第13話 みどりの革命
前世の記憶を取り戻してから、ずっと気になっていたのが「食べ物」だった。
そりゃ、砂糖が貴重品だってのはわかる。サトウキビは熱帯に近い気候でしか育たない作物だからね。
貴族たるもの、金をたっぷり払って甘過ぎるお菓子を食べなきゃいけない。
なにしろ貴族にとって「メンツ」は大事。時には命をかけて守らなくてはならないメンツを守るためには「貧乏だから金をかけないお菓子を食べてる」と言われたくないからだ。
まあ、それはわからなくはない。ただ、あらゆる「普通の食べ物」が美味しくないんだよ。
それは根本的に違うというか、なんというか、だよね。
肉類はまだ良い。まあ、いろいろと味の違いはあっても「子どもの頃からの味」だから、ちゃんと受け入れてるし、美味しいものもあるさ。ちなみに香辛料の類いは、領土が広いためか、ちゃんと王国の南側を中心に栽培されている。ある程度値は張るけど胡椒チートは無理な程度の値段らしい。
ただ野菜は「慣れてる」ってだけで、美味くないんだよね。
たとえば人参。
前世の人参なんて、品種改良を重ねてきた結果、生でかじれるものがザラにあった。トマトなんて果物並みに甘かったしね。
この世界では、人参は甘みよりもえぐみが強い。どんな調理をしても「に~んじ~ん」って叫んでるみたいな、ひょっとして何かが取り憑いてるの? ってレベルのえぐみをしっかりと発揮してくれてる。
子どもが「人参嫌い」って言うのもわかるよ。心から。
トマトは下手をすると苦いものまであって「甘い」トマトはない。
そもそもの話、赤いトマトなんて見たことなくてトマトの色は緑が基本。確かに野菜の色たと言われりゃそうだけどさ。
他に紫とか黄色だとかもある。
ほとんどあらゆる料理に使われているけど、トマトを生で食べる習慣はない。一度ミィルに聞いてみたら「お出しすることは可能ですが、その後、丸一日、何の味も感じられなくなりますけど、よろしいのでしょうか?」と真面目な顔で言われた。もちろん遠慮しておいた。
まあ、ナス科の植物だけに、アルカロイド系の毒があっても不思議はないって言うか。赤いトマトを生で食べてみたいなぁ。
ナス、キュウリの類いはだいたい同じ。他に正体不明の葉物がいろいろあるけど、基本的に熱を通して食べるんだ。
伯爵家の食卓に出てくる上質な野菜ですら、そのレベルなんだよ?
生野菜は禁物。何が付いているかわからない上に、トマトに限らず全般的にアクが強くて、食べた後まで口の中がいがらっぽくなるらしい。
ただ、
これが嫌いな人は、こっちの世界には、めったにいないらしい。前世での味噌汁みたいなものかも。まぁ、味噌汁だって嫌いな人は嫌いだったし、こっちの世界でも、この絞り汁が嫌いな人は、極少数だけどいる。
「つまり、美味い野菜が無いってことなんだよね」
前世の品種改良された野菜がいかに美味かったってことだ。農家のみなさん、本当にありがとうって思うよ。
それで、ふっと思い出したのが、ランダムで取り寄せをしていた頃に生ゴミが大量に出てきたこと。そう、最初に部屋の中でやって、泣きながら部屋を掃除した、アレだ。
あの時取り寄せたのは、どこかの食堂かレストランの下ごしらえの生ゴミだと思う。
見かけない野菜や芋なんかの野菜クズやクズ肉みたいなのが大量にあったからね。
あのニオイは、ひどかった。ホントひどかった。
あれが引っかかってるんだよね。
「そもそも、こっちの世界って芋類だって極端に種類が少ないんじゃねっていうか、食用のイモって、基本的にタロイモみたいなやつしかないし」
こっちの世界の芋類って、どうにも味を感じないんだよ。おそらく2~3種類しかない芋は、やたらにデカい。育てやすいらしい。でも、甘みはほぼない。
だから「庶民が飢えをしのぐために食べるもの」って位置付けらしい。高位貴族家ではまず食べない。
「新芋」のシーズンだってことを小耳に挟んだオレが、どうしてもって頼んだらヘンな顔をしながらも「蒸かしたてのイモ」を出してくれた。
(どんなヘンな頼みでも聞いてもらえるのがお貴族の若様ってやつだ)
素材としてならまだしも、茹でた芋をそのままでなんて、常識では貴族の食卓に上るようなものではないらしい。
とりあえず、フカしたてにバターを載せてみた。ほっかほかのジャガバターって最高だろ?
