第15話 良い人


 今回の緊急事態ドタバタはゲール第一王子の一言から始まった。


「父上、内密でお話ししたいことがあります」

「どうしたんだね?」

「私が北方の商人から手に入れた情報によると、弟たちを狙うアマンダ国の陰謀があるようです」


 北方の遊牧民族とつながりのある商人が息子のところに出入りしているという報告は、リンデロンから報告を受けている。何かを聞いたとしても国王は不思議に思わなかった。しかし、内容が内容だ。


「そんなことは一言も聞いておらんぞ」


 そんな大事を伝えないなんてと、王は驚き、続いて訝しんだ。リンデロンの手腕には信頼があった。知らないと言うことは無いと思えた。


「かねてからの噂、あるいは真実なのではありませんか?」

「これ。めったことを申すでない」

「しかし、適齢の娘がありながら、王家に婚儀を申し入れないということだけでも、証拠になるかと」


 王は苦い顔をした。


「公爵家に叛意あり」は、公然の秘密になりつつある。


 サスティナブル王国では「建国の三勇」ともともいわれる始祖の影響がいまだに色濃い。そのため公爵家の力が強かった。また各当主の力量も抜きんでていたため、半ば公然と噂されてきたことだ。


 しかも、三人の王子が適齢であるだけに婚約者の問題が高位貴族の間で取り沙汰されている。


 公爵家には、それぞれ適齢の娘がいるのに王子との婚約が決まらない、ということで、ますます噂は真実味を帯びていたのである。 


 王も、また妃たちもそれなりに動いてはいたのだ。


 だが「王家から何度も婚儀を申し入れて断られた」などとは ※1公にできない事である。


 例え王子であっても、いや、王子本人だからこそ「第一王子が女に興味を持たないせいだ」という真実を教えられるはずがない。


 説明のしようが無い「証拠」を持ち出す息子に王は手を焼いていた。その困惑を慮ることなく、ゲールは「弟への愛情」を切り札に熱を持って話を続けている。


「しかしながら、私ごときが手に入れられる情報をリンデロン様が知らぬ訳がありません。もしも本当に弟たちを害する情報があり、それを知りながら放置しているとしたら…… その説明が付きますか?」

「だが、お前の手に入れた情報が正しいかどうかはまだわからんぞ」

「はい。だから、確かめていただきたいのです」

「だがな、それは王がやるべきことではないぞ。ちゃんとリンデロンがおるのだ」

「しかしながら、その、が当てにならない以上、ここは確かめても良いはずです。それとも家族の危機だというのに、他人がやるはずだから、と言う理由で放置なさるのでしょうか?」

「しかし、だな」

「リンデロン卿を通さずに、父上の手で直接でも良いのでは? 王家の配下を使えば、調べるべきことが分かっている以上、容易たやすいことかと。事実かどうかを確かめ、こちらで対策を取って弟たちの安全を確保してから、ゆっくりと責任を問うのです」

「う~ん」


 そこからゲールは「父親として息子の危機を他人任せにするのか」と情に訴え、ついに「王家に対する陰謀に限定する」という約束をして意見を通してしまった。


 根負けしたのかもしれない。


 王は、秘密の符丁を使い影のモノを呼び寄せた。


 通常「顔のない者」と呼ばれる男だ。


 王ですら素顔を知らない。しかし、王位に就くと同時に渡された符丁を合わせると、もちろん、見事に合致する。


 それは儀式のようなものでもあった。


 確かめた後、王は命じた。


「息子の頼みを聞いてやれ」


 異例の命令ではあっても、王の命令は命令である。ゲールはそこに言葉を被せた。


「お前が戸惑うのはわかるが、今は私の言葉を王の言葉だと思うが良い」

「御意」

「王立学園のゲストハウスから王都までの周辺、及び王都で、王族に対して悪意を持った者を片っ端から引っ捕らえよ。その動機と背景、そして何をなそうとしていたのかを徹底的に調べるのだ。よいな? 全力で、徹底的に、一つ残らずだぞ」

 

