ。おそらく「ウソだらけの人の策謀など誰も聞いてくれない」という実際問題が左右しているのだろう。

 

 だから、子ども達への教えには「ウソを吐いてはダメですよ」が一番に来て、次に来るのが「神様は見ていますよ」なのである。


 その神の言葉が発せられてしまえば、重い。


 シュターテンは、ヒゲが全くないツルンとした顔で「ご想像の通りです」と前置きしてから、おもむろに覚え書きをためた束を取り出した。


「神が我らに残した場所が異教徒の地にあって良いものであろうか。今、この時も異教徒どもに聖地が荒らされているのである。神はそれを望んでおられぬ。


 よって、国王は、すみやかに我らが手に聖地『シード』を取り戻すべし」


 はぁ~


 国王は、深いため息をついた。それが簡単にできるならとっくにやっている。むしろ、そのために、遺跡が発見されてから20年をかけて、あれこれと策謀してきたのだ。


 サスティナブル王国は強大である。下手に突けば眠れる巨人が本気を出してくるだろう。骨抜きにするためには、御三家と呼ばれる英傑達と国王との協力関係にヒビを入れ、次世代でいっきに弱らせる。そんな計画だった。


 策謀のためなら、今の国王が死ぬ30年先まで、我慢できるのがアマンダ王国の良さのはず。


 ところが、宗教家にとっては政治など二の次。神の望みを一刻も早く叶えることこそが全てであり、絶対的な正義であった。


 今回は完全に裏目に出た形だ。


「他の枢機卿は、なんと仰ってる?」

「今のところ静観かと。ただ、隣接する3番教区のシュワール・マゼラン卿も9番教区のハインリッヒ・ハンブリヤ卿も同調の方向であるという感触がございます」


 シュターテンは決して無能ではないことを知っている。しかし、そのシュターテンをして、今回の予測ができなかったのか。


「どうにかならんのか、どうにか! どうにかしろ!」


 どうにもならないのを承知で命じるのが国王の特権である。逆を言えば「どうにかできる人物を配置すること」が王の王たる仕事だとされている。


「提案がございます」


 ごく当たり前の顔で即答してきたことに国王は驚かない。むしろ「あのシュターテンが即答してきた」ということが、国王としての判断基準だ。


「認めよう。そうせよ」

「はっ。実施についてはお任せください。計画の大略をご説明しても?」

「聞こう」


 どのみち、聞いたとしても全てを喋るわけもない。なにしろ「三人寄れば策謀が8つ生まれほどに策謀好きのアマンダ王国の、それもトップにいる人間だ。国王に政策を説明する時、全てを喋るはずがない。だが逆に、話をさせて上げないと策謀にならないということも知り尽くした王の「聞こう」という態度を取ること。


 これ自体が帝王学によるものなのだ。


 王たるモノは人々の期待に応えよ、と言うわけだ。


「まず、枢機卿会議を開催すると、発表していただきます。これは中央司祭のお三方にお願いすれば、開催されることになるかと。オノマトーペを受け止めて、みなさんの意見を聞きたいという姿勢を見せることになるので。そこで知らせを持っていっても、それぞれの事情がありますから、そこまでに半年はかかります。そこまで時間をかけている間に、中央司祭を抱き込みます」

「できるのかね?」

「はい。王は実施を決めている。しかし、実施のためには年数が掛かる、というただ一点のみでの妥協を願うべきかと」

「何年稼げそうなのだ?」

「長くて5年。おそらくは3年が限度かと」


 深刻な表情を見せるシュターテンであるが、その頭の中では、別の策謀を発動させているはずだ。それを喋らせるのは不可能。


「わかった。それでいけ。余がやっておくべきことはあるのか?」

「お願いしたき儀がございます」

「なんだ?」

「現在送り込んでおります『タネ』だけでは足りませぬ」


 アマンダ王国には破壊工作に使える女性を作るのが伝統的に上手い組織がある。どうやっているのかは知らないし、わかりたくもないが、美貌で男好みのする体形。あるいは、特殊な好みに応じた特徴を持つ女性までも器用に作り上げるのだ。


 その上、幼い頃から特殊な性技までもを教え込まれた少女を、常に飼っている。


 もちろん、国王の後宮用というのが建前だが、その裏側におぞましき組織の実体があることくらいは、国教務大臣ともなればわかっている。


 そして、後宮候補の女性は原則として「王の個人財産である」というのが建前なのであった。だからこそ、シュターテンは国王におねだりをしているわけである。


「何人必要なのだ?」

「まずは2人。それと使い捨てでいいので中央司祭のところへの接待係も別に必要です」

「ふむ。5人か…… 人数は構わぬが、使い捨てというのは少々な……」

「致し方ありません。中央司祭ともなると、が一番気になるものでございますから」

「わかった。そちの好きにせよ。決定は後宮司こうきゅうつかさのベセルとせよ」

「御意」


 シュターテンは、来た時以上の恭しさで引き下がったのだ。


 その日の午後、中央司祭の住まう教会に、老婆に連れられた「少年」がやってきたのを目撃した人間は、少なかった。


 まして、二日後。


 場末に置き捨てられた少女らしき3人の死体から、頭部が持ち去られていた、という猟奇事件が人々の話題になっているなどという些細な報告など、サスティナブル王国に伝わることはなかったのだろう。


 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

※「三人寄れば策謀が8つ生まれる」

アマンダ王国の自虐的な慣用表現。策謀好きな国民性ゆえに3人集まると「個人のa b c 二人のa-b a-c b-c そしてabc全員の順列組み合わせの策謀どころか、多く策謀が生まれる」という意味である。なお「実際には、一人が三つくらい考えてんだけどね」とニヤリとするのはサスティナブル王国西部にある飲み屋で出てくるネタである。


作者より

ショウ君が「今回は出番ないの!」と怒っていましたが、前話で「校長を見かけなくなった」ことの裏にあった事件がこれです。


さて、現在送り込まれている「タネ」は、ど~こだw?


もちろん、息子の分をインターセプトするだろうという読みをちゃんとした結果です。パパにタネが植え付けられているのは、仕組んだ側の想定通りです。

なおヤリーちゃんは、ヤリーちゃんです。決して、姓とくっつけるなどというふとどきな考えはやめましょう。「神がそれを望んで」ですw


それと、何度もおねだりしてしまってすみません。


みなさま★★★評価へのご協力に、とっても感謝しています。

本当にありがとうございます。

お手を煩わせていただいたおかげで、順位アップできると

作者のやる気は爆上がりです! 


現在、異世界ファンタジーカテの30位以内に入れました。

ここまで来ると欲が出ます!

お願いします、15位以内!

応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。

評価って言うか応援のつもりで★★★をお願いします。

ショウ君も新川も褒められて伸びる子です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇









 




 



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