……しょーじき、不味かった。味が無い。粉っぽい。何をしてもダメってくらい不味かった。
庶民は、これを食べなきゃいけないんじゃ辛いよね。
結局、どの野菜も改良されてないから「素材の旨味」なんて感じることが珍しいんだよ。
「あの生ゴミの中にあった野菜を一部だけでも育てられたら、もうちょい豊かになるかも」
気は進まないけど、やるしかない。とはいえ、オレは伯爵家の長男だも~ん。直接自分で生ゴミ漁りなんて、やる必要は無いさ。
農業ができる人を連れてこよう!
資本はビンの売り上げを使うことにした。これなら、さしあたって、領の予算に含まれてないからね。感覚的に言えば、前世での20~30億円くらいの使いでがあるポケットマネーだ。
オレの小遣いでやる範囲なら誰にも迷惑は掛からないだろ? まあ、そこまで大規模にやる必要は無いから、領都の郊外にある小作地を4千平米(約一万坪)ほど父上から借り受けた。
人集めはブロンクスに頼んだ。うん、御用商人は何でも笑顔でやってくれるよ。オレの指定はこうだ。
「元農家さんかなんかで、植物を育てるのが上手い人がいい。最初は10人。爺さん婆さん大歓迎。夫と別れたご婦人なんかもいいぞ。とりあえず、今、生活に困っている人を優先しろ。それと、大人だけじゃなくて助手になるような孤児も10人くらい連れて来い。これはもっと多くなっても大丈夫だ。なあに、今はろくな戦力にならなくてもいい。子ども達はすぐに大きくなるからな」
と、12歳のオレが言ってみる。
三日で人を集めてきたブロンクスは優秀だよ、っていうかウチの領って、そんなに困っている人が多いんだ? 早く豊かにしないとダメだよね。
さっそく農場まで連れてきてもらったら、元農家の婆さんが5人、中年女性が2人。それに若い女性が3人って顔ぶれだ。
あれ? 女ばっかり?
ダメとは言わないけど、力仕事とか、大丈夫なの?
「はい。どうしても力仕事が必要なら人を雇いますが、女性達でも、ちゃんと畑仕事の経験はあります。伯爵家の農地をお借りできる以上、開墾作業は必要ありません。耕作だけなら十分に間に合います。それよりもむしろ」
何か言いたげなのを察した。
「あ~ あっち、の方ね」
「はい。若い女性が混じってしまって。すみません」
この女性達は孤児院を「卒業」して、行く当てがなかったらしい。孤児院で文字や計算を教わらないので、結局、男性なら肉体労働を選ぶしかない。女性だと、別の意味での肉体労働しかなくなってしまう。
開拓団が組織されるタイミングなら、妻候補として付いていくのが一番マシな将来らしい。そうなるよなぁ。
三人娘のリン、メグ、アイは、なまじ、かなりの美しさが目立つ16歳。日焼けしているのは孤児院時代に畑仕事を頑張ったからだ。クッキリした顔立ちと大きな瞳、そのくせ、リンの唇は健康的な赤みを帯びているのがセクシーだし、メグの胸は服の上からでも目立って、逆にアイは少年のようなプロポーションの中にクッキリとした色香を漂わせてる。
三人が三人とも、お貴族様を誘惑する気満々に見えるのは怖いほど。
『そりゃ、貴族の愛人になっちゃえば、人生変わるしなぁ。う~ん、この中だと、アイちゃんが一番ヤバいか』
言い寄られたら、フラフラしてしまいそうだ…… って! そんなことを考えてる場合じゃない。
ブロンクスが「この子達は働き者なんです」と紹介して、三人はシンプルなワンピースで慣れぬカーテシーを、ぎこちない動きでしてみせる。どうやら、ブロンクスが教え込んだと見える。