 ギョッとしたように王の顔に視線を送った顔の無い男は、王が再び頷くのを見ると「御意」とだけ言って出ていった。


 扉の前には当然警護の騎士がいたはずなのだが、あたかも透明人間が通ったかのように気付かれない。


 王は、苦い顔をしながらも「単純に王族に対する悪意を取り締まるだけなら、問題なかろう」と思い込もうとした。


 それが、大きな間違いであることに気付けないのは実務経験の無い哀しさである。そして、王はあまりに正直者過ぎたのである。


 一方で、命令の中身や結果を詮索するのは影の役目ではない。自分たちの仕事が何を産むのかは、あずかり知らぬこと。久し振りの「王命」を果たすために張り切った。


 「全力で」「徹底的」「一つ残らず」だ。


 彼らは決して無能ではない。むしろ大陸最大国家の優秀な諜報員である。優秀すぎる機関が全力を出したらどうなるか。


 ホントに片端から捕らえ、拷問し「王族に対する」を拾い上げてしまったのである。


 つまりは、酒場で飲んだくれた商人が「今度の王子は、デビュタントで大失敗をやらかしてやんの。いー気味だぁ」というレベルまで、全てである。


 民衆にとっては、雲の上の存在のゴシップを酒場でわめくのは、日常の一部に過ぎないのだ。


 結果的に「王子への悪意」が多数見つかってしまったのは必然であった。


 ここで、王は異例のことながら円卓の大臣を含めて「御前会議」を招集したのである。


 その場で「リンデロン卿の怠慢」を非難したのは、ゲールの意を含んだロウヒー家のジャンである。


「王子に対するテロを見逃したのは、怠慢なのか、能力不足か、それとも…… と思われても仕方ありませんな」


 分厚い「王子に対するテロ容疑者」のリストを、机にポンと投げだすジャンである。


「中には、王子を川に落として溺死に見せかける話も発見されたぞ」


 近い事実はあった。船乗りが酒場で「王子って言ったって、どうせ泳げねぇんだ、川に落ちれば、どのみち事故みてぇなもんよ」とクダを巻いた件だった。


 全力で徹底的に、一つ残らず集めた結果である。


「卿のおかげで、我が家のせがれが、王子の代わりにらしい。どうやったのか知らぬが救命具もハズされてな」

「それは、ご本人が外したのでは?」


 そういう報告が入っていた。しかし、息子からの話を聞いてないジャンは、恥じることなく、それを「陰謀の一部」だと本気で思い込んでいた。


「まだわからぬのか! 恐るべき陰謀が動いておる、せっかく国王陛下、御自ら情報を掴んでくださったのに。このままではどちらかの王子が犠牲になりかねませんぞ」


 得意げに鼻をひくつかせて、さらに言葉を続けるジャンである。


「しかも、先ほど入った情報に寄れば、今度はゴンドラ殿下ご本人が、恒例のオリエンテーリングにて「エマージェンシー」を宣言して王都に向かっていらっしゃるのだぞ。ロイヤルガードの先導がありながら、あり得ぬ事態だ。やはりなんらかの策謀があると見て間違いなかろう。一刻を争うのである!」


 ゴンドラ殿下のエマージェンシーは事実だった。リンデロンも、その事実は掴んでいたが、詳細までは不明だ。


 幾多の「新発見の事実」に、それを裏付ける、第三王子の緊急帰京である。


 王は完全に震え上がってしまった。御前会議の場で、異例なことではあるが、途中で立ち上がっての発言だ。


「息子が危機に瀕している」

 

 そう信じた。


「それなのに、リンデロンもノーマンも、余に一切の情報をあげてこなかった。また対応した様子もないではないか」


 なにしろ、この場は異例続きの「親国王派の円卓の大臣を入れた御前会議」である。


 国王の「感情」に敏感なのは常に親国王派の側近おべっか使いである。ここぞとばかりに公爵にマイナス点をつけようとしたのだ。


 次々と王の意を汲み、リンデロンとノーマンを非難し始めたのだ。

 

 そしてついには、ノーマンの頭越しに王命を引き出してしまった。


「命じる。全力を挙げて王子達を守れ。特に王立学園のゲストハウスにいるゲヘルを助けてやれ。あれが一番危ない位置にいる」


 ゲヘル第二王子に帰京命令を出したのは、まだ良い。この際、王子に引かれる「羽虫」が湧き出せば一網打尽にしてしまえる。それは、この事態が始まった時、半ば予定していたことだ。優れた為政者は「転んでもただでは起きない」を実践できるのだ。


 しかしながら、近衛騎士団を始め、王都にある戦力を徹底的に「王子に対する陰謀」に投入しようとしたのはともかく、王立学園のゲストハウスを裸で放置という形にしたのは、一種の意趣返しである。


 ノーマンにできるのは、せめてものということで、自分の家の騎士団を王立学園のゲストハウスへと派遣することの許可を求めた。だが、それすら「王子の危機に、何をしている」とジャンに横やりを入れられてしまった。


「これだけ詳細に情報を手にする中で、王家に対する悪意はこれだけハッキリしておりましたな? しかし王立学園のゲストハウスに対する策謀は一件もなかったのですぞ? 一件も、です。出もしないネズミに怯えて家に火をつけ※2ような行為は、宰相様としてはいかがでしょうか」


「しかしながら、今回は王立学園のゲストハウスの警備は、ロイヤルガー ※とのバッティングを避けるため極端に数が抑えてあります。連絡員程度しか残されておりません。事実上、無防備ですぞ。なにかことがあれば」

「しつこい!」


 王が声を荒げたのは初めてである。ノーマンの主張が正しいゆえに、苛立ったのである。

  

「陛下?」

「まだ、言うのか!」

「私家の戦力の、それもごく一部を派遣することもお許しいただけないとは」

「余計な兵士を派遣して、混乱したらなんとする? この際、徹底的にあぶり出すとそなたは言ったはずだぞ」

「一個小隊程度であれば混乱など起きませんが?」


 そこにリンデロンが割り込む。


「陛下。愚考いたしますに、今回の王子暗殺の報は敵の策である可能性があります」

「私の配下が騙されていると申すか! 王の影であるぞ!」

「その過程で何か間違いがあれば」

 

 まさか命令しているお前が悪いと、王に対して言えるはずがない。リンデロンも言葉を選ぶ。


「もしも、どこかで齟齬があった場合、真の狙いが、王立学園のゲストハウスに残された王国の中枢の家族を狙うということにある、というようなことも起きかねませんが」


 その瞬間、ジャンは大声で「ははは、王国宰相も、王国の耳と謳われた法務大臣もとうとう焼きが回った。娘可愛さに、優先順位すら頭から消えたようだ」と嘲笑ったのだ。


 そのやりとりに対して、エルメスは終始冷ややかな目をして、そっぽを向いていたのである。


・・・・・・・・・・・


 事態は「切れ者の王国宰相」と「王国の耳」の予想したとおりであった。


 ともあれ、王国の麒麟児によって、事態が切り抜けられたことは明白であり、そして僥倖と言えることは確かだった。


 王は、頭を抱えて机に突っ伏したままだ。


 ノーマンは激怒しつつも、その姿を横目に見ながら『悪い王ではないのだが』と思わざるを得ない。


 要するに、お人好しなのだ。


 家臣の妻が風邪を引いたと聞けば見舞いの言葉を添えて薬草を届けさせ、側仕えに子どもが生まれたら欠かさずに祝いの言葉と品を届けた。


 重臣達は言うに及ばず、日常で見かけるレベルの臣下は、ことごとく子ども達、孫達の名前を一人残らず覚えている。妻や子どもの名前を覚えているというレベルなら、その数は3千人とも4千人とも言われているほどだ。


 決して愚昧バカな人ではないのだ。むしろ、並の人よりも頭が良い。


 王太子時代は、何度も国のあるべき姿を語らったこともあるほどに親しいノーマンは心から支えてきたつもりだった。


 だが「お人好し」が内側に発揮されると、かくも異常な事態を引き起こしてしまうことになる。


 最初からリンデロンに、あるいはノーマンに相談してくれていれば、事態は全く変わっていただろう。


「アマンダ国による王子暗殺計画の知らせ」がリンデロンすら知らないところで王に届いた。第一王子が手に入れた情報だ。北方の遊牧民族との取り引きから商人が手に入れたという話だった。


 そもそも、この時点でおかしいと思わなければいけない。


 確かにアマンダ国は策謀を好む。また、西北部地域ではサスティナブル王国を経由しない交易が盛んだというのも本当だ。


 しかし、だからといって最大国家の王子を暗殺する計画を他の民族に知らせるわけがない。


 そもそも王直属の「影」に対して、直々に全力で情報を洗い出すように命じたと言った。


 これが間違いの元である。


 王室の影は優秀だ。


 そして「王族に対するあれこれ」は、真偽はさておき常に国内のどこかで噂されているモノなのだ。


 情報を一元的に集めるのは、常に「見分ける」力が必要だからだ。もしも、仮に独力で王子への陰謀を確かめるのであれば「実行される可能性がある策謀を探せ」とでも言えば、まだ良かったのである。