悪い連中に狙われかけたところをブロンクスが拾い上げてきたらしい。
へぇ~ いいとこ、あるじゃん。
「でも、畑仕事だよ? 大丈夫?」
「はい。この子達は孤児院時代から畑仕事は当たり前にしますので」
「ま、いいや。本人がいいって言うなら入れて良いだろう。治安の問題は、夜間訓練の一環として騎馬によるパトロールをここまでさせて、あと正面にウチの紋を出しとけば手を出すバカもいないだろ」
「え? まさか家紋を?」
「別にヘンなことじゃないだろ? ウチの将来を左右する大事な実験農場だ。まあ、さすがに正規の紋を入れると煩いだろうし、働く人達も気詰まりだろう。略紋(オリーブの葉の輪っか)を使おうか」
「ご高配、一同に成り代わり、ひらに感謝いたします」
領内で、我が家の関連施設に手を出したら、そりゃ怖いよねぇ。「ウチのシマに手ぇ出して、ただですむと思っとんのか、わりゃあ!」ってな感じで強面が飛んできちゃうよ。しかも前世と違って、強面のみなさんは騎士団って名前で人を切る訓練をした専門家だ。
そんな人達が正義感をみなぎらせて「悪人は切り捨ててOK」って本気で思ってるんだもん。
少しでも正気があれば絶対に手が出せなくなる。
「建物は、当面あり合わせでも良いけど、まだ寒い日もあるだろ? 絶対に寒くないように暖房をケチるな。それと衛生面を気に掛けてやること」
「畏まりました。さて、この者達の代表ですが」
「ああ、お前が推薦してきたアンでいいだろう」
夫と子どもを病気で失ってから、一人で畑仕事をするのがキツくなってきたらしい。ちゃんとウチにだって、それなりの調査機能がある。この女性なら確かに良さそうだ。
「君がアンか」
オレの問いかけに直接答えず、チラッとブロンクスを見た。
ん? どうしたの?
あ、ヤベッ、伯爵の息子と直に喋るなんて庶民はありえないもんね。
慌てて正面からアンに言った。ウチの母上よりも遙かに年上で、たぶん45歳になるらしい。
「大事な仕事を任せるんだ。必要なことはどんどん話してくれ。敬語もいらんし、オレに対してどんな言葉でも咎めるようなことはしないと約束しよう」
「へ、へぇ。ありがとうごぜぇやす」
ちなみにアンさんは、長年の日焼けでソバカスだらけだけど、残念ながら赤毛ではなかった。
「とりあえず、支度金を渡しておく。他の農場員には後でお前から渡してやれ」
ボロだらけの服を恥ずかしがる素振りを見せたアンに、手ずから小銀貨を握らせた。
「そんな、もったいない」
「かまわない。孤児達は手伝いに雇っているが、お前の子どもだと思って大切にしてやること」
「はい。子どもは大事にします」
ちょっと硬い表情だけど、ウソでは無さそうだ。
「必要なことがあったら、どんどん申し出ること。子ども達に、ケチケチしないで腹一杯食わしてやってくれ」
「もったいないお言葉」
ん? なんか、ガッカリしてない? この人、子どもが好きって話だったよね?
もともと、アンを農場長にしたのは理由があった。とっても子煩悩だったという話があったんだ。自分の子どもが亡くなった後も、村の子ども達を何かと世話してきたという村長の話もあった。
えっと、何が不満? あ、そっか。経費のことを話さないと、そりゃ不安にもなるか。
「給金は、銅貨30枚で、農場長には50枚とする。子ども達は月に5枚だな」
「ありがとうございます」
どこかしらホッとした表情になる。ひょっとしたら、給料無しで働かされると思ったんだろうか?