 情報を集める者達は、きちんとそれなりの評価をして報告したはずだからだ。


 一つ残らずと言った瞬間から、情報の真偽や重みを自分が評価しなくてはならないのだと王は知らなかったのである。


 もちろん「情報を判断すべきだ」ということは為政者として知っている。しかし、今までは、しょせんリンデロン達によって、きちんと評価をつけて報告されていたのだ。


 その評価を踏まえて「どれを取るのか」という判断こそ、王がこれまでしてきた政治なのである。


 王は、それを意識してなかった。ただ、それだけで、このような危機を招いてしまったのだ。


 しかし、それは今すぐどうこうできる話ではない。大人はやるべき時に、何をやるかで価値が決まるのだと、ノーマンは思っている。


「最大の危機を乗り越えたようですな。既に救援部隊も届いたはず。では、我々は必要なことを、この場で決めましょう」


 怪訝な顔をして国王が顔を上げた。


「少なくとも、王国が今の形に成立して以来、武装した一個小隊から60人近い少年少女に傷一つ負わせず、沈着冷静に守り抜いた…… しかも、それがデビュタントを終えたばかりで、剣すら持っていなかった少年という英雄は見当たらないようです」

「そ、そうか。褒美だな。褒美をやらなくては! 活躍に見合った褒美を渡そう!」


 水を向けられた王は完全に食いついた。そうでもしないと立場がなさ過ぎる。


「カーマイン家の息子であろう? そちに腹案はないのか?」

「そうですなぁ。私は、近い将来義父となる予定でございまして」


 絶対零度の冷ややかな笑顔を浮かべながら、ノーマンは言った。


「ここは、利害関係のない方に案をお願いするのがよろしいでしょうな。そうですよね? ジャン侯爵殿?」


 ジャンは「最悪だ」と心の中で罵った。してやられた。


 今回出てきた「伯爵家の息子」は御三家との縁が明白だ。だから、褒美なんて本当はチリも与えたくないのだ。しかし、ここまで「結果的な愚案」を出し続けた立場であり、なおかつ文字通りジャン自身の命も「救ってくれた」相手でもある。


 ここで、狭量を見せれば、窓際の席の男が怖い。ゆったりと座っているように見えて、その実は「虎」が身構えているに等しい。もしも気に食わない言葉を聞けば、いつでも腰を浮かして、それこそ素手で首の骨をへし折りに来る予感を濃厚に思わせてくるのだ。


 まして侯爵家当主としてのメンツもある。褒美の提案をしろと言われたら、王の前でケチるわけにはいかない。


「今回の働きは古来稀であり、誠の英雄の働きでもあります。それについては慎重に検討しましてですね」


 それでも抵抗しようとした。


 だが、その瞬間、窓際に座っている男が独り言のように天井に向かって声を出した。


「どこかの家と家格を取り替えてしまうのが手っ取り早いんじゃないの?」


 全員がギョッとした後で、視線を向けたのはロウヒー侯爵家のジャンに対してであった。これではロウヒー侯爵家とカーマイン伯爵家の、と言われているようではないか。ありえない!


「え、あ、そ、そのぅ、昇爵を! 本人に男爵を与えましょう…… いや、それでは足りない。子爵で! ショウ・ライアン=カーマインを子爵に任じ、さらに『王国名誉勲章』を与えましょう!」


 心底、与えたくないを、ジャンは叫んでいたのである。 


「まあ、妥当なところだろうな」


 エルメスは、人の悪い笑顔をニカッとジャンに向けたのである。



※ロイヤルガード:王家の影を公的な場で呼ぶ場合に使う言葉。


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サスティナブル王国の慣用句

※1「皿まで腐っても」=絶対にありえないことのたとえ。 

※2「出もしないネズミに怯えて火事を出す」=臆病ゆえに、肝心なことを後回しにする人のたとえのこと。


 伯爵家のショウ君に「子爵」を与える、というのは一見すると、ランクダウンに思えますが「本人に」というのがポイントです。通常、当主以外は「伯爵家の者」「公爵家の者」という二次的な権威です。しかし、本人に爵位がある場合は扱いが違います。しかも「子爵」位は下位貴族の最高位であるだけに、公爵に連なる者と対等か、もっと上の立場になります。つまり公爵家以下の貴族家なら、その家族からは敬意を払われる立場になるということです。この辺りの感覚は「子爵」と「男爵」で大きく違います。

 簡単に言うと 公爵当主>子爵本人≧公爵の家族>公爵家の分家筋 となりますが、男爵の立場になると、もっともっと弱いです。

         

 そして、ショウ君が伯爵家を継いだ後は、その「子爵」を一族の誰かに継がせることが可能です。事実上「子爵を与えられる立場になる」ということになります。


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