そんなブラックなことは、やらせるつもりなんて無いけど、貴族相手だと疑いたくもなるんだろうな。正真正銘、ブラック強制労働をさせる権限を持っているのは、我ながら怖いほどだ。
でも、それを考えなかったのは、オレの落ち度だね。ちゃんと説明しないとだ。
「それと食費は、一日分を銅貨30枚で何とかしろ。毎日、ブロンクスの方から届くようにさせる」
「え?」
アンが怪訝な顔をした。いや、だって住み込みで働かせるんだもん。食べる分は出して上げないとダメでしょ。
「あの、お給金から、どのように引かれるのですか?」
ちょっと迷った顔をしたアンはブロンクスの方に向かって、そう言った。
「ん? 食費は経費だから、給金とは別だよ? 子ども達も働く以上、少ないけど多少はお金を得る体験をさせて置いた方が良い。管理は任せていいな?」
目を見開いてこっちを見た。
「そ、それは、もう。あの、子ども達をどのように?」
ここでは、実験農場という意味と、孤児達が手に職を付けるという二つの意味を持たせるつもりだ。
「それは、お前が考えて好きなように使え。ただし、子ども達を働かせて良い時間は、日が昇ってからだぞ。昼飯もちゃんと食わせて、夜はちゃんと寝かせるんだ」
「え? 昼餉を食わせていいんですか?」
意外という表情をしながらも、目を輝かせてる。
あ、この顔は知ってる。嬉しいんだ。
この瞬間、この人を雇って正解だったと直感した。腹を空かせた子どもを見ているのが嫌な人なら、この施設の長としてピッタリだからな。
「腹一杯食わせろ。子どもは、いっぱい食べて、大きくなるのが一番の仕事だからな。ただし、子どもたちの農作業は昼までだ。昼を食べたら教師が来ることになっている」
「きょう、し、ですか?」
「そうだ。子ども達に文字や計算を教える。忙しいだろうけど、もちろん大人も学んでいい。それと子ども達の数だけベッドを用意するが、この先も増えたら、ちゃんとブロンクスに言うんだぞ。子ども達の体調もお前の責任だ。ちゃんと様子を見て、病の時はすぐに
しばらく、口をポカンとあけたアンは、恐る恐ると言った風情で口を開いた。
「あのぉ」
「なんだね?」
「子ども達が病の時は、ホントに医者に診てもらっても?」
「ん? 医者に診せるのは当たり前だろ? ただ、医者に掛かるのは金が掛かるから、ちゃんと領館まで知らせろ。それは別経費だ。こっちで持つから届けるんだぞ? でも、病気に負けないくらい、たくさん食べさせて、元気に育ててくれ」
ポロポロポロポロ涙をこぼして、よく聞き取れなかったけど、どうやら「ありがとうございます」って言っているらしいのはわかったんで、まあ良しとしよう。
あれ? バアちゃん達、何を拝んでる?
「と、とにかく! 必要なものがあったらちゃんと申し出ろ。遠慮したり、勝手にあきらめたりしないこと。子ども達を自分の子どもだと思って腹一杯食べさせること。あとは必要なものをキチンと申し出ること。予算はちゃんと取ってある。結果を出せ。仕事はキツイが、それなりに報いるつもりだ」
うん。もう、農場の向こう側に、たっぷりと生ゴミの山を作ってきちゃった。あの仕分けから始めてもらうんだけど、それは申し訳なくてオレからは言えなかった。
「詳細はブロンクスから聞くんだぞ」
なんか、子ども達まで泣き始めた。
あ、やっぱり「仕事がキツイ」とか言われたら怖いよね?
なんか気まずくなって、オレは早々に引き上げたんだ。
アンの目が崇拝者の目になっていることも知らずに……
この実験農場が画期的な成果を出したのは、夏のことだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
夕方の更新は、カクヨム定番の「アン視点」でお届けします。
しつこくってごめんなさい。
ここまでお読みになったあなた。
とりあえず、★★★を入れていただけないでしょうか? つまらなかったら、後で★を少なくすることができます。最後まで読んでから、と言わず、作者の応援のため、どうぞよろしくお願いします。マジで、助けて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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